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鬼踊 -ヒト-15


 目を覚ましたのは見知らぬ場所だった。上体を起こして室内を見回す。私が使っている簡素な白いベッドと同じものが二台。サイドテーブルには私のスマホと財布、それからゲーム屋の袋が置いてあった。

 コントローラー壊れてないかな。袋から取り出してみる。パッと見た感じ平気そう。うろ覚えだけど、袋を丸めてお腹に抱いて寝たような気がするから大丈夫だと思う。

  コントローラーを袋にしまってから、再度周囲を見る。

 部屋の中央のテーブルや棚の中には薬とか包帯とか医療用品がある。

 どこかの学校の保健室? いや、違うか。

 やっぱり来たことのない部屋だけど、窓から見える景色には見覚えがある。

 支部。ということはここは医務室だ。正直徒花には不要な場所なんだけど、国軍の基地には必ず医務室を作らないといけないという決まりがあるとかで、どこの支部にも設置されているものらしい。まぁ一般人の職員もいるから全くの無駄になっているわけじゃないけど。

 ドアが開く。先生が戻ってきたのかと思ったけど、そこに立っていたのは紋水寺莉乃だった。

 部屋に足を踏み入れてドアを閉めてから私に向き直る。

「おはよう。もうお昼だけど」

「ん」

 半日以上寝ていたらしい。

「隊長呼ぶね。起きたら呼べって言われてるから」

「うん」

 紋水寺莉乃はソファに腰かけてからスマホを操作して耳に当てる。会話は短く、『うん。来たら起きてた』『うん』の二言で終わった。

 スマホをポケットにしまってから再び私を見る。

「昨日の夜のこと覚えてる?」

「うん」

「そう」

「訊かないの? なんであんなとこで寝てたか」

「どうせ隊長が訊くだろうから」

 それもそうか。

「倒れてた結羽を拾ったのは隊長だよ。電話してしばらく経った頃に現在地を確認したらまだ家に帰ってないしその場から全然動かないから、不審に思って電話したけど出なくて、スマホを落としただけかと思って現場に云ったら結羽が倒れてて、呼び掛けても身体を揺すっても反応しなかったって」

「ふぅん」私そんなに熟睡してたんだ。「莉乃はなんでここに?」

「起きたら隊長からメールがきてて……、でも流華が家に帰る用意を全然してなかったからそれを手伝ったり朝御飯作ってたらこんな時間になって……」

 ぶっ倒れた人間より戸舞流華が優先らしい。別にいいけど、後半部分はわざわざ言う必要もないんじゃ? 真面目というか、馬鹿というか。馬鹿真面目ってやつかな。

 ドアが開いて、隊長が入ってきた。

「どこまで聞いた」

「隊長が私を拾ってくれたってことだけ」

「そうか。あぁ、君が着ていた服はクリーニングに出した」隊長は部屋の隅に置いてあった丸椅子をベッドの前まで持ってきて腰かけてからクローゼットを指差した。「その中に制服が入っている。帰るときはそれを着てくれ」

「うん」

「昨晩、あれから何があった?」

「別になにも。どうしようもなく眠くなって寝ただけ」

「道端でか」

「うん、まぁそだね」

「野良猫だってあんな雨の中で寝たりしない」

「あはは。確かに」

「しかも耳元で呼び掛けても身体を強く揺すっても反応一つしない。死んでいるのかと思ったほどだ」

「みたいだねぇ。カフカは一撃で倒したし、そんなに疲れてはいなかったはずなんだけど」

「体力的な疲労じゃあないなら精神的なものだろう」隊長はそう言ってからソファに顔を向けた。「悪いが席を外してくれ」

 紋水寺莉乃は頷いて腰を浮かそうとしたけど、私はそれを止めた。

「別にいいよ。莉乃に聞かれて困ることもないし、言えなくなることもないから」

 紋水寺莉乃の視線に対して、隊長は「それならいいだろう」と頷き、私に向き直った。

「母親のことは無関係か?」

「またそれ? 全然無関係だって」

「それなら倒れたことに心当たりはあるのか? 例えば一昨日蛍山で起きた事件ーーーー」

「倒れたんじゃなくて眠くなっただけだって」

「あれは睡眠ではなく失神、あるいは昏睡だ。普通の状態で起こるようなものではない。そして徒花わたしたちに起きる不調の原因は大抵精神的なものだ」

「仮にそうだったとしても、他人に話してもどうにもならないんじゃない?」

「各支部にはカウンセラーが常駐している。彼女達は専門家だ。症状を緩和させる方法くらいは見込めるかもしれん」

「ま、話すことなんかないけどね」

「そうか」と隊長は立ち上がって私を見下ろした。「空木結羽、君に無期限の休業命令を下す」

「はぁ!?」

「ここ二ヶ月の状態を見たところ精神的に不安定であることは明白。だがその理由すら不明瞭」

「二ヶ月の状態って、四月に一回吐いて昨日眠たくて寝ただけじゃん!」

「本当に一度だけか?」

「どういう意味?」

「たまに咳き込む声が聞こえると戸舞から報告が上がっている。他にも、君が雇っている家政婦に話を聞いたところ、それらしき染み、僅かに臭いが残っていたことがあるとも言っていた」

 カッと顔が熱くなる。

「そんなことまで調べたの?」

「部下の体調管理は上司の役目だ。本人が非協力的である以上、ある程度は状態を把握できるように手を回すのは当然のことだろう」

「勝手なことしないでよ! 私のことなんか放っておけばいいでしょ! どうせ使い捨てるつもりで呼んだくせに! 良い人ぶんなよ偽善者!」

「善も偽善もなければ、君を使い捨てるつもりなど毛頭ない。私は自らの責務を果たしているまでだ」

 呼吸が乱れて、少し苦しい。徒花に酸素なんか必要ない筈なのに。

「故郷や蛍山など、縁のある場所で過ごしてみるのもいいだろう。とにかく今は休め。それと、この時期だ。外出時はなるべく一人で行動するなよ。するとしても人通りの多いを選べ」

 隊長はスッと腰を上げて、

「それから帰るときは連絡してくれ。職員に送らせる」

 それだけ言うと踵を返して医務室を出ていった。文句を言いたかったのに、何かが喉に詰まったみたいに声は出なくて、獣みたいな荒い呼吸をただ繰り返していた。

 休業?

 戦うなって?

 じゃあ私は何をして生きていけばいいの?

 ゲーム? 漫画? 小説? テレビ? ネット?

 全部、戦いの合間の暇潰しに過ぎない。

 戦いがあるからこそ許された時間。

 ただそれらを貪るだけなんて惨めすぎる。

 縁のある場所に行く? 何しに? 知り合いに会いに?

 お母さんに? 若菜に? コタロウに? 眼鏡のお婆ちゃんに? ピンク首輪の雄猫に?

 戦うことも許されなくなった徒花わたしが?

 無理だ。会えるわけない。どんな顔して会えばいい。

 謹慎じゃない。休業。それだって、多分隊長の情けだ。本当なら自己都合の休職扱いになるだろうから。

 ふざけんな。ふざけんな。勝手に休ませておいて、こんな情けない思いまでさせやがって。

「結羽」

 紋水寺莉乃の声。

 顔を上げる。

 困惑気味の顔。

「えっと、私に何か出来ることがあったらーーーー」

「何もない」

 ふざけんな。

「出来ることなんて何もあるわけないでしょ! 徒花わたしたちに出来ることなんてカフカを殺すことだけなんだから! 何かを生かすことも助けることも、認められることも称賛を浴びることも、殺すことでしか叶えられない! そんな存在が偉そうなこと言うな! 嫌いなんだよ! あんたも、戸舞流華もーーーー!」

 何かが喉に詰まって声が出なくなった。代わりに右手で枕を掴んで紋水寺莉乃に投げる。顔面に直撃して、弾けた枕からプラスチックのパイプが飛び散った。

 枕がずれ落ちて露になった、眉尻の下がった表情。

「出てけ!」

 紋水寺莉乃は何か言いたげに口を開きながらも、結局無言のまま踵を返した。そしてドアを開けたまま動きを止めて、

「ごめんね」という言葉を残して去っていった。

 なにがごめんね? 謝られる筋合いなんかないのに。一方的に怒ってるのは私なのに。みんなそうだ。みんな、私よりずっとマトモで、冷静で、大人。

 私はベッドの上で駄々をこねるだけ。

 惨めで、馬鹿みたいだ。

 Tシャツとズボンを脱ぎ捨て、ベッドから降りてクローゼットを開ける。ハンガーにかかっていたスカートとシャツを取る。上着は暑いからいらない。

 適当に着て、私物を持ってから医務室を出た。連絡しろとか言ってたけどするつもりはない。送ってもらう必要だってない。

 窓から出て、遠くに見える検問所を目指して地面を蹴った。

 あっさりと検問を抜けて帰路につく。

 歩きながら何気なくポケットに入れた手がスマホに触れた。

 あ、そうだ。

 アドレス帳に登録してあった家事代行サービスの会社に電話して契約を打ち切ってもらった。

 通話を終えてからスマホを顔の前まで上げる。

 休業中は公休と同じで警報も鳴らないだろうから、このスマホは本当にただのスマホになる。いや、発信器付きスマホか。

 んー……。

 えい。

 地面に叩き付ける。

 硬化した右足で踏み潰すと気が少し軽くなった。

 残骸をその場に放置して再び歩き出す。


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