カウンセリング
テロリスト制圧から数週間後。
本部からの要請で、中央大陸でも有数の国であり、役所本部があるウィスティリア国。
その首都にある病院にて、樹里は検査入院をしていた。
条件付きで解放となるスキル【悪鬼羅刹】は、そもそも【魔神域の英雄】が変化したものだ。
「昔、とある漫画で読んだんですよ。額って皮膚が薄くて切れやすいから、血も出やすいって。
そこをわざと殴らせて血を出せば攻撃が効いてると思って、どんどん殴ってくるって。
殴らせるだけ殴らせて、こっちは体力温存して向こうのスタミナを削ってたってわけです。疲れると判断力鈍りますし。
まさかここまで上手くいくとは思ってませんでしたけど」
話を聞いていたダークエルフの幼女、ミルは呆れたように笑うと、
「君は少年にとてもよく似てるな」
そう呟くように言った。
他にもこんなバカなことをするバカがいるのか、と樹里は思ったが言わなかった。
その少年とやらのことを特に話題にするつもりも無いのだろう、ミルは別の話題を振ってくる。
「ところで、君と私のこの会話は所謂カウンセリングというやつだ。
神ーー神族の操り人形である君は中々ストレスも溜まるだろう?」
「休んでも、趣味を楽しんでも文句を言われないんでそうでもないですよ」
「上に立つ責任は、重くないか?」
「そりゃ重いですよ。
めんどいですよ。出来るなら今すぐにでも元の世界に帰りたいです」
「ははは」
「笑い事で済ませられたら良かったんですけどね」
「殺しをしたのは、これが初めてか」
「はい。この未来を私はスキルを使って予め知っていました。
今までは、殺しても生き返る、リトライができる人しか殺してなかった。
精神耐性もあるせいか、今までとこの前のことは正直そんなに堪えて無いんです」
「では、何に堪えている?」
「何も感じてないことが、罪悪感すら抱いてないことが、怖いんです」
「なるほど」
「神様はどこまでも理不尽だ。神と悪魔にそう違いはないってのが持論でして。やっぱりなぁっていう諦感しかないのが、もう、何て言ってみようもないというか」
「そうか」
「で、この尋問は役に立ちそうですか?」
「まさか、そんな物騒なものではないよ。このやり取りは君が許可しない限り他言無用となっている。私がその制約を破れば、私自身が損をする仕組みだ。
無理に、とは言わないが。君はもう少し周囲を信じたほうが良いな」
信じる。
その言葉に、樹里は嘲笑を浮かべた。
「無理ですよ。
だって、今まで助けを求めても、甘えるなって言って誰も助けてくれなかったんですよ。
助けてほしいって声をあげても、甘え。
泣いても、甘え。
そうやって根性論を突きつけられて、話すら聞いてもらえなかったんです。
自分の意見を言えば、今度は否定だし。
今は耐性があるからこうして話してられますけどね。
そうで無かったら、黙りこくってるところですよ。
私は基本、自分の考えも意見も口にしたくない人間なんで」
「中々難儀な性格まで一緒か」
「はい?」
「いや、こっちの話だ。
そうは言うが、南大陸の城ではずいぶん挑戦者に対して言いたい放題のやりたい放題だろう?」
「まぁ、あれで憂さ晴らししてるのは否定はしませんけど」
「正直だな。正直なのは良いことだ」
「嘘を言っても仕方ないですから」
「では、その正直者な君に質問だ。言いたくなかったら言わなくて良い。
条件付きで、君がわざわざ解放させたスキルだが。
【悪鬼羅刹】だったか?
その発動中、君はどんな感じだったんだい?」
「どんな?」
「そうだなぁ、所謂ハイになってるとか、逆にイライラしていたとか」
「頭がムズムズしてました。その時生えてた角、見ます?」
「角があるのか?」
「えぇ、参考データになるかなと思ってエステルに動画の撮影を頼んでたんですけど、その時に、一緒に回収しておいてもらったんです」
「それなら報告書といっしょに提出されていたな。私も見た。
あの時、生えてた角か」
スキルの発動を解くと同時に、角も取れてしまったのだ。
提出しようと思って、うっかり提出し忘れていた。
「解析したら、【鬼神の角】って説明が出てきました。
それも、今この世界にいる魔族とは別の存在っていう注意書き付きでした」
「そうか。まぁ、それは君が持っていろ。上から生えたものだから家の下に投げるか、枕の下にでも置いておけば金貨に変わるかもしれないぞ」
「乳歯じゃないんですから」
「しかし、話を戻すが君も女性なんだ。嫁入前の顔に傷をつけるもんじゃないぞ」
「もともとガタガタした顔だったんで、そう言われてもピンとこないんですよねー。妹の方が可愛いだの綺麗だの、親戚の集まりでよく言われてました。
それに比べてお姉ちゃんはーってよく言われ続けてましたね。
勉強も妹の方が出来ました。私はよくバカ呼ばわりされてました」
「年中行事で、親戚が集まるとよくあるアレか」
「それです。ほんっとうに嫌でした」
そりゃあ、悪気なく貶されてヘラヘラ笑うしかできないのなら嫌にしかならない。
「あのテロリストのリーダーがスキルを使ったときなんて、幻覚で出てきた叔父と父親、あと私に濡れ衣をきせたパートのババァと中立の立場すら取らなかった当時の上司を思わず惨殺してましたよ。
まぁ、あれは幻覚だってわかってたからやれたんですけど」
そんな幻覚を見ていたとは、映像だけではわからないものだ。
ミルは苦笑するだけにとどめておいた。




