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鬼踊 -ピエロ-2



 翌日の夕方には十日間の謹慎処分を伝える電話がかかってきた。

『明日から十日間、マンションを出ちゃ駄目だからね! 欲しいものとかあったらネットで注文してね! 絶対に出ちゃ駄目だからね!』という言葉を思い出しながら青い空を見上げる。

 平日の昼間。駅のそばにある公園。いつものベンチ。

 いやぁ、あれだけ出るな出るなと言われると出たくなるのが人というものだ。それでも処分期間が延長になると面倒だから我慢してたんだけど、結局一週間が限界だった。まぁ謹慎のことを知ってるのは徒花とか支部の人達くらいだから一般人に見られる分には全然構わない。SNSとかに『鬼踊はっけーん』なんて盗撮写真つきで投稿されない限りは。

 ベンチには何か鋭利なもので卑猥な言葉が小さく彫られていた。多分一週間前まではなかったと思う。夜中にたむろしてる不良グループの仕業かな。人差し指の爪でカリカリと弄る。掌で撫でてみる。すべすべのベンチ。掌で感じる鋭い引っ掛かり。なんとなく癖になる。五分くらいで飽きたけど。

 スマホ(私物)でお昼のニュースを見てみると、プロウダのことが話題にあがっていた。

 プロウダ国。よく知らないけど、一年前に起こったクーデターによって徒花が支配するようになった国。目指すのは徒花とカフカの共生。一般国民を積極的に追い出すようなことはしなかったけど、カフカとの共生を掲げた時点で人が平和に暮らせる場所ではなく、数百万人の難民により隣接国はどこもパンク状態だったらしい。受け入れ先を募り、今は多少改善されたけど、就職難や治安の悪化など、まだまだ問題は山積み。そしてそんななか、二ヶ月くらい前に新たな問題が浮上した。

 プロウダ国の首相とされる二人ーー正確には一人と一体ーーがネットに動画を投稿。そこで語られたのは、今まで全世界の徒花が何とか隠し続けていたことだった。

 プロウダ国では徒花が力で従えていると報道されていたカフカとの関係、本来はとても穏やかで優しい心を持った生物であること、寿命寸前に起きる変化、一部の徒花が持つ特殊な能力など。各国はすぐさま火消しに走ったけど、時既に遅し。ネット上にはその全てが真実である可能性が限りなく高いと思われる証拠が過去の事例から挙げられ、マスコミに圧力をかけても逆効果でしかない状態となっていた。

 そして国はそれを事実だと認めて、お偉いさん数人の首がすげ替わることになったけど、騒ぎはむしろそこからが本番だった。

 大義名分を得たことで、神眼教の活動が全世界で激化。国によっては徒花の基地を狙ったテロ行為が起こるまでになっている。

 事なかれ主義な国民性のこの国ではそこまでのことはないけど、任務の妨害や、徒花を狙った傷害事件などがちらほら起こるようになった。まぁ徒花相手だから傷害や暴行で済んでるだけで、普通の人なら死ぬようなこともされてるわけだけど。刃物で胸、あるいは背中を刺されたけど、核に触れるギリギリで避けたとか、硬化で防いだとか、そういう事件は殺人未遂でいいんじゃないかとも思うし、ニュースなどでも度々話題になっている。

 でも、逆をいえば、プロウダ国のカミングアウトに大きく反応したのは神眼教くらいだ。一般人はその内容よりも今までひた隠しにしていたことを非難しただけで、カフカに対する従来の扱いを変えるべきという意見は殆ど出なかった。まぁ当然か。カフカは人を見ると本能的に襲う。そこが変わらない限り、一般人にとっては恐ろしい化け物でしかないのだから。

 カツン、カツン。

 聞き覚えのある音に思考は止まり、顔を上げた。

 公園に入ってくるコタロウの姿を確認してから少し横にずれてベンチのスペースを空けた。

「全然来なかった」

 コタロウは隣に座ると開口一番そう言った。

「色々あったの」

「怪我したのかと思った。初めて会った日、カフカと戦ったんでしょ?」

「まぁね。でも徒花は怪我しないよ。疲労的な感覚はあるけど。それに、あの程度のカフカなら楽勝だよ。中型にしては弱い部類だったし」

「ふぅん、結羽って本当に強いんだ」

「疑ってたの?」

「だって、見た目そんな感じじゃないし」

「か弱い感じ?」

「見た目はね。眼も赤くないし」

「カラコンしてるからね」

「徒花として見られるのは嫌?」

「ううん。全然平気」

 神眼教の動きが激化したことを理由に装用命令がでただけだ。もっともそれでもコタロウみたいに気付く人は多いからあまり意味はないのかもしれない。

「もしかしてあれから毎日来てた?」

 コタロウは首を横に振ってから、線路を挟んだ向こうにある家を指差した。

「僕んち。ちょうど僕の部屋からここが見えるから」

「なるほどね」

 今日はちゃんと親に言ってきたのだろうか。まぁ私からすればどうでもいいけど。

「さっきテレビ見てたんだけど、戸舞流華と紋水寺莉乃が出てたよ」

「へぇ。私が見た時はプロウダのニュースだったけど」

「僕が見てたのは『オヒルデス』だからね」情報バラエティ番組だ。たまに見るけど、ファッションチェックかグルメリポートをしているイメージしかない。

「ゲストか何かで?」

「うん」

「なんか謝ってた?」

「うん」とコタロウは頷く。「今まで隠してて申し訳ありませんでした、って」

 やっぱり。人格的に問題がなく人気の高い徒花は、近頃色んな番組に出演しては一般人へ謝罪を行っている。秘匿としていたことの『殆ど』が現場の一存ではなく、上の更に上、徒花が関与しない地位の人間が決めたことであるということは知れ渡っていて、騒動の規模を考えれば徒花部隊に向けられた批判はもともと僅かなもの。そして、この謝罪ラッシュ。ネット上では『狙いすぎ』という声もあるけど、多くの一般人はこれを好意的に受け止めていた。

 人は、自分より立場の弱い人が頭を下げている姿が好きだから。自らが立場以外で劣っていれば劣っているほど。

「戸舞流華と紋水寺莉乃はどっちが強いのかって訊かれてたよ」

「へー。それはちょっと興味あるかも」

「結羽はどっちだと思う?」

「微妙。何度か戦ってる映像みたけど、二人とも全力出してる感じなかったし。答えは?」

「さぁ? 戸舞流華は『紋水寺莉乃』って言って、紋水寺莉乃は『戸舞流華』って言ってた」

「うへぇ」

 中学の頃にクラスメイトがやっていた『可愛い』の押し付け合いを思い浮かべた。今回の場合は質問からして可愛くないけど。

 私のそんな反応が面白かったらしく、コタロウは「あはは」と笑った。

「結羽は? あの二人より強い?」

「さぁ。徒花同士が戦うなんてことないからね」

「戸舞流華は、状況によるけど中型くらいならなんとか一人で倒せると思うって言ってたよ」

「じゃあ一人で大型を倒せたら私の方が強いってことだね。ていうかそんなことテレビで言ったら怒られそうだけど大丈夫なのかな」

「そうなの?」

「徒花の単独戦闘は基本禁止されてるからね。ん? なに、その顔」

「結羽がそんなこと言うんだって思ってね。その規則なら、ここら辺に住んでる人は多分みんな知ってるよ。よく破る人がいるから」

 ぐぬぬ。

 コタロウは「あ」と口を開く。

「もしかして、それで怒られて、しばらくここに来れなかったの?」

 なかなか頭の回る小学生である。ていうか謹慎のことを一般人に知られるのはあまりよろしくない。規則違反とはいえ、人から見れば私の行いは『正義』だから。処罰が下ったことが公になれば感情のみで形成された厄介なクレームが職員の手を煩わせることになる。

「違う違う」と困った感じの笑みを作って否定する。「徒花同士の集まりがあって出張してただけ」

「問題児の結羽が?」

「うぐっ。だから急に決まったんだって。スケジュールの調整ミスでもともと行く予定だった人が行けなくなって、その代わりに私が行ってたの」

「ふぅん」コタロウは私から眼を逸らして足元を見てから「嘘っぽい」と呟くように言った。

 鋭い。そして、っぽいという言葉の割に自らの直感を確信しているらしく、何故嘘を吐くのかと言外に言われているように感じた。

 例えそれが仕方のないものでも、嘘はバレてしまった時点で無意味、無価値なものになる。残るのは、私が嘘を吐いたという事実。笑みが引っ込んだ二人。

「うん、今の嘘」

 そう言って笑みを浮かべた。さっきの嘘よりもわざとらしかったかもしれないけど、それでも。

「なんで嘘吐いたの」

 コタロウは私の顔を横目に見ながら訊いてくる。

「図星だったから」

「僕の言ったことが?」

「うん。コタロウと初めて会った日の夜にカフカと一人で戦って、その、今までも同じようなことしてたから、今回は見逃してもらえなかったの。謹慎ーーって分かる?」コタロウは首を傾げる。「大人しく家にいなさいってこと。その処分が下ったってわけ」

「それで来れなかったんだ」

「そういうこと。嘘を吐いたのは、そのことを関係者以外に話したら駄目だから」

「そうなの?」

「うん。謹慎処分なんて可哀想って言う人が出てきちゃうでしょ?」

「僕は全然思わないけど」

「本人を前にしてるんだから少しは思いなよ」

「だって規則なんでしょ? しょうがないじゃん」

「そう。しょうがないの。決して無駄なものじゃあなくて、徒花のためにある規則だからね。でもそれが分からない人もいる。自分は頭が柔らかいって思い込んでる頭カチンコチンな人がね」

「ふーん」よく分からないのか、興味がないのか、コタロウは興味なさげだ。「でも、嘘は駄目だよ。そういう決まりはないけど」

「うん。確かにそうだね。ごめん」

「言いたくないならそう言ってくれれば無理に聞いたりなんてしないし」

「うおぅ。イケメンだね、コタロウ」

「もう。人が真剣に話してるのにからかわないでよ」

「からかってないよ。本当にそう思ったの」

 笑いながら言うと、コタロウは照れ臭そうに目を逸らした。耳が赤くなってる。可愛い。でもこれを言ったら今度こそ拗ねてしまいそうだ。

「てなわけで、今言ったこと内緒にしてね」

「うん。分かった」

「ふふ。二人だけの秘密だね、コタロウ君」

「な、なにその変な言い方。またからかってる?」

 その問いには答えずに笑って誤魔化しておいた。

 あ。そうだ。

「さっき言ったこと、他の徒花にも内緒だからね。あとここで私と会ってることも!」

「え? どうして?」

「言いたくありません」

「ふぅん?」

 数秒の沈黙の後、コタロウはハッと顔を上げて私を見る。

「も、もしかして、結羽、まだキンシンなの?」

 本当に頭のよく回る小学生である。




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