本当は炭酸割がすき。
樹里は、自分が頼んだ酒と料理が床に落ちるのを呆然と見ていた。
普段なら、そう、何時ものように仕事モードだったのなら救えただろう料理と酒。
それが、無惨にも床にぶちまけられた。
ただの巻き添えだった。
なんの巻き添えかというと、喧嘩というか安っぽい武装をした不良達の殴り込みのである。
この店は、出来て六、七年ほどなのだが、もともと地元の不良達の溜まり場だったらしい。
集会所に使っていたのだとか。
その土地が奪われたために、世代交代しながら不良達はこの店に殴り込みという嫌がらせをしてきているのだとか。
ただ、いつも店の前で済ませていたいざこざは、今日は店内に浸入を許すことになってしまったのが、運の尽きだった。
樹里は、自分を出迎えた幼い店員ではなく、とてもそんな風には見えないーーむしろ良家のお嬢様のような雰囲気の銀髪の女性店員と不良達が殴りあっている場所へ、転がっていた中身が空の一升瓶を逆手に持つ。
エステル含め、他の常連客なんかはその喧嘩の光景をショーのように囃し立てている。
誰か背後に寄ってくる気配を感じたが、樹里は気にせずに店員と不良達の乱闘の場へと進み出た。
そして、樹里の存在にまったく気づいていない不良の頭を一升瓶で、思いっきりどついた。
倒れる不良。しかし、一升瓶は割れない。
どんどん、沈黙のまま樹里は一人一人、不良達を沈めていく。
やがて、一升瓶が殴った勢いをつけたままテーブルにあたり、砕け散って、更なる凶器へと変貌した。
それを持ったまま、いまだ店員と喧嘩を続行している最後の一人へと近づこうとする。
しかし、肩を掴まれ止められてしまった。
先日、職場で見せた悪鬼のような表情かと思いきや、樹里の顔に浮かんでいたのは虚無であった。
虚ろであり、無感情であった。
そんな表情の彼女に向けられたのは、困ったような微笑みだった。
苦笑、とはちょっと違う。
困り顔なのだ、彼女の肩を掴んで、もしかしたら起こったであろう惨劇を回避したその人物が浮かべているのは。
その人物は、厨房の奥から現れた三十代から四十代ほどの男性であった。
喧嘩を煽っていたエステルが、
「あ、マスターさん! こんばんは」
明るくそんな挨拶をした。
どうやらこの男性が、この店の店主らしい。
「こんばんは。いつもありがとうね。エステルちゃん。
それと、君は初見さんだね。この度はご利用ありがとうございます。
それを使うとタンコブだけじゃ済まなくなると思われるので、引っ込めてもらえるますか?」
殺伐とした店の雰囲気とは違い、穏やかな口調で言われる。
手加減をしたことに、この店主は気づいているようだ。
一升瓶は、本気で人を殴れば撲殺できるほど頑丈である。
割れることも、普通に使っていればそうそうないが、割れた破片などは十分な凶器になってしまう。
まして、いま樹里が手にしているのは、人を刺し殺せるほど割れて鋭利になった瓶である。
穏やかで丁寧な言葉に、とりあえず樹里は従うことにする。
「危険物扱いになるので、こちらで処分しますね」
素直にその言葉にしたがって、樹里は瓶をマスターへと渡した。
代わりに、とばかりにマスターがシンプルなデザインの武器、メイスを渡してきた。
「特殊加工してあるので、これなら死なないはずです。
怒りが治まらないようなら、使ってください」
何も言わず、黙って樹里はそれを受け取ると、銀髪の店員に取り押さえられてしまった不良たちのリーダーらしき人物へ渾身の一撃を喰らわせたのだった。
美少女店員の目が、大きく見開かれるが気にせず樹里は一言言った。
「ウィスキー、ロックでください」
その目は据わっていた。




