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鬼踊 -ピエロー4


 ベンチに腰掛けて駅の出入口をボーッと眺める。

 カフカの出現場所ランキングで駅はかなり高い位置にある。平日とはいえ人は多いし、こうしている間に現れたって不思議じゃない。

 まぁ今日は張り込みに来たわけじゃないけど。

 出入口から久し振りに見る顔が出てきた。向こうもすぐ私に気付いて手を振りながら近付いてくる。

「結羽ちゃーん」

 三、四ヶ月ぶりに見た若菜は特に何も変わっていなかった。身長も、容姿も、のほほんとした笑みも。

 軽く挨拶を交わしてから歩き出す。

 マンションに着くまでは殆ど若菜が喋っていた。蛍山支部の近況。誰それが最近活躍してるとか成長がすごいとか、新人がどうだとか。新人に関しては当然だけど、私が知っている前提で若菜が口にした名前の一つも分からなかった。記憶にはあっても顔と一致しない。だから相槌は「ふーん」とか「へー」だけだった。蛍山支部で顔と名前が一致する徒花なんて若菜以外だと雨森さんくらいだけど、その名前は一度も出なかったし。

 マンションの部屋に到着した。エレベーターの中では「足の踏み場ある? カップ麺とか散乱してたりしない?」なんて訝しげに言っていた若菜だったけど、リビングに入ると「えぇー!?」と驚いた声をあげた。

「すごいキレイ! っていうか何もない! あんなにたくさん荷物あったのに! あ、もしかして!」

 若菜は室内を駆けてドアを開けていく。洋間、和室、クローゼット。手当たり次第に中を覗いてから、首を傾げながら戻ってきた。

「結羽ちゃん、あのたくさんの本とかどこに隠したの?」

「隠してないから。全部捨てたの。断捨離ってやつ」

「だんしゃり?」

「要らないものを捨てるってこと」

「あはは。結羽ちゃんにそんなこと出来るわけないよー」

 天然で失礼なところも相変わらずだ。

「ほら。昼御飯行くんじゃないの?」

「あ、うん。え? 本当に捨てちゃったの?」

「だから最初から言ってるじゃん。言っとくけどもう家政婦も雇ってないから」

「えぇ!? ゆ、結羽ちゃん、部屋間違えてるんじゃないの? あ、痛い痛い! 多分痛い! ごめんって!」

 久し振りのアイアンクロー。

 手を離してから踵を返して玄関に向かう。若菜も後ろについてきた。

「ご、ご飯とかちゃんと食べてる?」

「うん。最近はずっと外だけど」

「そっか。ならいいんだけど……。結羽ちゃん、最近戦ってばっかりなんでしょ? ちゃんとご飯食べて寝なきゃ駄目だよ?」

「ちゃんと食べてるし寝てる。むしろ寝過ぎなくらい」

「ふぅん」

 部屋を出て廊下を歩く。

「それにしても結羽ちゃん、最近大活躍だね。体調不良で休業になったって聞いたときは驚いたけど思ったより元気そうだし」

「隊長が気にしすぎなんだって。気分屋の徒花にとってコンディションが良くなったり悪くなったりなんて日常茶飯事なんだからさ」

「でも結羽ちゃんのこと気に掛けてくれてるみたいで私は安心してるよ」

「気に掛け過ぎで余計にストレス溜まりそうだけどね。私だってもう十五になるんだからそこまで面倒見てもらわなくても平気だって」

 エレベーターに乗って一階のボタンを押す。ゆっくりとドアが閉まり、降下が始まった。

「確かに、なんか結羽ちゃんってば大人っぽくなったかも」

「そう?」

「うん。前と違って余裕がある感じだし、あと……、なんか笑顔が大人っぽくなった気がする」

「笑顔? そう?」

 頬に手を当てながら問うと若菜は頷いた。

「でも私の気のせいかもだけど……。それに部屋が綺麗になったし! 少女漫画読まなくなったし! あ! でも私あれの続き読みたかった!」

 自分で買えば? とは言わない。そういうものをパパに禁止されていることは百も承知だから。

 エレベーターから降りてマンションを出る。

「でも結羽ちゃんも運が良いのか悪いのか分からないね」若菜は眉尻を下げて笑う。「休業になった途端、ほとんど毎日カフカと遭遇するなんて」

 私もワラい返した。

「確かにね」




 白水若菜は弱い。

 寝顔を見ると尚更そう思う。

 ベッドの横に敷かれた布団で寝息を立てている若菜を見下ろしてからごろりと寝返りをうって天井を見上げた。

 弱いし、甘いし、決断力もないし、人望だってそこそこレベルでしかない。

 どこをとっても隊長の器ではない。

 それなのに、どうして隊長の座についているのか。

 全ては親の立場を守るためだ。

 若菜のパパは国軍のお偉いさん。他の金持ち糞野郎みたいに寄付金を払って訓練校に在籍させ続けることは立場や世間体的に難しいらしい。だからいくら娘が雑魚でも部隊員に押し上げて、尚且つほぼ戦闘に参加せずに済む隊長職に就かせたというわけだ。自分の仕事に加えて娘のフォローまでしなければならないのは大変だろうけど、まぁ知ったこっちゃない。手前勝手な理由で上司を変えられて一番迷惑してるのは現場だから。

 天井をじっと眺める。

 全然眠くない。

 体力が有り余っている。

 カフカを殺したい。

 顔の前で人差し指を立てて腐化させる。垂れてきたヘドロを舌で受け止めてそのまま飲み込んだ。私自身は平気だということは確認済み。

 そして、カフカや徒花のヘドロを飲んでも、通常、人間が腐化することはないらしい。

 つまり、これは私だけの能力ちから。プロウダの首相が言っていたような。川那子沙良の『鉄壁』みたいな。

 私だけの特別な能力。

 人差し指を形成し、手を下ろしてから瞼を閉じた。

 私は人をカフカにすることが出来る。

 普通の徒花じゃない。でもカフカでもない。当然、一般人でもない。天使でも悪魔でもない。

 じゃあ何?

 だから、鬼だってば。

 全部壊す。

 ただそれだけの存在。




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