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鬼踊 -ヒトー17



 世間が私の味方に付くまで時間はかからなかった。

 休業命令から一ヶ月のうちに一人で倒したカフカは十五体。同時に二体とか三体とか相手にすることも少なからずあったけど、単純計算で二日に一体討伐していることになる。世間の関心が私に集まるのは当然のことだった。

 その流れの中で、私が休業中であることもすぐに知れ渡る。ここまで活躍している徒花にそのような処分はおかしいと扇野支部に苦情が殺到。すぐに休業命令が解除されたところを見るに、上の人達は元々反対していたのかもしれない。

 戸舞班の一員に戻りながらも相変わらず単独行動、戦闘を続けていたある日、コタロウから手紙が届いた。コタロウが学校に通うようになってから手紙を交わす回数はすっかり減っていて、こうして届くのは大体二週間ぶりくらいだった。

 エレベーターの中で封を開ける。中には便箋が一枚。

『やっと梅雨が明けたね。最近結羽が活躍してるみたいで嬉しいです』という出だしの一文を読んだところでエレベーターが止まりドアが開いた。

「あ、やっほー結羽ちん。どしたの、珍しくニコニコしちゃって。手紙?」

 そこに立っていたのは戸舞流華と紋水寺莉乃だった。顔を合わせるのは三日前の任務以来。手紙をポケットに突っ込んでから「別に」と返す。

「どこか行ってたの? あ、もしかしてまたカフカ倒してきたとか?」

「今日は遭わなかった」

 すれ違いながら言う。

 休日ということもあってどこもかしこも人が多く、一般人を捕まえて腐化させるという多少時間のかかる行動をするのはリスクが大き過ぎた。それでも人通りの少ない場所はあるものだけど、この一ヶ月半で大体どこも一回は使っちゃったし。

「そっか。残念だね」

 その言葉に足を止めて、身体を横に向けて振り返る。

「どういう意味?」

 戸舞流華は軽快な足取りでエレベーターに乗ってから、後ろ手を組みながら私の方に身体を向けた。

 ニコニコと笑っている。

 強者の顔で。

「んー? そのまんまの意味だよ?」

 エレベーターのドアがゆっくり閉まっていく。紋水寺莉乃がボタンを押したのだろう。

 両のドアが完全に合わさるまで、戸舞流華は笑みを浮かべ続けていた。

 余裕の笑みだ。

 どんなに私が活躍しても、自分までは絶対に届かないと確信しているからこその笑顔。

 それが過信だってことを思い知らせてやる。

 金持ちで優しい家族も、格好良い恋人も、仲の良い友人も、地位も、名声も、人望も、私は持っていなかった。奪われるだけで、与えられることもなかった。

 だけど、この能力さえあれば。

 愚鈍な一般人も私を認める。

 戸舞流華を超えられる。

 そうして、世界が私を知る。


 あれ?


 君は世界を壊したいんじゃなかったっけ?


 ううん。私は世界を壊したくなんかない。


 じゃあ君は何がしたいんだい?


 私がしたいこと? それはーーーー


 部屋に入って靴を脱ぎながら手紙を取り出した。無理矢理ポケットに詰め込んだからくしゃくしゃになっている。

 歩きながら皺を伸ばして、リビングに入るとソファにお尻からダイブした。テーブルの上でもう一度しっかりと皺を伸ばしてから文字を追う。

『やっと梅雨が明けたね。最近結羽が活躍してるみたいで嬉しいです。

 僕は最近部活を始めました。野球部です。入った理由は、一真君が辞めたからです』

 相変わらず仲悪いんだ、と笑う。

『それが理由かは分からないけど一真君がよくからかってくるようになりました。

 最初は無視してたんだけど、酷い悪口を言われて腹が立って殴り合いの喧嘩になりました』

 えぇ?

『僕が勝ったので安心してください。あれから一真君もからかってこなくなりました』

 いや、勝敗よりも怪我とかしてないのか気になるんだけど、喧嘩に関してはそれで終わりのようだった。文を書きながら喧嘩のときの興奮を思い出したのか、そこら辺だけ走り書きのようになっていて、最後にいくにつれて冷静で丁寧な文字に戻っていった。

『また謹慎にならないように無理せず頑張ってください』

 もう単独行動してもなることはないよ。今、私になんらかの処分を下せば必ず外に知れ渡って苦情の原因になるから。

 それにしてもコタロウは大丈夫なのかな。文脈的に楽勝な感じだけど、見栄張ってそうな気もするし。っていうか助けてくれる教師とか大人は本当に一人もいないのだろうか。一人くらい助けを求めたら動いてくれるんじゃーーーー

『もう今までみたいに一人で戦いまくるのは止めなよ』

 不意にそんな言葉が浮かんだ。

 あぁ、そっか。コタロウは私のことを弱いとか思ってたわけじゃなくて、ただ単に心配してくれてただけなんだ。

 徒花じゃなくて。

 鬼踊でもなくて。

 ただの空木結羽を。

 なんでこんなことにも気付けなかったんだろう。

 多分、若菜が言っていた通りだったんだ。

 蛍山支部で最も強い力を持っていながら、私には余裕がなかった。だから気付けなかった。

 でももう大丈夫。

 気付けた。

 そして。

 傷付かずにカフカを殺す術も手に入れたから。

 核が疼く。

 顔がむずむずして、自然と嗤っていた。

 ベランダに出て勢いままに飛び降りる。

 地上にはたくさんの人間。

 人通りの少ない道を一人で歩く中年の女を見つけた。

 着地。

 地面を蹴る。

 小道に入り、背後から女の肩を掴んで強く引いた。地面に倒れたところを馬乗りになって腐化させた右手を口に突っ込む。

 女は私を見て目を見開きながら手足をばたつかせる。

「大人しく飲んで。そしたら解放してあげるからさ」

 抵抗が弱くなり、ヘドロが喉を通っていく。約束通り立ち上がって解放してあげた。でも女は仰向けのまま胸を激しく上下させている。パニック状態なのだろう。男なら大抵はすぐに逃げようとするんだけど。

 ま、どっちにしろもう少しで腐るから関係ないけど。

「お母さん?」

 そんな声が背後で聞こえた。

 振り返ると、そこには小学生くらいの女の子がいた。

 私の足元を見て駆けてくる。

「お母さん? どうしたの? お母さん!?」

 地面に膝をついて女の顔を覗き込む。

「お母さん! お母さん!」

 ずき、と左足が痛んだ。なんだろう。まぁいいや。

 見られちゃったからには殺すしかない。でも子供を腐らせるのは気分的によくないし、母親カフカに殺してもらおうかな。

 おっ。ちょうど始まった。

 女の身体が崩れ始める。そこから発射された棘が女の子の肩に刺さった。

 女の子は悲鳴をあげて尻餅をついた。

「お母さん! 痛いよぉ!」

 ずきずき。

 ヘドロがゆっくりと立ち上がる。へぇ。二足歩行タイプか。小型みたいだけど。

「おかあさん! おかあさん!」

 ずきずきずき。

 更に数本の棘が発射。ノーコンらしく当たったのは二本だけ。しかも一本は右腕を掠めただけで、ちゃんと刺さったのは左足だった。

 また悲鳴があがる。

「痛い! やめて! やめてよ! おかあさん!」

 ずきずきずきずき。

 なんか左足が変だ。爪先で地面を叩いてみる。

 あれ?

 右手を見ると刀があった。

 私ってばいつの間にこんなもの作ったんだろう?

 あれ?

 なんでカフカに突き刺してるんだろう。

 駄目だよ。

 殺すのはまだ早い。

 あぁ、もう。ほら。死んじゃった。

 カフカが立っていた場所を眺めてから視線を横にずらした。

 女の子はアスファルトを赤黒く染めながら虚ろな目で「おかーさん、おかーさん」と繰り返している。

 ずきずきずきずきずきずきずきずきずきずきずき。

 あー、もう!

 自分の左足を切り落とす。すると痛みはすっと消えた。

 あースッキリした。

 片足で立って、再度女の子を見下ろした。

 腐化させるのもめんどくさいし、このまま殺してもカフカがやったってことになるよね。

 刀を振り上げる。


 銃声が聞こえた。


 うん? 銃声?

 なんで?

 振り返る。

 銃を構えた紋水寺莉乃が立っていた。

 銃口は真っ直ぐ私に向けられている。

 撃ったの?

 私に?

 あはっ。

 意味ないって。

 カフカになりたてとかならまだしも、そんな拳銃じゃあヘドロを貫くことさえ出来ない。

 紋水寺莉乃は銃を下ろして近付いてきた。

 バレちゃったよね?

 じゃあしょうがないか。

 地面を蹴る。

 いや、蹴れなかった。

 右足が崩れ落ちた。

 あれ?

 あれ?

 なんで?

「銃弾が核をかすった」

 私の前に立った紋水寺莉乃がそう言った。

「でも壊れたわけじゃない。核の再生に全治癒力が向けられている状態」

 その手に握られている銃をよく見ると、それは明らかに一般的なものではなかった。不自然なほどに黒い。まるでヘドロのように。でも、銃などという複雑なものを形成することは不可能だ。じゃあ一体、それはーーーー。

「結羽、正直に答えて。あなたがここしばらく討伐したカフカは、もしかして全部ーーーー」

「その銃は何?」

「結羽、私の質問に答えて」

「あんたが私の質問に答えろ! その銃はなんなんだよ! ヘドロで形成したんだとしたらどうやった! なんであんただけそんな真似ができる!」

「なんで人をカフカに変えて殺したりしたの?」

「うっさい! 私の質問に答えろ!」

 ガチャ、と鈍い音が鳴った。

 紋水寺莉乃の右手が上がっている。

 銃口は私の胸に向けられている。

「答えて。どうしてこんなことをしたの?」

「う、うっさいんだよ! 私は私のやりたいようにやっただけだし! 誰にも邪魔させない! 身体が治ったら、あんたら絶対にぶっ殺してーーーー」

 あれ?

 今、銃声が聞こえた?

 気のせいだよね?

 撃つわけないよね?

 私が死ぬなんてこと、絶対にないよね?

 あれ?

 胸に穴が開いてる。

 いや、きっとまたかすらせただけだよね?

 ね、そうでしょ?

 紋水寺莉乃は銃を下ろしたまま視線を僅かに下げた。

「ごめんなさい」

 え?

 嘘でしょ?

「いや……」

 これで終わり?

「死にたくない。ねぇ。助けて」

 伸ばそうとした手が崩れ落ちた。

「なんで? なんで私だけこんな目に遭わなきゃいけないの? ねぇ、なんで? おかしいじゃん。私も欲しかっただけなのに。戸舞流華が持ってるものが欲しかっただけなのに。なんで誰も認めてくれないの? なんで誰も傍にいてくれないの? なんで、死ぬときまで、私は一人なの?」

「ごめんなさい。全部私が悪いの。だから、流華のことは恨まないであげて」

「やめて。ねぇ。ねぇ。死にたくない。助けて。まだやりたいことがあるの。えっと、えっと。あ、お母さんに会いたい。ねぇ、莉乃。私お母さんに会いたいよ」

「ごめんなさい」

「お母さん、お母さん。助けて。助けて。早く助けに来て。足も手も切り落としていいから。もう泣かないから。おかあさん、おかあさん、おかあさん、おか


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