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いちご  作者: リュウ
11/14

新年

「明けましておめでとうございます」

正月休みは父さんの実家で過ごすことが毎年恒例になっている。実家といっても、僕の家から歩いて行ける場所にあるのだが。

 「明けましておめでとう。久しぶりだね聡史君。はいお年玉」

「ありがとう」

実家に行ったら、叔母さんが先に実家に帰省していた。叔母さんは父さんより10歳年下の妹で、都会で1人暮らしをしている。

「叔父さんは?」

僕は叔母さんに聞いた。

「今年は奥さんの実家に行くって」

父さんには、4歳年下の弟もいる。この叔父さんは、僕が小学生のときに結婚して、5歳の子供がいる。

「明けましておめでとう。私達からもお年玉」

「毎年ありがとう」

祖父母からもお年玉を貰った。今年はお年玉をどう使おう?毎年、無駄遣いするのが申し訳なくて貯金してしまう。今年も欲しいものが特にないから、そうなる可能性が高い。

「聡史も受験勉強で大変だと思うけど、今日くらいはゆっくりしてね」

祖母はそう言って、料理を出してくれた。

「そうよ、正月休みくらいゆっくりしないと」

叔母さんも言う。

「お前は酒飲むために帰省してるようなもんだろ」

父さんが叔母さんにそう言った。叔母さんは、父さんよりも酒に強い。そして、食事でしっかりと日本酒が出てきた。当然僕は飲まないが、他の家族は食事と一緒に飲み始めた。

「日本酒って美味しいよな。下戸の俺はすぐに寝ちゃうけど」

父さんはそう言っていた。そして、2杯目を飲んだところで寝てしまった。

秀史しゅうじ兄ちゃんは本当に酒に弱いよね」

叔母さんはそう言いながら、まだまだ飲む。父さんは寝ているから、話しているのは祖父母と叔母さんだけ。僕は父さんと2人きりの生活が当たり前だから、こんな状況は珍しい。

「今頃、叔父さん達も家でのんびりしてるんだろうな。てっちゃん、元気にしてるかな」

てっちゃんとは、僕の従兄弟の哲史てつじ君のことである。

「そうね、奥さんの家にも顔を出しに行かないとって思うだろうから」

叔母さんも言う。

「てっちゃんにはお母さんがいていいな」

父さんに話せないことを、この場で呟いてしまった。今は叔父一家さんもいないから、問題ないだろう。

「お母さんに会いたいって思うのか?」

祖父に聞かれた。

「会いたいとは思わないけど、どこで何してるんだろうって思うことはある」

「秀史兄ちゃんは、20代で離婚しちゃったもんね。記憶にもないよね」

叔母さんの言う通り、僕は母親の記憶がない。母親の写真は1枚もないし、物心がついた頃には、父さんと2人きりで生活していた。だから僕は、両親が何年前に離婚したのかも知らない。

「兄ちゃんは離婚してから別れた奥さんとの思い出の品や写真を全部捨てたし、結婚指輪は売って生活費にしたからね」

酒のせいか、叔母さんは僕が知らなかったことまでべらべらと話した。父さんが母さんのものを捨てたのは想像ができたが、結婚指輪を売ったという話は初耳だった。父さん、ちゃっかりしてるな。

「秀史は本当に偉いと思う。私達に相談したら助けるのに、それもほとんどせずに男手ひとつで聡史を育ててるからね」

祖母もそう言う。僕も、父さんには感謝している。

「でも、てっちゃんと会うと、僕のことを兄ちゃんみたいに思っているのが可愛いって思うけど、お母さんと仲よさそうにしているのを見てると、複雑な気分になって…」

「まあ、会うことが少ないから、いいとこしか見えないしね」

叔母さんの言う通りではある。

 叔父さんは、父さんが離婚した後に結婚した。父さんのこともあるから躊躇いもあったらしいけど。

 小学生だった僕も、叔父さんの結婚式に参加した。そのときは何とも思っていなかったが、てっちゃんが生まれてからは、複雑な気持ちを抱くようになった。

 でも、そんなことは父さんに対して申し訳なくてとても言えない。だから、従兄弟に会った後は、この気持ちをどこにぶつければいいのかわからずに、独りで泣いてきた。

 どうして僕の母親は、僕から離れてしまったのだろう。僕にとっては、いない方がましな母親だったのだろうか。消息が不明なら、死別の方がましだとすら思った。それなら諦めもつくし、捨てられたという意識も持たずに済むから。そんなことを考えていたら、涙が流れてきた。

「聡史は色々と辛い思いをしてきたんだね」

祖母が僕の背中を撫でる。

「私、30になっても独身だし、聡史君の母親代わりにはなれないと思うけど、困ったことがあったら相談してよ。私の携帯の番号、知ってるでしょ?」

叔母さんにそう言われて頷いた。そうだ、僕の家族は父さんだけではない。そんな当たり前のことに、今更気付いた。

「聡史君は母親ってものは知らないけど、お父さんに大事にされてるから大丈夫よ。秀史兄ちゃんは昔から面倒見が良かったもの。下手な母親よりもずっとか優しいって」

叔母さんはそう言うと寝てしまった。下手な母親って、僕の母親のことだろうか。

 確かに僕は、母親というものを知らない。けど、父さんは母親の役割も果たしてくれているとは思う。そんな父さんと一緒にいるのだから、僕は決して不幸ではない。


 冬休みが終わると、いよいよ高校入試の直前になる。私立高校の受験は1月にある。公立高校を受験する僕等も、放課後に面接練習があった。

 教室で、富田先生とキヨンセちゃんに面接官役をしてもらった。しかし、担任と副担任相手なのに、僕はとても緊張してしまい、上手く話せなかった。僕は、ごんなのじゃダメだと落ち込んだ。

「緊張するのは頑張っているからだから悪いことじゃないけど、思うことをはっきりと話せたらいいね」

面接練習の後、キヨンセちゃんにそう言われた。

「こんなんじゃだけですよね」

僕はまだ落ち込んでいた。

「大丈夫。慣れたらちゃんと話せるよ」

富田先生にもそう言われた。

「森崎君の誠実さは伝わったから大丈夫だよ」

僕は、キヨンセちゃんのその一言でほっとした。

 「もりさと君、面接練習の調子はどう?」

その翌朝、遠藤さんにそう聞かれた。

「緊張して、思うように話せなかった」

「私も。面接って緊張するよね」

「遠藤さんも緊張するの⁉︎」

彼女は明るくはきはき話す印象があったから、少し意外だった。

「そりゃ緊張するよ。逆に緊張しない人っている?」

そうか。緊張するのは自分だけではなかったのか。

「あと私は、進路の手引きに面接で聞かれそうな質問が載っていたことを忘れて、答える準備ができなかった」

「そういえば、そんなのがあったな」

僕は、面接の手引きの存在自体忘れていた。答えを考えておけば、落ち着いて面接できるだろう。

「まあ、予想外の質問は必ず出てくるらしいけど。それで本性を引き出そうとするみたい」

彼女はそう言っていた。彼女はぼろがないから問題ないと思うけど。

「せっかく高校のことを調べたんだから、どこまで知ってるかアピールしたいよね。あと、中学校で何を頑張ってきたかも」

僕もそう言った。

「そうだよね。これまで頑張ってきたことを知ってほしいもんね」

受験のおかげで、自然と彼女と話せるようになった。いや、本当は二宮彩織のおかげだろうか?

「そういえば、もうすぐ彩織の私立高校の受験だったな。頑張ってきてほしいな」

彼女がそんな話をしていた。そういえば、諒一も私立高校を受験するって言っていたな。二宮さんの志望校とは違う学校だけど。受験する学校は違っても、大変なのはみんな同じ。二宮さんも諒一も、合格できたらいいな。

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