プロローグ〜桜の木の下で〜
中学3年生になった春。僕は学校の玄関に貼り出されている新しいクラスを見て、何だかわくわくした。
「最後の最後にやっと来た!」と大声で騒いでしまいそうな勢いだったが、恥ずかしくてそれはできなかった。
「今年は聡史と違うクラスか。寂しいな」
一緒にクラスの一覧を見ていた景太がそう言う。
「そうだね。でも隣のクラスだから、体育の授業では一緒になるよ」
「本当だ。それから良かったな。遠藤さんと一緒のクラスになれて」
「!!!何でそんなこと⁉︎」
好きな人の話なんて、誰にもしたことがなかったのに、景太にそんなことを言われて僕は動揺した。本人が近くにいたらどうしようと、思わず周りを見てしまった。
「だってお前、ずっと遠藤さんを見てたから」
確かに、僕は今まで遠いクラスにいた彼女のことを目で追っていた。それが友達にばれていたなんて、何だか恥ずかしい。
思い出す、2年前の入学式。遠藤 佳穂という女の子を初めて見たのは、この桜の木の下だった。僕は言葉ではいまく表現できないが、魅力的な彼女に惹かれていた。
しかし残念ながら、僕は彼女と同じクラスになれなかった。最初のクラスなんて、端同士だったので、顔を見ることも少なかったくらいだ。それでも僕は、彼女を探した。
そして、彼女の名前を知り、部活を知り、遠くからでも色々な表情を見たが、まだ彼女は僕のことを知らないだろう。僕は彼女を見るたびに、彼女への思いが強くなっているのだが…。
新しい教室に入ると、そこにはすでに彼女がいた。本当に、彼女と同じクラスになれたのだと思うと、やっぱり嬉しかった。
こうして近くで見ると、さらに彼女に惹かれていった。
「新しいクラス、どうなるだろうね」
なんて友達と話している彼女はとても可愛い。
そして気付いた。僕は初めて彼女の声を聞いたということに。本当は、ただ彼女を見ていただけで、声や内面なんて、何も知らなかったのだ。これから彼女のことを詳しく知ることができるのが楽しみだ。
そして3年生になって最初の授業で、自己紹介として名前と部活と趣味を話すことになった。
「遠藤佳穂です。バスケ部に所属しています。好きなことは走ることです。1年間よろしくお願いします」
彼女はそう自己紹介していた。僕はその話を、夢中で聞いた。そして、この自己紹介をきっかけに、僕のことも覚えてもらおう。
「森崎聡史です。剣道部に所属しています。好きなことは、寝ることです」
僕がそう話すと、彼女がくすっと笑った。僕はそれが嬉しくて、つられて笑った。
これから1年間、受験という現実に立ち向かう必要がある。それから目を逸らしてはいけないが、これから中学生活最後になる学校行事が楽しみだ。
遠足、修学旅行、体育祭などを、彼女と一緒に楽しめると思うと、本当に嬉しい。そして、中学生活のいい思い出を作ろう。
その中で、彼女に思いを伝えることができるだろうか。もし彼女と付き合えたら、一緒に受験に立ち向かいたい。第一志望校に合格して、彼女と笑って卒業したい。たとえ彼女と入学する高校が違ったとしても。
そのときに、また行こう。彼女に出会った、あの桜の木の下に。