金木犀
10月に入り、公立高校の説明会があった。僕は既に志望校を決めてしまったので、確認という感じだった。これには保護者も参加できるので、父さんはわざわざ休みを取ると言っていた。
「父さん、忙しいのにごめんね」
「いいよ。聡史の志望校のこと、俺もちゃんと知っておいた方がいいからさ」
父さんは僕の志望校の学校案内に、ちゃんと目を通してくれている。その上で、僕の志望校はいい学校だと思うから、入学できるように頑張りなさいと言われた。
説明会は、午後の授業を潰して体育館で行われた。午後の授業が嫌いだからという理由で喜んでいた生徒もいたが、僕は高校の説明会をしっかり聞いて、情報を得たいという気持ちの方が強かった。ただ、昼休みの後だから、眠くならないか心配。
体育館は広いので、保護者と生徒が隣に座れるように席が設けられていた。僕は父さんの隣に座り、説明会の時間や順番を確認した。
最初は普通科の高校の説明からだった。一応説明は聞くけど、今更その高校を目指そうとは思えなかった。案の定、実際に説明を聞いても全く関心が持てず、眠気を抑えることに必死だった。
しかも、普通高校の説明が3校くらい続いた。中にはエリート意識が強くて、高飛車な説明をするような高校もあったので、絶対に普通科には行きたくないと思ってしまった。
その後の専門学科の高校の説明会の前に、短い休み時間があった。僕はトイレに行く必要はなかったので、父さんと、これまでに説明があった高校の話をした。
「普通高校って、エリート意識が高いのかな?」
僕はそんなことを言ってみた。
「そうだな。個人差の方が大きいと思うけどな。俺も商業高校生だったけど、普通高校の生徒にばかにされたことがあったっけ」
父さんは、僕の志望校とは違う商業高校の卒業生だ。そうか、普通高校の中にはそんな生徒もいるのか。
「でも、商業の勉強は仕事でも役に立ったから、ばかにされても誇りに思えるよ」
父さんはそうも言っていた。
そして休み時間が終わり、専門学科の高校の説明会が始まった。最初に説明があったのは工業高校。一応、第2志望校なので、説明はしっかりと聞いた。
でも、説明は8月のオープンスクールで話していたことを簡潔にしたような内容だったので、新鮮な情報はなかった。オープンスクールに参加しているとそんなものなのだろうか。その後の商業高校の説明もそうだった。つまり、僕はもう志望校のことを充分知っているということだろうか。少し安心した。
とはいえ、この説明会は僕にとって無駄ではなかった。説明会で配られた資料には、高校の情報がたくさん書かれていた。具体的には、制服の代金や学校方針など。だから、保護者にとっても大切な資料だろう。もちろん、父さんはこの資料にも目を通してくれた。
「もりさと君、志望校が一緒だよね?」
説明会の翌日、朝のホームルームの前に遠藤さんにそう声をかけられた。
「そうだよ」
「これから色々と相談してもいい?」
「いいよ」
彼女にそう言われて、断る理由なんてなかった。
「そうだ、情報科を志望してるのって、遠藤さんと僕くらいだったっけ」
「そうなの。彩織は私立高校を目指してるし。商業高校を目指している人が他にいなくて」
それで、仕方なく僕に…かもしれないな。でも、彼女と一緒に受験勉強を頑張れる?と思うと、何だか嬉しい。
「遠藤さんは、志望校について迷ってる?」
「全然。パソコンが好きだから、そのプロになりたいって、ずっと思ってるの」
きっぱりとそう言う彼女はかっこいい。
「もりさと君はどう?」
「僕も迷ってはないかな。情報の仕事に憧れてるから」
「もりさと君も?一緒だね!」
彼女は無邪気にそう話す。本当は、彼女と同じ学校に入りたいからとか、父子家庭だからという他の理由もあるのだが、そんなことは言えるわけがなかった。
自分の家庭の話は、できるだけしたくないのだ。だから、僕が父子家庭と知っている同級生は、今のクラスメートでは諒一くらい。幸い、そんなことを聞いてくる人はいないけど。
僕は窓際の席なので、風に乗る金木犀の甘い香りを感じることができた。何故か、これから何事もうまくいきそうな予感がした。
「商業高校なんてレベル低いよな。ケバい女子しかいないだろ」
僕のいい予感とは裏腹に、教室にいると志望校の悪口も聞こえてくる。父さんもばかにされたことがあると言っていたけど、本当なんだ。気にしないように頑張ったが、どうしても気分が悪い。自分の選択は間違っているのだろうか。
「そんなことないって!そんなひどいことをいつヤツらなんて、ほっとけばいいよ。これで今更志望校を変える方が、後々後悔するよ」
遠藤さんに話したら、そう返事が来た。やっぱり彼女は強い人だと思った。
「ねえ、それより最初の入試では作文があったよね?私、文章を書くのが苦手でさ」
今度は彼女に作文の書き方を相談された。僕にとって、国語は得意科目だ。
「まずは、自分の言いたいことをはっきりさせることが大切だと思う。それから、文章はだらだら書くより、簡潔にまとめて−」
つたない説明だが、彼女に話してみる。すると、彼女は納得したように明るい表情になった。
「そっか、よくわかった。ありがとう」
自分も、彼女のために何かできると思うと、とても嬉しい。こうして一緒に頑張れる仲間がいると、大変さに変わりはないのだが、受験が辛くなくなる。
「彩織がね、『志望校が同じ人、特に同じ学科を志望してる人に相談したらいいんじゃない?そういえば、森崎君と志望学科が同じなんでしょ?』って言ってたの」
彼女がそんな話をしていたこともあった。また二宮彩織が出てきた。あの人、一体何がしたいのだろう。
「僕は遠藤さんと一緒に頑張れるのは嬉しいけど」
照れくさいが、そう言う自分がいた。
「本当?迷惑掛けてなくて良かった。彩織、いいこと言うね」
「そうだね」
「私も、もりさと君に相談して良かったって思うもの」
「そう」
彼女にそう言われて、赤くなってしまった。でも、彼女の表情に嘘はなさそうだった。僕も二宮さんに感謝しないとな。