鬼踊 ーヒトー2
『さて、十分になったね。とりあえずこの五人で始めるとしよう。じゃあ報告書を見て』
そうして葛城咲也子は任務時の状況を説明し始めた。
小腹が空いたな、と思ってキッチンへ。スマホをカウンターに置いてから棚を覗き込んだ。カップラーメンが二つ。カレーと塩。気分的には醤油だったけど、仕方ないから塩を手に取った。夜までにカレーの気分になればいいけど。
ヤカンに水を入れて電気コンロのスイッチを入れる。もちろんフルパワーに設定。
カップラーメンの蓋を開けてかやくと粉末スープを入れながら、スマホから聞こえる声に耳を傾けた。断片的に聞こえていた情報は、カフカが中型にしては強力な個体だったこと、物部しずかに疲労が溜まっていたことくらい。流し台から身を乗り出して画面を覗き込むと、物部しずかがここ一ヶ月でこなした任務がずらっと並べられていた。
視界の隅でヤカンが湯気を立てた。コンロのスイッチを止めて、口を開けて待っているカップ麺に注ぎ込む。蓋を閉めて、箸をとって、カップを両手で持ってリビングに移動。ラーメンの置場もないテーブル。足でスペースを作ってラーメンを置いてから、もう一度キッチンに戻ってスマホを持ってきた。
葛城咲也子は、物部しずかが死んだ原因は連日の戦闘による疲労が原因だと考えているらしい。明らかに腐化、硬化、再生速度が低下していたとかなんとか。
雨森さんは『それも原因のひとつではあるだろうが』と前置きして、カフカが出現した時と場所をあげた。
朝の通勤時間のコンビニ。しかも周囲には住宅もある。更なるカフカの出現や一般人の避難に備えてもう一班を派遣するべきだったと述べた。物部しずかさんは逃げ遅れてカフカに捕まっていた多数の一般人を逃がす際にかなり体力を削られたらしいから。
襲われてる人なんてほっとけばいいのに。私ならカフカ討伐を優先する。カフカを瞬殺できる力さえあれば一般人も物部しずかさんも死なずに済んだんだから、原因は本人や班員の『弱さ』なんじゃないかな。まぁこんなこと言ってもどうしようもないだろうけど。
それから五人はそれぞれ意見を口にしたけど、結局、多忙と人手不足が最も大きな要因ではないかという流れになった。その改善案として、籠田希恵から、多忙な時期だけ訓練生の優秀者数人を応援というかたちで現場に派遣するという提案が出たけど、それはきっと難しい。もしそうなったとして、優秀者のみというのは不公平になる。わざと力を抜く徒花も出て来てしまうだろう。まぁ今もいるけど。
そして何より、訓練校というのは、一部徒花の避難所でもある。
徒花部隊の更に上にある組織に多額の寄付をしている人達の親族。彼女達は、いくら成績が優秀でも、何年訓練校にいても、入隊になることは決してない。他の訓練生の目を誤魔化すように、ときたま所属校を移るだけ。
応援に行くのは優秀者のみ、ということが不可能である以上、平等に全員が出撃するような方法を取らざるを得ないだろう。班で順番に、とか。でも、そんなことは絶対に寄付者の金持ち糞野郎が許さない。
じゃあ正式な隊員の数を増やすかというと、それも難しい。徒花は命を懸ける職務だからかなり給料が良い。人や地域によって多少の差はあるらしいけど、どんなに駄目な新人吸花でも年収が八桁を下回ることは絶対にない。
ちなみに訓練生の給料は思い切り下がる。私は一ヶ月訓練校にいたけど、その時にもらったのはたったの十五万円だった。他の人がどうなのかまでは知らないけど、一年でも百八十万円。二百万にすら届かない。家賃とか光熱費、食費を考える必要がないのだから生活には困らないだろうけど。
そんなわけもあって、これ以上隊員を増やすことなど上の人は考えていないだろう。人件費が一番ネックっていうのは大体どこの会社でも同じだ。
談論場でも、訓練生を使うのは難しいという意見が多数のようだった。
『じゃあ隊員と訓練生の間を作るっていうのはどーでしょー』
籠田希恵の更なる提案。隊員と訓練生の間?
『準隊員的なものか?』
雨森さんの問い。
『そんな感じー。カフカと戦うんじゃなくて、人を逃がしたりとか、そういうことをする人』
『なるほど。良い案だ、が、それも難しいだろう』
『お給料は普通の隊員より低めにするよ? えっと、五百万円くらいでいいでしょーか』
『いや、そういう問題じゃ……いや、それも問題になるだろうな。今のような多忙な時期以外、そういった準隊員は必要なくなることを考えると許可が降りるとは思えない』
『その間だけ訓練生とか』
『出来ると思うか?』
『ですよねー』
それなら歩合制にしたらどうだろう。そんなことをふと思い付いた。予め訓練生の中から志願者を募っておいて、必要に応じて応援を依頼する。こなした応援分、給料に一定額上乗せ。お金が欲しいけど実力がなくて隊員になれない訓練生も多分いるだろうし、避難誘導くらいなら吸花にだって出来る。
言ってみようか、と『参加する』の文字を眺める。
ピコン。
『三鴨麻留が参加しました』
『あー、マルちゃん来たー! あ、忘れてた』ピコン。
『遅かったね、マル』
『ごめんごめん。なんか雑木林で怪しい影を見たとか通報があって、パトロールに駆り出されてたってわけ』
『なんだ、珍しくまともな理由だな』
『その後ゲーセンによってたらあら不思議、こんな時間』
『不思議でもなんでもないな』
『あはは。まぁ帰りのタクシーの中で話だけは聞いてたよ。大変な時だけ助けてくれる人が欲しいってことでしょ?』
『まぁ、そうだな』
『それならご褒美をあげるしかないでしょ!』
『ご褒美。歩合ということか?』
『ブアイ? よく分からないけど、スロットで目押しが出来なくて困ってる時に隣の人がやってくれたらお礼にジュースあげたりするでしょ? あれと一緒』
『スロット打ってたのか……』
『げ、ゲーセンだよ?』
『当たり前だ』雨森さんは大きな溜め息を吐いた後に『だがそれは一考の余地がありそうだ』と言った。
『イッコー? ってなんだか分かる? 希恵ちゃん』
『考えるってことですよー、多分』
『高校生が小学生にものを教わるなよ……』
『いやぁ、子供には色んなことを教えられてばかりですわ』
『駄目な意味でな』
そこから談論は盛り上がっていった。歩合制を実現するにあたってのメリット、デメリット。その際に支払われる給料額など。
あ、やば。カップ麺忘れてた。
蓋を開ける。見るからに麺が伸びている。
最悪だ。
一口啜ってみる。
不味い。
美味しくない。
面白くない。
六人の声を発するスマホをカップ麺の中に突っ込んだ。飛沫が頬に付く。
そのまま容器を持ってキッチンへ。スープに浸かってもなお、スマホは声を発し続けている。流し台にある三角コーナーに容器ごと投げ入れた。
リビングに戻ってソファに頭からダイブ。クッションに顔を埋める。内容までは聞き取れないけどキッチンからはスマホの音がまだ聞こえてくる。特注ということもあって市販のものよりずっと頑丈だけど、それでも徒花の力で叩いたり、塩分やらなんやらでベッタベタな上に高温のラーメンスープに浸したりすればまず間違いなく壊れる。
目を閉じる。さっきまで全然眠くなかったのに、不思議と眠れそうだった。