ピンクゴリラが道場破りみたく乗り込んできた話 1
「パソコンがあってよかった。今時手書きとかで報告書とかないから」
それも羊皮紙とかではなく、樹里が元いた世界で使われていた紙と同じものがあって良かった。
魔族が支配しているという中央大陸の文明レベルは、おそらく現代日本と同じかそれよりも近未来だと思われる。
「魔王様」
「なに?」
カタカタとキーを叩き今月の報告書と、仮決めの城内シフトを作り上げる。
手はそのままに、やってきた元大陸魔王四天王の一人であり、樹里がボコボコにした部下である現魔族の青年レドルリアに聞き返す。
便宜上の魔王呼びにも慣れてきた。
「姐さんから連絡が」
「わかった」
連絡系の魔法とスキルもとってあるが、常時繋ぎっぱでは書類仕事に集中出来ないので、電話のように城を改造したときに内線外線のような機能を持たせた。
「何?」
目の前に画面が広がって、テレビ電話のように女神アルズフォルトの姿が映し出される。
監視役である彼女だが、現在は天界に一時帰還中である。
彼女は酷く慌てた様子で、言ってきた。
《良かった、無事ですね!》
「だから、なに?」
《あぁ、すみません。えっと、ですね。他大陸の反魔王勢力が襲撃されてる話は届いてますか?》
「なにそれ?」
説明を求める。
反魔王勢力というのは、現在中央大陸に拠点を置いている魔族達ーー現魔王のやり方が気にくわないとケチをつけ、テロ活動を行っている所謂過激派である。
過激組織は一つではなく複数存在する。
アルズフォルトの報告というか連絡内容は、その過激派組織が最近原因不明の襲撃を受け、潰されているということらしい。
ただ重傷者は出ているものの、死人はおらず、調査してみたところどうやら道場破りにあったらしいということだった。
「なにそれ?」
道場破りとは、またえらく時代錯誤である。
どちらかというと殴り込みだろうと思われた。
名前を偽って、中央大陸の魔族組織ーー役所が冒険者ギルドに討伐依頼を出していたらしいが、その依頼を受けた冒険者達が現場に向かうとすでに組織は壊滅状態で、この件が発覚したらしい。
軽傷者から話を聞いたところ、よほどショックな出来事だったのかピンクが、桃色が、襲ってくるとしか言わない。
そんなことがここ最近頻発しており、現魔王派も襲撃を受けたらしい。
ただ、その時は襲撃というよりもストリートファイト的で、お互い納得した上で戦ったのだとか。
まるで意味がわからない。
なので、樹里はもう一度言った。
「なにそれ?」
《えっとですね、襲撃者はどうやら腕試しをしているらしいです。その勝負を正式に受けた魔族の話によると、相手はとても綺麗な桃色の髪の儚げな少女だったらしいです。魔族の方は武人として高名な部類に入る者で、えっと、負けたあと襲撃者と仲良くなって色々話をしたらしいです。
そこで、最近頻発していた過激派襲撃の犯人がその少女だと知ったらしく、魔族なら一度手合わせをするべきだと、SNSで拡散して》
「それが天界まで流れたと?」
《はい》
「ネットに負けてどーする! 天界はアホか? アホなのか?!」
《私に怒鳴らないでくださいよ!》
「それで、拡散されて? どうなったの? 続きがあるんでしょ?」
大体、話の先は読めてしまったが、樹里はアルズフォルトに報告させる。
この女神は、社会人としてかなりアレな部類に入る。今のうちに教育しておかなければ後々召喚された者が大変な目に合うに違いない。
《えっとですね、その、ですね》
「報告することはさっさとする! 時は金なり、ぱぱぱっと動く!」
「イエス、マム!」
元四天王が海外の軍人のように敬礼してきた。
お前には言ってない。
《は、はい!
SNSだと樹里さん相当有名みたいで、襲撃者のアカウントに樹里さんの情報を流すユーザーがけっこういたようで》
がんっと、樹里はさすがに執務机を苛立ちで蹴ってしまった。
こういうとき、魚籠つかない魔族が配下で良かったなと思う。
そして、自分がネットの一部で有名だと聞いた絶望感。不特定多数に顔だしとか嫌なのに。
というか、SNSでアカウントとってるんかい襲撃者! とツッコミをいれようとして我慢した結果なのだが。
《も、物に当たらないでくださいよ~!》
「ごめん、今のは私が悪かったわ。続けて」
《その、襲撃者の方なんですけど、SNSでそちらに殴り込みをかけることをほのめかす呟きを投稿したようで》
つまり、これからこちらに来るというわけだ。
来るなら相手をしなければならないが。
「一応確認だけど、その襲撃者は転移者?」
《機密情報になるんですが、転生者です。すでに役割が終わった存在で、何て言うか特異点みたいな存在ですね》
「ふーん。わかった、とりあえず来たら適当に相手する」
《あ、あの、本当に気をつけてくださいね》
アルズフォルトの言葉に元四天王レドルリアが返す。
「姐さん、そんな心配しなくても大丈夫ですって!
樹里様の実力は次代魔王候補のウィリアム様と同等かそれ以上って云われてるんですから!」
そんな風に言われてたのか、知らなかった。
《ですが、その正式に戦った魔族というのが、役所所属幹部のバトラという魔族で》
「マジっすか?」
あはははと笑っていたレドルリアの表情がひきつった。
「その人強いの?」
定期的に役所本部で行われる報告会議は、基本レドルリアが出席している。
樹里が出席したのは、顔合わせの最初だけだ。
「えぇ、ウィリアム様には少々劣りますが、やはり実力は相当ですよ」
レドルリアが言った時、城が揺れた。
同時に、アルズフォルトを映していた画面もノイズとともに消える。
そして、轟音が響く。
そして駆け込んで来たのは、城の清掃を任せているメイドであった。
迷惑冒険者&勇者パーティを粛清するための玉座の間に、扉を破壊して桃色の髪をした少女が殴り込みをかけてきたのだという。
「レドルリア。このパソコンの中に来月度の仮決めシフトが入ってるから、従業員の人数分コピーして配って、訂正箇所は一枚大きいのコピーしてそこにメモっておいてと伝えて。それから業者に修理の話を通しておいて。まぁ、その前に避難が最優先だけど」
言いながら、見栄えだけでもそれなりに見えるマントを羽織って、樹里は執務室を出た。
「イエス、マム!」
メイドには、他の従業員を念のため避難させるよう伝えておく。
こういったことも考えてはいたので、定期的に避難訓練をさせておいて正解だった。
そうして、一人、樹里は玉座の間へとやってきた。
「あんたが、四天王の中でも最強の、人間出身の魔王か?」
現れた樹里を、オモチャを見つけた子供のような瞳で見つめその少女は言ってきた。
たしかに、外見だけなら深窓の令嬢だろう。
「どうだろう?」
桃色の髪に、人形のように白い肌。
美少女である。
情報の少女のようだ。年は十代後半だろうか。
一輪の華のように黙ってればきっと、そういったタイプが好みの男性にモテているはずだ。
「とぼけるなよ。ほらこれ」
そう言って、少女が指を振って出したのは画像だった。
非公式の樹里のファンサイトのようで、会員1号の人物の画像はレドルリアだった。
「あの野郎、あとでシメル」
呪詛のように樹里が吐き出した言葉を無視して、桃色の髪の少女は続けた。
「俺、いま武者修行中で強いやつと戦いたいんだよ。だから」
一瞬、少女の姿が消えたかと思ったら背後をとられた。
「ちょっと相手してくれよ」
囁くように言ったかと思うと少女は樹里を蹴りつけてきた。