誤報でいろいろ錯綜しはじめた件
南の【悪鬼王】が調査のために派遣されてきたらしい。
その情報が密偵によって、テロリスト集団にもたらされた。
悪名は他の魔王より有名であり、その強さも伝説の魔神に匹敵すると言われている。
つまり、役所が本腰をいれて攻撃してくるのだろう。
悪鬼王の顔も割れている。
その強さとカリスマ性により、南大陸の魔族達からは神のように崇められているらしい。
インターネットによる拡散により、その狂信的な人気は彼女がその玉座についた時から天井を知らずに延び続けていた。
しかし、その噂が、情報量が増すにつれ北大陸で活動しているテロリスト組織の一つである【星空の黎明団】、その団長、つまりはリーダーであるその男は疑念を抱いていた。
男の名はダヴィといい、鍛え抜かれた屈強な体をしている。
一発でも軽く殴られてしまえば、骨は砕け、筋肉は破壊され、内臓もただではすまない。
しかし、ただの筋肉バカかと思いきや、意外と物事を考えていたりする。
今回の北大陸の魔王の暗殺を思いついたのは他ならぬダヴィであった。
その案をより確実に成功させるため、策を練った参謀役は他にいるが、とにかくただの筋肉バカではないのだ。
「悪鬼王なんて、ただの作り話だ」
「そうでしょうか?」
問い返したのは、参謀役である細身の青年だった。
「あんな客寄せ道化みたいな魔王がいてたまるか。
そもそも、人間が魔族に勝てるわけないだろ」
「と言うと?」
「おそらく、士気をあげるためのお飾りだ。
実際には、今までと同様に南大陸を任されているのは魔将軍の異名を持つレドルリアだ。
悪鬼王のファンクラブだったか?
そのふざけたクラブの、最初の会員はレドルリアだった。
レドルリアが負けたというのがそもそも嘘で、実際には道化を上に据えその道化を権力のあるレドルリアが認めているという事実があれば良かった、と俺は見ている」
「しかし、何故そんなことを?」
「中央大陸からの指示だったのかもしれない」
「現大魔王の、ですか?」
「士気をあげるくらいしか俺には思い付かないが、もしかしたら他に何か理由があるのかもしれない。
どちらにしろ、十代の人間の小娘だ。拐って拷問にでもかければ情報を吐くだろう」
「では、そのように動きますか?」
「あぁ、そうしてくれ。
身柄を確保したら、俺の前に連れてこい、直々に尋問と拷問をする」
「わかりました」
***
領都でも一番立派な屋敷。
そこが、エルミスト家である。
イリシアはその屋敷に保護されていた。
「よし、ここからは別行動。
スカルとエステルはここにイリシアさんがいるから連れてきて」
言いながら、他人にも見えるように設定した屋敷のマップを表示する。
スカルが物珍しげに、しかし仕事の顔つきでそれを頭に叩き込む。
「樹里はどうするんだ?」
「ちょっと調べもの」
日が完全に暮れ、深夜のやり取りである。
「調べもの?」
エステルが聞き返した。
「念のために証拠を抑えときたいし、絶対あとで報告書書かされるから、資料にもなるし」
「なるほど。んじゃ、あとで落ち合うか」
「そうする。マップもあるし、君達の現在地はリアルタイムでわかるから。そっちはイリシアさん助けたら適当に隠れてて」
言うだけ言って、手をヒラヒラさせ樹里はその場から立ち去った。
その背にエステルが声をかける。
「了解」
完全に樹里の気配が消えてから、スカルはエステルに聞いた。
「報告書って?」
嘘をつくのがあまり得意ではないエステルは流れで、
「いや、アイツーー樹里って一応南大陸の魔王してるから、休暇とはいえこんな事に巻き込まれたから後で色々報告しないとならんらしい。
それ考えると出世ってのも、考えものだよな。結局たくさん仕事しないとならなくなるし」
「は?」
「ん?」
「魔王? 南大陸、悪鬼王ってことか?」
「ん?」
「誰が?」
「誰って、あ、やっば言っちゃいけないんだった。あとで叱られるなぁ」
「え、マジなのか?」
「まぁ、嘘言っても仕方ないし。その辺はあとで説明する。
今はとりあえず、協力してくれよ」
エステルは言うと、月光の下に建つ屋敷を見上げたのだった。




