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いちご  作者: リュウ
12/14

入学試験

 「諒一、試験の結果はどうだった?」

「合格した」

「おめでとう」

「ありがとう」

諒一が受験した私立高校の結果発表の翌朝に、そう話していた。僕は仲間の成功が嬉しかったが、それと同時にとても不安を感じた。試験を受けるタイミングが違うだけと知っていながらも、自分が置いて行かれたように思ってしまう。

 「彩織が試験に合格したみたい。私達も彩織達に続けるように頑張らないとね」

その日の昼休み、遠藤さんはそう話していた。そうだよな。彼女の言葉で、僕もまた頑張れるような気がした。


 いよいよ試験の日がやってきた。この試験は1回目の試験だが、これで合格するのが僕の目標だ。

「おはようもりさと君」

「おはよう」

試験会場の高校に入るときに、遠藤さんに会った。2月に入ったばかりなので、外にいるととても寒い。幸い、僕は体調を崩さずに済んだけど。

 僕等は受付をして体育館に入ったが、体育館の中も寒かった。こんな時期に入学試験なんて過酷だと思ってしまう。そして、高校の先生の挨拶の後に、試験会場へ移動した。

 最初に行われたのは作文だった。会場の教室は思っていたよりも暖かく、上着を脱いでも寒くはなかった。僕の中学校の中で情報科を受験するのは遠藤さんと僕だけなので、僕は彼女の後ろの席に座ることになった。実際に試験を受けるときは、そんなことは意識しないけど。

 そして作文の時間が始まった。作文のテーマは、『得意なこと』だった。僕は、ピアノのことを書いていった。

 今年の合唱コンクールで伴奏を担当し、最初はぎすぎすしていたパートがあったが、練習の中で自分の好きな曲を演奏ことをきっかけに、そのパートにまとまりが出て準優勝できたことを書いた。あれは、自分の特技を活かせた場面だったと思うから。作文を書きながら、ピアノを弾いてきて良かったと思えた。

 「作文、終わったね」

昼休みのときに、遠藤さんにそう声を掛けられた。彼女は自分の椅子を後ろ向きにして、僕と向かい合うようにして弁当を食べた。

「もりさと君のお弁当、美味しそうだね」

何気なく弁当箱を開けると、彼女にそう言われた。

「そう?これ、父さんが作ってくれたんだ」

「お父さんが⁉︎いいなー。私のお父さんは、こんな美味しそうな弁当なんて作れないからさ」

父さんのことを羨ましいと言われるのは初めてだった。家に父さんしかいないとは言えなかったが、自分は恵まれているのだと気が付いた。

「遠藤さんは作文書けた?」

弁当をつつきながら、そんなことを聞いてみる。

「まあまあ書けたかな。もりさと君のアドバイスのおかげで最初の頃よりよく書けた」

彼女が嬉しそうにそう話す。僕は照れくさくなって、

「良かった」

と言いながら弁当を食べて、視線をそらしてしまった。本当、自分の不器用さが嫌になってしまう。

 弁当を食べ終えてからも、僕等は試験の話をしていた。

「面接、緊張するな」

「そうだね。そうだ、面接は私の方が先だけど、もりさと君が終わるのを待っててもいい?」

彼女にそんなことを言われてどきっとした。

「一緒に帰るってこと?」

「うん」

彼女が恥ずかしそうに笑った。そのとき、彼女が面接に呼ばれた。

「じゃあ、いってらっしゃい」

「お先に」

いよいよ面接だ。面接のポイントを確認しないとと思ったが、すぐに僕も呼ばれた。

 高校の先生に案内され、面接の会場である教室へ向かった。僕は、教室にいる先生からどうぞと声をかけられノックして入室した。大きな声で丁寧に挨拶をして、面接官に言われてから着席した。剣道のときみたいに、肩の力を抜いて、まっすぐと。

「志望動機を教えてください」

「就職率が高いという理由で商業高校を志望しました。また、ITの仕事をしている父の影響で、情報科を志望しました」

よし、うまく言えたぞ。

「情報科について知っていることを教えてください」

「パソコンを中心に学ぶ学科で、情報処理などの資格が取れます。就職だけでなく、進学の内定率も高くて、昨年度の卒業生は全員が内定していました」

自分が調べてきたことを最大限に引き出したくて、長々と話した。

「中学校生活で頑張ってきたことは何ですか?」

「部活動です。3年間剣道をしたことで、諦めずに練習することや、部員同士で協力することの大切さを身に付けました。僕はいい成績を残すような部員ではありませんでしたが、3年生になってから、後輩に剣道以外のことを相談されたときは嬉しかったです」

言葉はごちゃごちゃになったが、伝えたいことは言えた。落ち着け自分。

「自己アピールをしてください」

「僕は中学校の3年間で、一生懸命部活動や勉強を頑張りました。この経験を活かして、貴校に入学してからも、何事も真面目に打ちこむ気持ちでいます」

「最後に、1番大切なものを教えてください」

これが例の、本性を引き出す予想外の質問だろうか。

「もの、ではなく人になりますが、僕の父です。僕が幼い頃に離婚して、男手一つで僕を育ててくれている父には感謝しています」

「面接は以上です。ありがとうございました」

「ありがとうございました」

最後まで気を抜かず、丁寧に挨拶をして退出した。

 「もりさと君、お疲れ様」

校舎を出ると、遠藤さんが待っていた。

「遠藤さんもお疲れ様。それから、寒い中待っててくれてありがとう」

「いいのいいの。私が待つって言い出したんだから」

面接の時間は10分程度だったが、彼女がひとりで待っていたと考えると心配だった。

「ねえ、温かい飲み物でも買わない?」

彼女にそう言われて、高校の近くにある自販機でホットココアを買った。外は寒かったが、体は温かくなった。そして、彼女の心の温かさも感じた。

「試験、疲れたね。合格発表までしばらくのんびりしていたいね」

駅へと歩きながら、彼女がそんなことを言った。

「そうだよね。家に帰ったら寝たいな」

「そういえば、寝ることが好きだって言っていたよね?」

「よく覚えてるね」

4月に話したことを、彼女が今でも覚えているとは思わなかった。

「合格できたらいいね」


 試験の1週間後に結果発表があった。僕は結果が気になって、発表の前夜はなかなか眠れなかった。そして、朝になっても早く放課後になってほしいとそわそわした。

 「結果が気になるよね」

そして放課後、教室で発表を待っているときに、遠藤さんがそう話していた。

「遠藤さん」

「はい」

結果発表は出席番号順のため、彼女は早く呼ばれた。合格していたらいいな。

「やったー、合格したよ」

廊下から戻ってきた彼女は、嬉しそうにそう言った。

「おめでとう」

「ありがとう」

僕は、彼女の合格が自分のことのように嬉しかった。しかし、出席番号は後ろから数えた方が早い僕の結果発表は遅い。

「森崎君」

「はい」

やっと呼ばれた。僕はドキドキしながら教室を出た。

「おめでとう。合格です」

「本当に?やったー!」

僕は確かに、合格の通知を受け取った。遠藤さんと同じ高校に入学できるんだ。そのことも含めて嬉しかった。

「遠藤さん、合格したよ!」

「おめでとう。4月から一緒の高校に入れるね」

2人で一緒に合格。僕が密かに抱いていた夢が今叶った。

 「父さんお帰り。入試に合格したよ」

その日、仕事から帰ってきた父さんに報告をした。

「そうか、良かったな。また何かお祝いをしてやらないとな」

父さんにも喜ばれた。そして、

「よく頑張ったな。これで安心して卒業できるな」

とも言われた。

「うん」


 「もりさと君、これ、受験の相談に乗ってくれたお礼に」

「ありがとう」

合格発表の後に、バレンタインデーがあった。なんと僕は、遠藤さんからチョコレートを貰った。これは、僕が生まれて初めて女性から貰ったチョコレートだった。

「もしかして、手作り?」

「うん、お菓子作りが好きだから」

告白のためのチョコレートでなくても、彼女からの手作りチョコレートは嬉しかった。

「僕こそ色々とありがとう。卒業式のときに、お返しを渡すね」

ホワイトデーのときはもう卒業しているから、卒業式のときにお返しをしよう。そのときに告白をしようか?

 帰宅してから、遠藤さんから貰ったチョコレートを食べた。ラッピングのセンスが良かったから、それを残そうかと思った。彼女がくれたものでもあるから。

 そして、チョコレートはとても美味しかった。彼女はどんな気持ちで作ってくれたのだろう。そう考えると、照れくさくなる。

 僕はそのチョコレートをひとつひとつ丁寧に味わうように食べていった。卒業式のときに何を贈ろう。今からそんなことを考えてはわくわくしてしまう。


 「二宮さん、ちょっと相談したいことがあるんだけど」

「佳穂のこと?何でも答えるよ」

その数日後の朝のホームルーム前の教室。遠藤さんがいないときを狙って二宮さんに声を掛けたら、とてもニヤニヤされた。

「佳穂に贈ったら喜ばれるもの?森崎君からだったら大抵喜ぶと思うけど?」

二宮さんに遠藤さんへのプレゼントのことを相談したら、あっさりとそう言われた。え、どうして?

「佳穂はスポーツが好きだからタオルとか。ちょっと高いものだとCDとか?あとは愛を贈っとけばいいでしょ」

「あ、もりさと君と彩織だ。おはよう」

そのとき、遠藤さんが教室にやってきたので、僕は気絶しそうになった。

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