鬼踊 -ヒト-5
縁石の上を歩きながら行き先を考える。せっかくこっちの方にきたんだからどこかで遊んでいきたい。映画ってなんかやってたっけ。あ、そういえば大ヒット中のアニメ映画があるとか朝のニュースでやってたなぁ。でも上映中に警報が鳴ったら不味いか。次の公休はいつだっけ。
服でも見に行こうかな。一応気に入った服の買い溜めはしてるんだけど、一回の戦闘で一着駄目になるわけだから、ちょっと気を抜くと服を買いにいく服がない状態になってしまう。まぁそんな時のためのネット通販だけど。
十分ほど歩いてデパートに入る。休みの日はうざいくらいに人で混むけど、今日みたいな平日は寂しいくらい閑散としている。
映画とか人が少なくていいだろうなぁ、行きたいなぁ。無理となると余計に行きたくなる。
あ、そうだ。私以外に観客がいないようならもし警報が鳴っても問題ないんじゃ?
エスカレーターに乗りながらそんなことを考えると警報が鳴り響いた。発信源は私のポケット。噂をすればなんとやらってやつかな。
スマホをポケットから取り出して警報を止めるとカフカの出現を伝える声が再生される。
その声を聞いていると、下りのエスカレーターに乗った女の人がすれ違い様に「カフカですか?」と不安げに訊いてきた。
「そうだけど、ここら辺じゃないよ。市立病院だって」
「そうですか」
女の人は安堵の表情を浮かべてから小さく頭を下げた。
市立病院。
小型カフカ一体。
任命されたのは戸舘班。
ちぇっ。私じゃないのか。
現場はここから少し距離がある。今から全力で走っていったとしても、一人で戦えるだけの時間はないだろう。多分私が現場に着く頃にはもう戸舘班が戦ってる。あるいは同着かな。どっちにしろ戦闘は出来ない。
なら行く意味ないよね。元が小型一体なら、仮にカフカが増えたとしても苦戦しないだろうから増援として呼ばれることもない筈。うん。今は服だ。あ、その前に映画の予定だけでも見ておこうかな。
セレクトショップやブティックがある二階を通りすぎて、劇場のある三階へ。
映画館までの道程で家電製品が目に止まった。全自動洗濯機に食器洗浄機。自分で家事をしないから考えたこともなかったけど、こういうのがあるとアキさんの仕事も楽になるのかもしれない。ていうか中に入れるだけでいいなら自分で出来る……かな? いや、それすらめんどくさくて結局やらないような気がする。それなりのお値段だけど、まぁ普通に買える程度。ちょっと考えておこう。今は映画。それから服。
劇場前はフードコートになっていて、全世界で展開している有名ジャンクフード店とか、アイス屋とか、うどん屋とか、ドーナツ屋とかが並んでいる。ところ狭しと並べられたテーブルと椅子のわりに人はまばらで、店員の方が多いくらいだった。
劇場の受け付け横に掲示されているポスターを眺める。大ヒット中のアニメ映画はいくら平日の昼間でも人がいるだろうし、まず除外。
残った中で面白そうなのは、もう公開終了間近の特撮映画か、少女漫画原作の部活モノか。当然他にも何作かあるけど、子供向けのアニメだったり、明らかに暗くてちょっとエッチっぽい雰囲気(ポスターは着物を少しはだけさせた女の人)だったり、最後は主人公が死ぬことが何となく分かる闘病映画だったり。
大多数の人間は、弱い人が頑張って生きている姿が好きだ。この映画みたいに。
スクリーンを見ながら『頑張れ』『頑張れ』って応援して、主人公が何かを成し遂げたら嬉し涙を流して、辛かったり悲しい出来事が起こったら悔し涙を流して、最後に死んじゃったらまた涙を流す。
そして劇場のライトが点いたら、隣に座っている友達や恋人と泣き顔を見せ合って笑う。
『良い作品だったね』って言って、劇場を後にする。
次の日には、難病の名前すら覚えていない。
覚えているのは、主人公が可哀想だったっていうこと。自分がすごく泣いたということ。それだけ。
バカばっかり。本当に全部フィクションなんてこと、どんな話にだって有りはしないのに。
そういう人達は、結局現実が見えていない。同じ病気にかかっている人のことも、リハビリをしている人のことも、そういう人達を支えている人達のことも、何も知ろうとしない。
そして、私もそんなバカの一人だ。
それに気付いたのは一年くらい前。
カフカに襲われて、左足とお母さんを失った時。
あぁ、もう。なんでこんなこと思い出すんだろう。今日はせっかく良い気分だったのに。
踵を返す。映画って気分じゃなくなった。服もいいや。
それよりコタロウに会いたい。
クリスマス前に会ったとき、これからリハビリが始まるって言っていた。親が共働きで毎日病院に行くことは出来ないから、基本的に自主トレになるって。それを手伝うって約束をした。
あれ?
コタロウが通ってる病院ってどこなんだろう。
市立病院?
まさか。
今日は平日だ。きっとコタロウの親だって働きに出てる。
帰って確かめよう。それでハッキリする。
でも、家に誰もいなかったら?
そんな偶然あるわけない、なんて。
じゃあ、全部運命なのかって。
それなら、偶然の方が救いがある。夢がある。
気付けば走っていた。エスカレーターを駆け上り屋上駐車場に出る。市立病院はここから南南西の場所にある。落下防止用の高い塀をひとっ跳びで越えて、宙に足場を形成する。
そのまま上空を駆けているとポケットの中でスマホが震えた。どうせGPSで私の動きに気付いた隊長からだろう。当然シカトする。止めたきゃ任務完了の報告を聞かせろっての。
着信はすぐに止んだ。意外と諦めが早かったな、なんて考えた瞬間、先程聞いたばかりの警報が鳴り響いた。駆けながらポケットに手を入れて警報を止める。
『一般市民から、蛍山市立病院に別のカフカが出現したとの情報。四足歩行タイプ。おそらく大型に分類されるとのこと。井戸上班はただちに現場へ応援ーーーー』
なんで私の班じゃないんだよ。今からなら私の方が確実に早く着くのに。
いや、それよりも大型。
コタロウとの会話が甦る。
ーー戸舞流華は、状況によるけど中型くらいならなんとか一人で倒せると思うって言ってたよ。
ーーじゃあ一人で大型を倒せたら私の方が強いってことだね。
大型を一人で倒せたら。
私が最強だ。
笑みが浮かぶ。
蹴り足に力が入った。
少し高く跳び上がってしまい、丈の長いカーディガンとマフラーがふわりと舞った。
楽しくなると無駄な力が入ってしまう。
私の悪い癖。
だけど。
そうじゃなきゃ、鬼踊じゃない。