入学試験
「諒一、試験の結果はどうだった?」
「合格した」
「おめでとう」
「ありがとう」
諒一が受験した私立高校の結果発表の翌朝に、そう話していた。僕は仲間の成功が嬉しかったが、それと同時にとても不安を感じた。試験を受けるタイミングが違うだけと知っていながらも、自分が置いて行かれたように思ってしまう。
「彩織が試験に合格したみたい。私達も彩織達に続けるように頑張らないとね」
その日の昼休み、遠藤さんはそう話していた。そうだよな。彼女の言葉で、僕もまた頑張れるような気がした。
いよいよ試験の日がやってきた。この試験は1回目の試験だが、これで合格するのが僕の目標だ。
「おはようもりさと君」
「おはよう」
試験会場の高校に入るときに、遠藤さんに会った。2月に入ったばかりなので、外にいるととても寒い。幸い、僕は体調を崩さずに済んだけど。
僕等は受付をして体育館に入ったが、体育館の中も寒かった。こんな時期に入学試験なんて過酷だと思ってしまう。そして、高校の先生の挨拶の後に、試験会場へ移動した。
最初に行われたのは作文だった。会場の教室は思っていたよりも暖かく、上着を脱いでも寒くはなかった。僕の中学校の中で情報科を受験するのは遠藤さんと僕だけなので、僕は彼女の後ろの席に座ることになった。実際に試験を受けるときは、そんなことは意識しないけど。
そして作文の時間が始まった。作文のテーマは、『得意なこと』だった。僕は、ピアノのことを書いていった。
今年の合唱コンクールで伴奏を担当し、最初はぎすぎすしていたパートがあったが、練習の中で自分の好きな曲を演奏ことをきっかけに、そのパートにまとまりが出て準優勝できたことを書いた。あれは、自分の特技を活かせた場面だったと思うから。作文を書きながら、ピアノを弾いてきて良かったと思えた。
「作文、終わったね」
昼休みのときに、遠藤さんにそう声を掛けられた。彼女は自分の椅子を後ろ向きにして、僕と向かい合うようにして弁当を食べた。
「もりさと君のお弁当、美味しそうだね」
何気なく弁当箱を開けると、彼女にそう言われた。
「そう?これ、父さんが作ってくれたんだ」
「お父さんが⁉︎いいなー。私のお父さんは、こんな美味しそうな弁当なんて作れないからさ」
父さんのことを羨ましいと言われるのは初めてだった。家に父さんしかいないとは言えなかったが、自分は恵まれているのだと気が付いた。
「遠藤さんは作文書けた?」
弁当をつつきながら、そんなことを聞いてみる。
「まあまあ書けたかな。もりさと君のアドバイスのおかげで最初の頃よりよく書けた」
彼女が嬉しそうにそう話す。僕は照れくさくなって、
「良かった」
と言いながら弁当を食べて、視線をそらしてしまった。本当、自分の不器用さが嫌になってしまう。
弁当を食べ終えてからも、僕等は試験の話をしていた。
「面接、緊張するな」
「そうだね。そうだ、面接は私の方が先だけど、もりさと君が終わるのを待っててもいい?」
彼女にそんなことを言われてどきっとした。
「一緒に帰るってこと?」
「うん」
彼女が恥ずかしそうに笑った。そのとき、彼女が面接に呼ばれた。
「じゃあ、いってらっしゃい」
「お先に」
いよいよ面接だ。面接のポイントを確認しないとと思ったが、すぐに僕も呼ばれた。
高校の先生に案内され、面接の会場である教室へ向かった。僕は、教室にいる先生からどうぞと声をかけられノックして入室した。大きな声で丁寧に挨拶をして、面接官に言われてから着席した。剣道のときみたいに、肩の力を抜いて、まっすぐと。
「志望動機を教えてください」
「就職率が高いという理由で商業高校を志望しました。また、ITの仕事をしている父の影響で、情報科を志望しました」
よし、うまく言えたぞ。
「情報科について知っていることを教えてください」
「パソコンを中心に学ぶ学科で、情報処理などの資格が取れます。就職だけでなく、進学の内定率も高くて、昨年度の卒業生は全員が内定していました」
自分が調べてきたことを最大限に引き出したくて、長々と話した。
「中学校生活で頑張ってきたことは何ですか?」
「部活動です。3年間剣道をしたことで、諦めずに練習することや、部員同士で協力することの大切さを身に付けました。僕はいい成績を残すような部員ではありませんでしたが、3年生になってから、後輩に剣道以外のことを相談されたときは嬉しかったです」
言葉はごちゃごちゃになったが、伝えたいことは言えた。落ち着け自分。
「自己アピールをしてください」
「僕は中学校の3年間で、一生懸命部活動や勉強を頑張りました。この経験を活かして、貴校に入学してからも、何事も真面目に打ちこむ気持ちでいます」
「最後に、1番大切なものを教えてください」
これが例の、本性を引き出す予想外の質問だろうか。
「もの、ではなく人になりますが、僕の父です。僕が幼い頃に離婚して、男手一つで僕を育ててくれている父には感謝しています」
「面接は以上です。ありがとうございました」
「ありがとうございました」
最後まで気を抜かず、丁寧に挨拶をして退出した。
「もりさと君、お疲れ様」
校舎を出ると、遠藤さんが待っていた。
「遠藤さんもお疲れ様。それから、寒い中待っててくれてありがとう」
「いいのいいの。私が待つって言い出したんだから」
面接の時間は10分程度だったが、彼女がひとりで待っていたと考えると心配だった。
「ねえ、温かい飲み物でも買わない?」
彼女にそう言われて、高校の近くにある自販機でホットココアを買った。外は寒かったが、体は温かくなった。そして、彼女の心の温かさも感じた。
「試験、疲れたね。合格発表までしばらくのんびりしていたいね」
駅へと歩きながら、彼女がそんなことを言った。
「そうだよね。家に帰ったら寝たいな」
「そういえば、寝ることが好きだって言っていたよね?」
「よく覚えてるね」
4月に話したことを、彼女が今でも覚えているとは思わなかった。
「合格できたらいいね」
試験の1週間後に結果発表があった。僕は結果が気になって、発表の前夜はなかなか眠れなかった。そして、朝になっても早く放課後になってほしいとそわそわした。
「結果が気になるよね」
そして放課後、教室で発表を待っているときに、遠藤さんがそう話していた。
「遠藤さん」
「はい」
結果発表は出席番号順のため、彼女は早く呼ばれた。合格していたらいいな。
「やったー、合格したよ」
廊下から戻ってきた彼女は、嬉しそうにそう言った。
「おめでとう」
「ありがとう」
僕は、彼女の合格が自分のことのように嬉しかった。しかし、出席番号は後ろから数えた方が早い僕の結果発表は遅い。
「森崎君」
「はい」
やっと呼ばれた。僕はドキドキしながら教室を出た。
「おめでとう。合格です」
「本当に?やったー!」
僕は確かに、合格の通知を受け取った。遠藤さんと同じ高校に入学できるんだ。そのことも含めて嬉しかった。
「遠藤さん、合格したよ!」
「おめでとう。4月から一緒の高校に入れるね」
2人で一緒に合格。僕が密かに抱いていた夢が今叶った。
「父さんお帰り。入試に合格したよ」
その日、仕事から帰ってきた父さんに報告をした。
「そうか、良かったな。また何かお祝いをしてやらないとな」
父さんにも喜ばれた。そして、
「よく頑張ったな。これで安心して卒業できるな」
とも言われた。
「うん」
「もりさと君、これ、受験の相談に乗ってくれたお礼に」
「ありがとう」
合格発表の後に、バレンタインデーがあった。なんと僕は、遠藤さんからチョコレートを貰った。これは、僕が生まれて初めて女性から貰ったチョコレートだった。
「もしかして、手作り?」
「うん、お菓子作りが好きだから」
告白のためのチョコレートでなくても、彼女からの手作りチョコレートは嬉しかった。
「僕こそ色々とありがとう。卒業式のときに、お返しを渡すね」
ホワイトデーのときはもう卒業しているから、卒業式のときにお返しをしよう。そのときに告白をしようか?
帰宅してから、遠藤さんから貰ったチョコレートを食べた。ラッピングのセンスが良かったから、それを残そうかと思った。彼女がくれたものでもあるから。
そして、チョコレートはとても美味しかった。彼女はどんな気持ちで作ってくれたのだろう。そう考えると、照れくさくなる。
僕はそのチョコレートをひとつひとつ丁寧に味わうように食べていった。卒業式のときに何を贈ろう。今からそんなことを考えてはわくわくしてしまう。
「二宮さん、ちょっと相談したいことがあるんだけど」
「佳穂のこと?何でも答えるよ」
その数日後の朝のホームルーム前の教室。遠藤さんがいないときを狙って二宮さんに声を掛けたら、とてもニヤニヤされた。
「佳穂に贈ったら喜ばれるもの?森崎君からだったら大抵喜ぶと思うけど?」
二宮さんに遠藤さんへのプレゼントのことを相談したら、あっさりとそう言われた。え、どうして?
「佳穂はスポーツが好きだからタオルとか。ちょっと高いものだとCDとか?あとは愛を贈っとけばいいでしょ」
「あ、もりさと君と彩織だ。おはよう」
そのとき、遠藤さんが教室にやってきたので、僕は気絶しそうになった。