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いちご  作者: リュウ
2/14

葉桜

 始業式の1週間後には桜の花は散ってゆき、葉桜になった。授業が始まり、部活に1年生が仮入部してくる時期だ。

 新しい生活に慣れ始める頃で、3年生になると、日々がマンネリ化するものなのだろうけど、僕は新しい発見でわくわくしている。もちろんそれは、遠藤さんのことなのだが…。

 「今日からこのクラスの理科を担当する清瀬 仁恵(ひとえ)です。クラスの副担任でもあるのでよろしくお願いします。今日は、クラスのみんなのことを知りたいので、自己紹介をしてもらいます」

「えー、また⁉」

各教科の最初の授業のほとんどが自己紹介だった。3年生にもなって、こんなに自己紹介をするとは思わなかった。しかしながら、数学・理科・家庭科の先生は今年この中学校に来た先生だと思うと、自己紹介が必要だろうと少し納得できた。

 特に、副担任の先生ということもあるのか、理科の授業では多くのことを聞かれた。僕は、また自己紹介かと思いながらも、遠藤さんが何を言うのかが楽しみだった。

 黒板には話す内容として、名前・部活・誕生日・趣味(より詳しく)と書かれている。遠藤さんの誕生日や具体的な趣味はまだ知らない。僕は、それらを集中して聞こうと思った。

「遠藤佳穂です。部活はバスケ部です。誕生日は7月22日です」

僕は、彼女の誕生日を聞いて少し驚いた。7月22日は、僕の父さんの誕生日でもあるのだ。それと同時に、その日はもう夏休みだから、きっと彼女に会って誕生日のお祝いはできないだろうと思った。

 そして、彼女は趣味として好きな音楽の話をしていた。好きなロックバンドは僕と同じだった。その話で彼女と盛り上げれるだろうか。

 それからというもの、好きなバンドを更に好きになって、今まで以上に曲を聴くようになった。彼女はどの曲が好きなのだろう。そんなことを考えながら。

 そのくせ、彼女にはなかなか声を掛けられずにいるのだが。授業中も、暇があればぼんやりと遠くの席の彼女を見てしまう。もう受験生なんだから、しっかり勉強しないといけないのにな。

 「聡史!」

「あ、ごめん。ぼけっとしてた」

「大丈夫かお前、具合でも悪いか?」

部活前にも、彼女のことを考えてぼーっとしてしまった。そのことを、主将のシロちゃんこと城田 (れん)に心配されてしまった。

「今日から1年生が正式に入部するんだから、しっかりしろよ」

「ごめん」

シロちゃんはそれ以上は何も言ってこなかった。僕は、そのことにほっとした。

 この日は部活結成があった。いつもはひたすら練習をするような部活なのだが、今日は自己紹介や先生の話があるから、普段よりも練習時間が短い。それが少し嬉しいと思うのは、僕だけではないはずだ。

 今年は剣道部に6人の1年生が入部してきた。剣道部は元々規模の大きな部活ではないので、そんなものだろうと思った。

 しかし景太は僕の隣で、

「柔道部よりも少ない」

と悔しがっていた。同じ道場で練習している柔道部の様子はよく見えるのだ。僕は新入部員の人数を気にしたことがなかったが。

「重要なのは新入部員の人数じゃない。そいつらをちゃんと育てるのが俺らの仕事だろ?」

シロちゃんが冷静にそう言った。そうだ。もう3年生なんだから、試合に向けての練習だけでなく、後輩の指導も頑張らないと。

 はきはきと、「よろしくお願いします」と挨拶する1年生を見ていると、彼等は自分よりもしっかりしているのではないかと思ってしまうが。

 部員達が互いに自己紹介をした後は、先生が1年生に対してこの部活のことを詳しく説明した。

 僕等はそれを正座して聞いていたのだが、先生の話が長いせいで、だんだん足がしびれてきた。これなら、竹刀を振って練習する方が楽だ。そんな僕等に気付かす話し続ける先生。

「じゃあ、ウォーミングアップ程度にちょっと動くか」

先生にそう言われて立とうとしたが、みんな足がしびれて上手く立てなくなっていた。特に、僕等よりも正座に慣れていない1年生は、立ち上がれずにいたので本当に可哀想だった。

 さすがの先生もその様子を見て、

「ごめん、しゃべりすぎたな。今日はウォーミングアップだけして帰ろうか」

と言っていた。

 そのおかげで、いつもより早く部活が終わった。外はまだ明るい。かと言って、僕は早く帰りたいわけではないのだが。

 「聡史先輩」

何も考えずに帰り支度をしていたら、2年生の(ゆう)()に声を掛けられた。

「どうした?」

「ちょっと相談したいことがあるんですけど、いいですか?」

「いいよ。何のこと?」

「部活のことではないのですが…」

雄太が少し恥ずかしそうにしている。そんなに話しにくいことなのだろうか。

「2人きりの方が良かったら、近くの公園にでも行こうか?今なら静かだと思うけど?」

話しにくいことなら、静かな場所の方がいいだろう。ここは武道場の出入り口だから人通りがあるのだ。

「はい。じゃあ、そこで話します」

僕等は少し自転車を走らせ、中学校のすぐ近くの公園に行った。

公園は思っていた以上に静かで、公園やその周りには誰もいなかった。

「あのベンチに座ろうか」

「はい」

僕等はベンチに座り、話を始めた。

「あの、好きな人がいるんです。今、一緒のクラスなんですけど、なかなか声を掛けられずにいるんです。どうしたらいいでしょう?」

僕はそんな相談をされて動揺した。だって、僕も雄太と同じように悩んでいるから。相談するなら、シロちゃんや景太の方がズバッと答えられたのではないかと思ったが、雄太なりの理由があるのだろう。

「すみません。こんな相談されても困りますよね」

「いや、そんなことはない。ただ、僕も雄太と同じように悩んでいるから、上手くアドバイスできなくてさ…」

「先輩もですか?僕の気持ち、わかってくれますか⁉」

「まあ、そうだな」

「聡史先輩に相談して良かった。聡史先輩なら、茶化さず聞いてくれると思って」

「僕はこんなに頼りないのに⁉」

「そんなことないですよ。先輩は優しいし、丁寧に部活の指導をしてくれたじゃないですか」

「ありがとう」

僕は、何だか照れくさくなってしまった。

「雄太は僕に対してそう言えるんだから、恋の方も大丈夫だよ。こうして行動を起こしているからさ。僕よりずっと積極的だよ」

雄太はどんな感じか知らないが、僕は遠藤さんとちゃんと話したことがない。

「聡史先輩、ありがとうございます」

「いやいや、僕の方こそありがとう」

僕はどうでもいい部員だと思っていた。主将でもないし、強い選手でもないから。でも、こうして自分のことを頼ってくれる後輩がいることが、とても嬉しかった。

 ふと顔を上げると、桜の花びらが1枚舞い降りてきた。

「まだ桜の花びらが残ってたんだ」

夕暮れの桜の木を見ていると、温かさを感じながらも、どこか爽やかで凛とした気持ちになる。

 僕も雄太みたいに積極的になりたいと思った。彼女と色々な話をして、ずっと友達でもいいから、仲良くなれたらいいのにな。

 待つんじゃなくて、自分からきっかけを作っていかないと。

「さあ、暗くなってきたから帰ろう。気を付けて帰れよ」

時間を思い出し、雄太に言う。

「ありがとうございます。先輩も気を付けて帰ってください」

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