繁忙期に異世界転移させられたサービス業の人の話
以前短編で書いたやつを纏めたものになります。
「ふっざけんな!今すぐ戻せ!」
ドスを効かせた声で彼女は、目の前の美しい女神ーーアルズフォルトの胸ぐらを掴むとそう凄んだ。
不敬だのは気にしない。
「今の時期どんっっっっっっっっっっっだけ!
忙しいのかわかってんのか、このアバズレがぁぁぁああああ!?
まだ発注書と発注変更も終わってないし明日の仕込みだってやってねぇんだぞ!?
仕込みとは別に材料と備品の補充もしてないっつーのに。
あああああああ先輩が死ぬ、店長は死んでよし、バイトの子達にも迷惑かけることになる」
「あ、あの、とりあえず落ち着いて」
「このド腐れ女神が、なにが神か。神様なら今すぐ日本人全員休ませろ!」
宝くじに当たるよりも低い確率かもしれない、成人女性の異世界転移。
大体の人間だったら喜ぶ所を彼女ーー樹里は怒り心頭で怒鳴り散らす。
「今、年末年始、大型連休!
意味わかるか?!
人がいねぇんだよ。バイトやパートの募集したところでサービス業は不人気ぶっちぎりなんだからな?!」
サービス業の悲しい面をとにかく叫ぶ。
もっと言ってしまえば、面接を受けに一定数はくるのだ。
実際、何人かは雇用するのだ。
しかし、続かない。
色々な理由がある。
例えば、店長のパワハラだったりモラハラだったり。
例えば、これはパートの場合だが、バイト並みの仕事で済む、要はぼうっと突っ立ってレジだけやってればいいと思っていたのに、仕事内容が想像と違っていたのでやめたり。
あとは人間関係だったり。
学生の痴情の縺れは他所でやってくれと言いたいところだ。
樹里はそんなトラブルがたて続いた店の所属社員の一人である。
下手に意見すれば、手近なものを殴って威嚇してくる店長の下につけられたのが運の尽きであった。
ここ一年以上の付き合いとなった胃の痛みに堪えてきたのだ。
たぶん、先輩(三十代、男性)の胃痛も相当なものだろう。
「貴方がいなくても職場はなんとかなり」
「なんとかなるんだったら、バブルを弾けさせるな、不景気なんて起こすな、もっと良いところに就職させろ!
せめて、宝くじの一等でも当選させろ!
それなりに小説読むから知ってんだぞ!
あんたらは一部の老若男女に加護とかスキルとか与えて依怙贔屓するのだけは、うまいもんな?!」
「依怙贔屓なんてしてな」
「友情努力勝利は子供の時にだけ使える切り札なんだよ。
社会に出たらそんなもん何の役にも立たないの実感したんだからな!
理不尽、クレーマー、サビ残から誰が守ってくれた?
誰も彼も自分だけが可愛いからな。
友情は薄いつながりになるし、努力は評価されない、勝利つまりは手柄は横取りされる世界で、やりがいっつー目に見えない残らないものを拠り所に薄給で濃き使われるんだぞ。
嫌な仕事は押し付けるのが日常茶飯事にいる俺をよくもまぁ選んだもんだ。
異世界転移と甘いエサで夢見る少年少女はあんたらの雇用条件にすんなり頷くだろうさ。
でも俺は社会人なんだよ!」
ばんっ、と一際大きく彼女は、自分と女神ーーアルズフォルトを隔てているテーブルを叩いた。
興奮のしすぎで、一人称が俺になっているが彼女は気づいていない。
そして、ずっと言葉を遮られてばかりのアルズフォルトは涙目である。
「酷い、です」
今にも泣きそうなほど声を震わせてアルズフォルトが呟けば、樹里の目が据わった。
「酷い?
たこ焼きと今川焼と焼きそばとポテトを同時進行で作りつつレジでオーダー受けてた人間を強制的に転移させて、ここにつれてきた存在がどの口で言うかぁぁぁああアア!」
「ひぃぃいい。ごめんなさい、ごめんなさい!」
「謝るくらいなら、もっと適性をみて決めろ!
酷いのはどっちだ!」
「て、適性は一応見たんです。正直なことを言えば貴方以外にも候補者がいたんです。
でも、でも」
「でも?」
「目ぼしい人達は、他の同僚や先輩に取られちゃって。
あぁ、睨まないでください!
えとえと、私たちにも選ぶ権利があって、優秀な人をこちら側に転移させてそれなりの成績や実績を、召喚した人が残したり積んだりすればそれは私たちの評価になって出世に繋がるんです。
私は、まだ新米女神で、先輩たちの嫌がらせで貴女を召喚することになっちゃって」
そこまで聞いて、樹里の表情が無に変わった。
「なるほど、つまりは新人イビり、いや神様だから新柱イビりに巻き込まれたと、そういうわけか。
つーかやっぱり依怙贔屓じゃねーか!」
「あうあうあう」
アルズフォルトが戸惑っていると、声が頭上から降ってきた。
それはクスクスと笑っている。嘲笑だった。
「あっら、呼べたのね」
「向こうじゃ晩婚とは聞いてたけど年増ねぇ」
「みそっかす女神のフォルには丁度良いじゃない。
何事も経験よ」
目の前の女神よりも大人びた三柱である。
本来は美しい顔立ちが、いまはクシャクシャに丸めた紙を広げたように歪んでいる。
「あっお、お疲れ様です、先輩方」
恭しく上級神である先輩女神達へ、後輩であり樹里を召喚した女神は頭を下げた。
その横で、色々ストレスであれだった樹里が呟いた。
「誰が年増だ鏡見ろこの醜女ども」
樹里の言葉にアルズフォルトの顔が青ざめる。
「人を見た目で判断するなと教えられるけど、上位の神様が率先して見た目だけで人を判断して、さらに新米イジメしてるんじゃ下界からいつまでたってもイジメがなくならないわけだ」
構わず樹里は続けた。
とたんに先輩女神達の顔が鬼婆のようになる。
「身の程知らずの人間が」
「えぇ身の程知らずな程度には若いので」
先輩女神Aの言葉に飄々と返し、
「さすが売れ残りの下賤な人間。育ちが悪いにもほどがありますね」
「残り物には福があるって言葉を知らない女神様よりは言葉を知ってますが?」
先輩女神Bには営業スマイルで減らず口を叩き、
「負け組のニンゲンのメスがピーピー吠えるな」
「神様のメスがピーピー吠えるんだと、いま初めて知りました」
先輩女神Cには受け取った言葉をそのままバットで打ち返してやった。
女神ABCは、顔を真っ赤に染めて般若のような顔つきとなった。
そして、先輩女神の誰かがキーキーと猿のようにわめいた。
ガラスを引っ掻いた方がまだマシな音だろう。
「地べたを這いつくばるしか能のない下賤な犬が、格の違いを知れ」
(犬よりも猫派なんだけど)
さすがに、面倒くさくなって樹里は思ったが口にはしなかった。
そうして、何故か舞台を勝手にお膳立てされた。
何処とも知れない荒野、そのど真ん中で樹里はアルズフォルトの先輩女神達が召喚したと言う一回りほど年の離れた少年少女達と対峙していた。
女神達と子供たちのやり取りから察するにどうやら樹里はチュートリアル役として、彼らが与えられたスキルのサンドバックにされるようだ。
樹里は自分を召喚したアルズフォルトに、与えられたスキルと、スキル発動の説明を受ける。
「いい歳したババァが異世界転移なんて恥ずかしいことこの上ないな」
「うっさい厨二」
大きく息を吐き出して、樹里は彼らを見る。
そして小さく呟いた。どうやら悪態のようだ。
男子二人、女子が一人である。
樹里は女子を見ながら続けた。
「ねぇ、知ってる?
なんで男性が自慰行為をするのか」
「へ?」
樹里の言葉に、話しかけられた女子とそして先輩女神、アルズフォルトまでもがキョトンとする。
「女子には生理があるでしょ?
なんでそれがあるのかは単純明快、子供を作るため。
でも一人じゃ子供を作れない。
生殖機能が働き続けてる限り、男性は精子をつくり続けられる。
でもね?
作るだけだと、たまっていくんだよ。そのたまったものを定期的に吐き出させてあげないと、ーーーーするんだよ」
言いつつ、ゆっくりと樹里は名前も知らない女子へと近づく。
女子は思春期真っ只中である。
学校では誰も教えてくれない話に興味津々である。
しかし、最後の言葉は囁くように言われたので女子にはよく聞こえなかった。
そこで、樹里はちょいちょいと手招きをして、女子を呼び寄せると耳打ちした。
女神達とは別の意味で顔を真っ赤にしたかと思ったら、女子の体が糸の切れた操り人形のようにその場に倒れてしまった。
意識も失っている。
「まずは一人」
途端に、男子二人は殺気立つ。
スキルだか魔法だかあを発動させようと技名を叫ぼうとする。
「アクアーー」
「ダムーー」
しかし言葉の途中で男子二人も地面に倒れてしまう。
女子と同じで意識は無いようだ。
「いっちょ上がり。名乗りと口上を待ってくれるのはお話しのなかの悪役だけなんだよ、小僧ども。
そして、時は金なりってね」
アルズフォルトが目を丸くして、樹里に聞いてくる。
「い、いま何をしたんですか?」
「何ってスキル使っただけ」
「え、で、でもいまスキルとか技名とか口にしませんでしたよね?」
種明かしをすると女子へ話しかける前、大きく息を吐き出した直後に呟いたのは悪態ではなく『スキル発動』である。
樹里のスキルは元々の経験が生かされたものらしく【ながら動作】というものだ。
文字通り別のことをやりつつ、同時進行で五つまでの魔法とそれとはべつに簡単な動作を同時に行えるというスキルである。
樹里は『女子へ語りかけつつ近寄り』同時に『眠りの魔法』を三人同時に『時間差』でかけたに過ぎない。
「ブラックサービス業のワンオペ経験者(時間帯売上二万円経験者)舐めんな」
言って先輩女神達へ、どや顔を向けた樹里であった。