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鬼踊 -ヒト-1


 私が住んでいる賃貸マンションは公園から徒歩二十分の場所にある。

 さっきコタロウとの話題に出てきた全能と万能、それから二人と組んでる『使い捨て』は三人揃って同じマンションに住んでいるらしいけど私は別。同じ班の二人は支部の寮住まいだ。ここに住んでいる徒花は私一人だけ。

 階段を上がって三階へ。三〇七号室が私の部屋だ。鍵を開けて中に入る。

 一本道の廊下。左右にはいくつか扉があって、それぞれ洋間だったりトイレだったり浴室だったりに繋がっている。正面の扉の向こうにはキッチンと約十二帖のリビングダイニング。家賃は十万円。和室とか洋間は全然使ってない。洋間にはベッドが置いてあるんだけど、結局いつもソファで寝ちゃうし。

 時刻は三時半。おやつでも食べようかな。何かあったっけ。

 そんなことを考えながら廊下を進みドアを開けてリビングに足を踏み入れる。

 何かを踏んだ。Tシャツだ。室内にはその他の衣類だけじゃなくて漫画なんかもそこら中に散らかっているし、お菓子やパンの袋なんかもある。それを見て、買い溜めていたお菓子は昨晩全て食べてしまったことを思い出した。テーブルの上にはカップ麺やコンビニ弁当の空ケース。キッチンの流し台には空っぽのペットボトルや紙パック、コップ、皿がところ狭しと溜まっている。

 なんとまぁ汚い部屋だ。

 家政婦さんが来るのは明日。一週間分のゴミや洗濯物、洗い物だ。まぁしょうがないでしょ。

 置いてあった服を床に投げ捨ててからソファーに座る。正面の壁には六十インチのテレビ。リモコンは見当たらないからスマホのアプリでスイッチを入れた。

 あ、スマホと言えば。

 辺りを見回す。仕事用のスマホどこに置いたっけ。やっぱり見当たらないから、私用のスマホから電話を掛けてみる。すぐに聞こえてきたバイブの音で衣類の下から発掘。

 十六歳の少年が複数の少年に殺されたという事件の報道をBGMにしながら着信などを確認する。誰からも連絡なし。よかった。適当な言い訳を考えなくて済む。

 そのまま仕事用のスマホを操作して『Adabana』というアプリを選択。表示された無機質なログイン画面に隊員番号とパスワードを入力する。

『Adabana』は半年前に立ち上げられた徒花部隊専用SNSだ。国内にある全ての支部と繋がっていて、カフカ出現、隊員の入退、殉職などの情報共有がメインになっている。他にも徒花同士の交流はもちろん、各支部の責任者(蛍山支部うちなら隊長)が許可してアップしたものならば報告書を読むことも出来る。

 最新ニュース欄にはどこそこの徒花がローカル局のテレビ番組に出演するとかなんとか書いてあった。名前の隣についている異名に見覚えはないけど、地元じゃあ有名な徒花なんだろうか。

 アプリ内で国内地図を開き、そこから扇野支部のページに移動する。新しい報告書がアップされていた。タッチして詳細を見る。

 時間は昨日の夕方。出現場所は扇野第二中学校。近所にいた戸舞班が現場へ急行してカフカの相手をしたらしい。カフカは中型の二足歩行タイプ。戦闘員二人によって討伐は素早く終了。死者は二名、重傷者一名、軽傷者五名。軽傷者っていうのは多分逃げるときに転んだとかそんなところだろう。それはいつものことで、全然珍しくはない。逆に重傷者っていうのはちょっと珍しい。カフカに襲われれば、大抵は死ぬから。それが助かったということは、ギリギリのところで戸舞班が到着したのだろう。写真は添付されていない。まぁまだ任務から一日しか立ってないし、あとから色々と情報や資料が付け足される可能性もある。

 ゾクゾクと震える。

 いいなぁ。私も戦いたい。こういうの見るのは好きなんだけど、身体が疼いてしまうのが厄介だ。今みたいなお預け状態だと特に酷い。

 左手で右腕を擦っていると、スマホの画面上部に『メッセージが届きました』と表示された。それをタッチして、マイページのメッセージ欄へ移動。雨森さんからのメッセージが吹き出し内に表示されている。


  雨森美海みなみ『大人しくしてるか?』

  空木結羽『何か用?』

  雨森美海『昨日、松雲まつぐも支部の徒花が一人殉職したというのは知ってるか?』

  空木結羽『知らない。戦闘員? 吸花?』

  雨森美海『戦闘員、戦花だ。彼女が組んでいた班長の葛城かつらぎとは昔からの知り合いでな。報告書をアップするからそれを見ながら問題点があれば挙げてほしいと頼んできた』

  雨森美海『言ってしまえば反省会のようなものだ。松雲支部内外の者、計六名が参加することになっている。場所は葛城のマイページだ。参加は自由だから、もし暇ならお前も来てみればいい。見学するだけでも参考になることはあると思う』

  雨森美海『開始時間は十分後の午後四時だ』

  空木結羽『りょーかい。行けたら行くね』


 マイページを閉じて任務報告ページに戻る。更に前のページに戻って報告書一覧を見たけど、雨森さんが言っていたらしきものは見当たらなかった。午後四時にあげることになってるのかもしれない。

 トップページを開いて、隊員の殉職情報を見る。こちらには既にそれらしき情報が載っていた。

『松雲支部 物部ものべしずか(二四)』

 多分これだ。名前をタッチしてプロフィールページにとぶ。訓練校への入校が二年前で、入隊が半年前。半年も部隊にいて異名もないどころか名前も知られていないような人だから実力は中の上、いや、中の中以下なのだろう。まぁ見た目からして戦闘員には向いていない感じはある。才能や実力っていうのは滲み出るものだから。いっつもニコニコしていて無害をアピールしている戸舞流華だってそれは同じだ。

 任務履歴を見ると、ここ一ヶ月は殆ど一日置きで出撃していた。こっちの方は十二月に入って少し忙しくなってきたかなってところだけど、松雲は多忙が続いているらしい。でもその割に他に殉職者がいないところを見ると、何気に優秀な徒花が揃った支部なのかもしれない。でも松雲支部に有名な徒花っていたっけ。パッとは浮かばない。スターはいないけど、そこそこの実力を持ってる人達が集まった支部なのかな。

 画面右上に表示されている時刻を見ると、四時を二分過ぎていた。松雲支部の隊員一覧に移動して、葛城咲也子さやこの名前をクリックする。

 マイページ内にあった『談論会場』という文字をタッチすると報告書が映し出された。右上には『談論に参加する』の文字。タッチする気はない。参加者一覧も表示されている。今のところ四人。私が知ってる名前は、主催者の葛城咲也子と雨森さんくらいだった。

 ピコンという音が鳴って『三星みつほしたまきさんが参加しました』というメッセージが表示された。この人の名前には見覚えがある。『女王』と組んでた人がそんな感じの名前だったけど、同一人物だろうか。

『もう始まってますか?』という平坦な声。

『いや、まだ』参加者一覧にある葛城咲也子の名前の横に挙手のマークが付く。発言しますよ、ということなのだろう。『後は三鴨みかも待ち。まぁあの子が遅れるのはいつものことだし、とりあえず十分までは待つつもり』

『ん。了解』

『ところで最近そっちはどう? 忙しい?』

『出現数自体はそれほど。でも有名な人はイメージ回復で忙しそうです』

『あー、そういえば昼間の番組にも出てたね、流華莉乃コンビ』

『そっちはカフカで忙しいみたいですね』

『まーね。毎年のことっていえばそうだけど、この三年間じゃあ一番忙しいんじゃないかな。プロウダやら神眼教やら厄介なことが重なっちゃったし』

 ピコン、と雨森さんの名前にマークが付く。

『松雲ではどうなんだ? 神眼教の動きは』

『こっちはそれほど活発化してないよ。デモとかの数は増えた気がするけど。どっちかというと有名な徒花が多いところの方が危ないんじゃない? そっちとか大丈夫なの? ほら、信者に目をつけられちゃいそうな子が入ったでしょ? 鬼踊の子』

『空木のことか。さっき談論に誘ったんだが来てないみたいだな』

『えー。そなの? 私話してみたかったー。あ、忘れてた』ピコン、とマークが付く。名前は籠田かごた希恵きえ。知らない名前の一つ。声はかなり若い、むしろ幼く感じた。中学生? 小学生かも。

『なんだ、希恵は空木のファンか』

『キョーシンしてまーす』

『狂信……。まぁそれは勝手だが、同じようなことをしようなんて考えるなよ』

『私には無理ですよー。遠い目標の一人です』

『目標にもしてほしくはないんだけどな』

『だってカッコよくないですか? たった一人で強大な敵と戦うなんて! まさにヒーローじゃないですか!』

『空木がもし聞いてたら喜ぶよ』

 喜んでないし。

 だって、私が憧れているのはヒーローじゃなくて鬼だ。世界をも壊す、破壊の鬼。


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