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ピンクゴリラが道場破りみたく乗り込んできた話 3

 ノルマを一瞬で潰して、今回は現地人イキリ勇者だったので聖職者だか王様だかのところへ強制帰還させる。


 「ちっ、銀行と倉庫に預けてるのか。あんま金目のもの持ってないな」


 帰還させる前に身ぐるみを剥いで、少しでも設備の修繕に充てようと思っていたのだが、樹里の期待は外れてしまった。


 「なー、魔王様。片付いたなら手合わせしてくれよ」


 空気を読んだのか、それとも樹里の手の内を探ろうとしたのかエステルは端で成り行きを見ていた。

 そして、仕事としてのノルマを一件片付けたと見るやエステルは、幼児が大人に遊びをせがむように言ってくる。


 「手合わせっていうか、君、一応軍事施設(笑)に侵入した部外者でしょうが」


 「そりゃそうだけど」


 乗り込んできた時の勢いがない。

 ノルマをこなした時の光景を見て、違う手でも考えているのだろうか?


 「うーん、なんだろ? あんた変な感じなんだよなぁ」


 「何が?」


 聞き返した時、エステルは不意をついて樹里の目の前まで一気に距離を詰める。

 それを一歩退いて、樹里は距離をとった。


 「ほら、やっぱりだ」


 「だから、何が?」


 「殺気や気配を感じてから動いてる気配がない。ぶつかってくる人間がよく見えてて、普通に動いてる。 

 同時に」


 とんとん、とエステルは自分が立っている床を軽く爪先で小突く。

 そこには、樹里が無声詠唱で展開させた魔法術式の円陣が描かれている。

 対象相手を無力化、拘束するためのものである。


 「さっきまで影も形も、それこそ気配すらなかった魔方陣を展開させてる。

 それも、予備動作なしにこんなことはこの世界の存在にはできない。

 無声詠唱にしたって指や手を振るくらいはする。

 こんなことが出来るのは、伝説の悪魔。魔神と呼ばれる存在くらいだ、という説がある。

 と、なるとお前は何者なのか?」


 そこで、エステルはぱちんっと指を鳴らす。

 それだけで、二人の頭上にある天井が破砕し、崩れ落ちてきた。

 お互い、難なくそれを飛びすさって避ける。

 どうやら、エステルが先程床を小突いた動作は、魔法陣をキャンセルするための動作だったようだ。

 玉座の間は、イキリ冒険者、勇者と戦闘することを考えちょっとした体育館並の広さがある。

 崩れてきたのは天井の一部だ。全壊は免れたようだ。

 

 「これの対応にも、驚かない。轟音にもだ、まるでそれが起きることを事前に知ってるみたいに落ち着いてる」


 砂埃が巻き上がる。

 その中から、エステルがミサイルのように突っ込んできて拳を高速で殴り付けてくる。

 それを捌きながら、樹里が淡白に返す。


 「上がパニックになると下にもそれが伝わるからね。どんなイレギュラーな事態にも淡々と冷静に対処しないと職場なんてヒステリックが蔓延するものでしょ」


 さすがに異世界転移したときは、樹里も取り乱したが。

 あんなのはイレギュラー中のイレギュラーだ。

 普通に生活していたら、まず間違いなく、願ったところで物理的に別の世界になど行けはしない。

 それに樹里が南大陸の魔王となって数ヵ月が過ぎた。

 一ヶ月で仕事をミスなく覚えることを要求するお局様と、まるで五歳児みたいな嫌がらせをしてくるパワハラ上司の下で、胃と精神を犠牲にしてやっきになって仕事を覚え、店を回すだけならお局さまより上になってしまった彼女からすれば、数ヵ月という時間は少なくともこの世界で魔王業に従事し、慣れるには十分すぎる時間であった。

 アルズフォルトと旅をしていた時に、修行ーー戦闘訓練をした期間もあった。

 何しろ、喧嘩や殴りあいなど子供の頃に兄弟姉妹喧嘩をしたとき以来だった。

 さらに、基本インドアである樹里は立ち仕事のためにそれなりに体力はあったものの、戦うための体の動かし方を知らなかった。

 なので、訓練の時は一時的にとある魔女と呼ばれる存在に師事した。

 正確には、天界からの指示で戦闘訓練の名の元にその魔女の元で研修を受けたのだが。


 「そういうもんか。ま、俺はその日暮らししてるからよくわからないけど、な!」


 一番重たいであろう蹴りをエステルは繰り出す。

 それを、樹里は腕で防ぐ。

 そして、また二人は距離をとった。


 「日銭を稼いで根無し草の生活、ね。憧れるけど大変そう。

 それに、今は良いけど年を取ったときのことを考えると安定した収入は大事だと思うけどな」


 「年寄くさい」


 「安定思考なの」


 とはいえ、元の世界では両親に早く結婚しろとせっつかれていたが。

 しかし、結婚したからといって安定した生活が確約されるかというとそうでもないが。

 この辺は世代の考え方の違いかもしれない。

 それにしても、と樹里は悩む。

 エステルは今まで仕事で相手をしてきた相手達とは違っていた。

 特異点だからなのか、転生者だからなのか、それとも本人が言うところの武者修行の成果なのかはわからないが、今までのワンターンキルや、オーバーキルのやり方では通じない相手ではある。

 となると、師匠と手合わせしたときのように最高の実力を出さなければ行動不能には持っていけない可能性がある。

 時間外の業務である。それに、そろそろお昼時だ。

 

 (あれは使いたくないしなぁ。しばらく生理前後の鬱みたいになって仕事に支障が出るし)

 

 【魔神域の英雄】スキルも、苦労はしたが回数制限はあるものの任意で使えるようになった。効力も自分で調整出来るが、使ったあとの鬱が半端ないので封印している。

 最後に使ったのは、反勢力が攻めてきた時以来である。

 樹里は、着用しているマントに触れた。

 

 (洗濯するの大変だけど、スキル使うよりは良いし)


 そうして、小さくマントへと囁いた。

 赤から黒へとマントの色が変わり、生き物のようにうねりだす。


 「おお!いいねぇ、そういう演出。嫌いじゃねーよ!」


 拳を握りしめ、またエステルが突っ込んできた。

 

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