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鬼踊 -ヒト-16

 マンションが見えてくると同時にポツポツと雨が降り始めた。ちょうどよかった、と思いながら玄関を抜けて郵便受を見る。手紙が入っていた。コタロウからだ。

 手紙をポケットに入れてからエレベータに乗って自室へ。

 リビングに入ると風で揺れるカーテンが視界に入った。ベランダ開けっぱなしだった。雨は吹き込んでいないようだ。

 ゲーム屋の袋をテレビの前に、財布をテーブルの上に投げてからソファに座り、手紙の封を開けて便箋を取り出した。

 コタロウからの手紙は、まずゲームのことだった。

 曰く、コタロウはもうそのゲームをしていない。シナリオをクリアして、オンラインプレイもたくさんやって、とうの昔に飽きてしまったらしい。

 そこからは近況報告。面白いテレビとか、飼ってる犬の話。

 後半部分には、おまけのように『実は学校に行き始めた』と書いてあった。『一真君は相変わらずからかったりしてくるけど、味方になってくれる友達もいるから頑張って通ってみる』らしい。

 そして最後に『結羽も徒花部隊頑張ってね』と書いてあった。

 顔を上げて、投げた際に袋からはみ出たコントローラーに目を向ける。

 思わず笑った。

 結局いつものパターンだ。

 私が一人でやっている間に、他の人達はどんどん先へ進んでしまう。後からどんなに大きな力を手に入れたって、決して追い付くことのできない場所に行ってしまう。

 私はいつまでも一歩後ろを歩いている。

 並ぶことが出来ない。

 やめた。

 ゲームなんて。

 立って、ゲーム機本体とコントローラーを踏み潰す。スマホよりも簡単に壊れた。

 でも、こんなんじゃあ満たされない。

 どうすればいい?

 私は何がしたい?

 見慣れた部屋を見回して、隅に置いてある段ボールに目を止めた。

 特に何を考えるでもなく近付いて、半開き状態だった蓋を開ける。

 敷き詰められた手紙。

 蛍山支部にいた頃、いらないって言ったのに若菜がよこしてきたものだった。

 お昼のテレビの視聴者プレゼントみたいに手を突っ込んで適当に一枚取り出した。

 床に寝転んで、それを読んで、読み終えて、また次のを出して。

 何度か繰り返した。

 でも、やっぱり駄目だ。

 満たされない。

 カフカを殺さなきゃ。

 だけど、仮にカフカが現れたところで一般の警報を聞いてからだとほぼ確実に出遅れる。

 仕事用のスマホがない今、カフカと戦いたかったら出現しそうな場所で張り込むしかない。

 どこに行こうか。少なくともここにはあまりいたくない。スマホが壊れたことに気付いた隊長がいつ来るか分かったもんじゃないし。

 シャツとスカートを脱いでーーってうわ。下着まで替えられてた。しかもおばさんが着けるようなダッサいデザインの。下着も脱ぎ捨てて棚を漁る。

 服どうしようかな。徒花に見つかったら面倒だし、普段しないような格好がいい。棚の奥を探ると、一度も着たことのない服が何着か出てきた。あ、これでいいや。

 ネイビーのマキシワンピ。前に何となく買ったことをすっかり忘れてた。これの何がいいって、膝くらいまでスリットが入ってるからそれなりに動きやすいところだ。今日じめじめしてて暑いしね。あとポケットが大きいところもいい。

 別の棚から取り出した下着を着ながら行き先を考える。

 んー。公園かな。今日は日曜日だし、きっと人も多い。でもたまに徒花がパトロールに来てるから気を付けないといけない。まぁ見つかったところでいくらでも誤魔化せるけど。

 ワンピを着て準備オーケー……じゃないか。私のスマホどこやったっけ。

 少し探すとテーブルの下に転がっているのを発見。財布と一緒にポケットに突っ込んでから玄関に向かう。下駄箱の上に置いてあった鍵を取ってマンションを出た。

 雨はまだ降っている。でも傘もいらないくらいの小降り。

 両手をポケットに入れて歩き出した。

 本降りになったらどうしよう。公園にも人がいなくなるし、漫画喫茶とかに避難しようかな。ここらへんじゃあ何故か少ないけど、全国的に見るとああいう場所もカフカ出現率が高かった筈だし。

「あの」

 うん?

 顔を上げて振り向くと、そこには今に限らず出来れば死ぬまで見たくなかった顔が二つ並んでいた。

「お久し振りですね、空木さん」と言うのはダルマ体型のデブババーーぽっちゃりおばさん。隣の比較的美人さんは会釈だけした。

 神眼教信者の二人。服は相変わらず白いのに傘だけ赤系の色という謎チョイスだ。白い傘なんてコンビニにも売ってるだろうに。

 誰とも話をする気分じゃない。特に、話にならないこんな二人とは。

 前に向き直り歩き出すと、後方からテンポの早い足音。二人はすぐに私の横についた。ちょ、傘から滴る雨が当たってるんだけど。

「お出掛けですか?」

「まーね」

「昨日はご活躍だったそうで」

「そりゃどーも」

 ぽっちゃりおばさんは「ふふっ」と笑う。お高い女みたいな笑い方してんじゃねーぞ豚女が。

「あのね空木さん、いい加減やめてもらえませんか?」

 何を、と問う代わりに視線を向ける。丸い顔。赤い唇。張り付けたような笑み。

「前にも言ったでしょう? カフカ様は人間わたしたちを救済してくれているの。昨日の方は百名に近い人を救った救世主。あなたはそんな存在を殺してしまったのよ?」

神眼教おばさんたちにとったらそうかもしれないけど、一般人からすれば私の方が救世主だよ」

「本当にそうかしら? 神眼教わたしたちは昨日のカフカ様に心から感謝し、そして死を悲しんでいるわ。でもあなたはどう? どれだけの一般人ひとに感謝された?」

 昨日の記憶が蘇り、内心でその問いを否定した。

「せいぜい、直接的に命を救われた数人だけじゃないかしら」

 外れ。

 一人もいなかった。

 今まで気付いてなかったのに。

 余計なこと言うなよダルマババア。

「そして、あなたが亡くなったとしてどれだけの一般人ひとが悲しむかしら」

 若菜、は、人じゃない。コタロウ? うん。コタロウは悲しんでくれると思う。それにーーーー。

 段ボールに敷き詰められた手紙が頭に浮かぶ。

 あの人達は、きっとーーーー

「誰も悲しまないわ。少なくとも、今の神眼教わたしたちのように心から悲しむことなんて絶対にない。『悲しいな、でも徒花だからしょうがない。悲しむよりも感謝しよう。今までありがとう。天国で幸せに暮らしてね』。せいぜい、そんなところじゃないかしら。そうして軽く流されて、一週間後には忘れられている。それが徒花あなたたち。そんな存在が救世主と言える?」

 あーもう黙れ、ババア。どっか行け。水滴鬱陶しいしさ。

「おばさん達だって昨日のカフカのことなんかすぐに忘れるよ」

「忘れませんよ。神眼教わたしたちはね、亡くなったカフカ様には現世名を付けて差し上げるの。そして、そのカフカ様の命日と月の終わりには現世名を読み上げさせていただいてお祈りを捧げる。その時に読み上げるカフカ様の現世名は年々増えていきます。それでも、私達にとってそれは全く苦にならない。何故なら、そこには死を悼む気持ち、感謝の気持ちがあるからです」

 雨が強くなってきた。

「あなたが守っている人達はどうですか?」

 またそれか。

 それにしても今日は随分饒舌だ。それに話の方向も前と違う。最近の状況を見て徒花を攻撃するより戦意を削ぐ方向に切り替えたのだろうか。信者が徒花を殺してから批判が凄いもんね。

「人々は徒花あなたたちに感謝なんてしていないのよ。それが当然だと思ってる」

 うん。まぁ、そうだろうね。うざいけど、一般人について言ってることはそんなに間違ってはいないと思うよ。

「あなたがやってることは無意味なのよ。だから、もうカフカ様を殺すなんてことはやめてーーーー」

「私が死ねってこと?」

 前もこんなやり取りをした。あの時はこう言ったらダルマババアは怯んだ。

 でも今は笑っていた。

「えぇ、そうね」

 そして頷いた。

徒花あなたたちが罪を償うには、死ぬか、その身を浄化してカフカ様になるか。それしかないわ」

 あぁ、そう。

 嗤う。

 あー。鬱陶しいな。この水滴。

 左手を振り上げて傘を弾き飛ばした。

 驚く隙も与えずに身体を回して右手でダルマババアの首を掴む。

 後ろから息を呑む音。左手を伸ばしておばさんの頬を鷲掴みにして口を塞いだ。傘を落とし、口からはむぉーむぉーという間抜けな声を漏らしている。

 滑稽で、なお嗤えた。


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