鬼踊 ーヒトー11
徒花部隊に飲み会的な習慣はない。支部内に居酒屋とかはあるから一人とか少数でお酒を飲んだりする人はいるのかもしれないけど、組織主催のそういう集まりなんて聞いたこともない。誰かが死んでも追悼式なんてないし、辞めることになっても送別会もない。新人が入ってきたって、歓迎会すらしない。
でもそれは当然のことなのだろう。
誰かが死ぬことなんて病院ほどじゃないけど日常の一部でしかないし。
部隊を辞める人達を待っているのは今まで以上に大変な一般社会での暮らしだし。
歓迎した翌日に新人が死んだりしたら最悪だし。
特に支部の外に住んでる私なんて、同僚が死んでも『誰?』となることが多い。やっぱり死ぬ人っていうのは入隊間もなく死んじゃうものだから。
でも、そのくらいでちょうどいいんだと思う。
○○が死にました。え? 誰? あぁ、そういえば一回挨拶したなぁ。
せいぜい、それくらいでいい。
と、私は思うんだけど。
「あれー!? 結羽ちゃん手が止まってるよ! 莉乃お奉行様! 結羽ちゃんのお皿にお肉追加!」
「ちょっと待って。まだ赤いところが……」
「もー! 高いお肉なんだからレアなくらいでいいの! ていうか私達お腹壊さないし!」
天井に付いている換気扇に吸い込まれていく白煙。個室に立ち込める肉の焼ける臭い。
焼肉屋である。
何年ぶりだろう。演劇部男子曰く一匹狼の私でも一人焼肉は難易度が高くて行ってないから、少なくとも一年以上前。お母さんと行ったのが最後だろう。節目節目のお祝いで外食する時は、大体、回転寿司か焼肉だったから。
「で、班活動って?」
ちなみに今の時点で、来店から一時間近く経過している。我ながら今更すぎると思うけど、いつかは聞かざるを得ないことだ。
「ん? これだよ?」
斜め向かいに座っている戸舞流華が言う。
「歓迎会」と、その言葉を引き継いだのが、私の隣に座ってる紋水寺莉乃。
知ってた? という問いを込めて向かいを見ると、茅野奈緒はニコニコと笑ったまま首を傾げた。知ってたな。
「歓迎会やる徒花なんているんだ」
「はい、お肉」
「私もういいや」
「えー」と戸舞流華は不満げな声をあげる。「たくさん食べないと大きくなれないよ!」
「自分だって小さいくせに」
「なぬっ。でも結羽より大きいもーん。身長もおっぱいもー」
胸を張る戸舞流華。もいで焼いてやろうか。
「胸とか戦う時邪魔だし」
「腐化させて武器とか作っちゃえばいーもんね」
ぐぬぬ。
「あ、閃いた! おっぱいで作ったハリセンで叩いたら男の人とか喜ぶんじゃない?」
「それで喜ぶような奴とは縁切った方がいいと思うけど」
私の言葉に戸舞流華は「えー?」と眉をしかめて、紋水寺莉乃は同意するように何度か頷いた。その視線は網に乗った肉に注がれているけど。そして全然喋らない茅野奈緒は、何が面白いのか、ずっとニコニコしたまま時折口に箸を運んでいる。余裕の笑み、ってわけじゃない。この四人だと私の次に小さいし。
「そういえば結羽ちゃん、今日のお昼会ったあと、どこに行ったの?」
「ん」
ゲームショップ、と言おうとして口を止めた。三人とも一見興味無さそうだけど、もしあのゲームをやりこんでる人とかいたら嫌だな。言うなら、せめてもっと上手くなってからがいい。
「まぁ、色々」
「ふぅん? あ、分かった! 本屋さん行ってたんでしょ! 漫画買いに!」
「空木さん、漫画読むの?」
茅野奈緒は首を傾げながら言う。その問いに私が答える前に、戸舞流華が「そうだよ!」と言った。
「恋愛モノの少女漫画とか家にあったもん。奈緒と話合いそうだなーって」
「うーん。でも私、最近の漫画はあんまり分からなくって……。空木さんはどんな漫画が好き?」
好き。
頭のなかにいくつかタイトルが浮かび上がる。中には、口に出すのはちょっと恥ずかしいものも。
でも、問いの答えとして口にしたのはそのどれでもなく、少し前に実写映画化した、有名な作品だった。
「あ、それなら私も読んでるよ」
「私も知ってる! CMで壁ドンしてるやつでしょ、壁ドン!」
右手を前に突きだしてエア壁ドンをしている戸舞流華はスルーして、茅野奈緒と少しだけ漫画の話をした。茅野奈緒が挙げた好きな漫画の中に、一つだけ私の頭に浮かんでいたのと同じものがあって、嬉しいような少しこそばゆいような感じがした。
「あ、そうだ」漫画談義が一段落したところで、戸舞流華が声をあげた。「あとね、結羽ちゃん、ちゃんとファンレター読むんだよ」
「え? 戸舞さんは読まないの?」
「あれ? もしかして奈緒も読む?」
「う、うん。三人と比べたら数が全然少ないから出来るのかもしれないけど、一応全部……」
「ふぇー。凄いね。私も莉乃も全然読まないのに。ねっ?」
紋水寺莉乃は大きく頷いた。視線は相変わらず肉。たまに箸が動いて、四人の皿に均等に肉や野菜を入れている。私もういらないってのに。盛られた以上は食べるけどさ。
「もしかして結羽ちゃんも全部読むの?」
「ううん。気が向いたときに、何となく気になったやつだけ」
「へー。他の徒花ってどうなんだろ。そういえばこういう話ってしたことないなぁ」
「そうだね。あ、でもサラさんは読んでるみたいだよ。全部かは分からないけど……。前に『小学生の女の子からラブレターもらった』って言ってたから」
ニコニコ笑顔。でもなんか本能的に危険を感じる。
「あはは! 奈緒ってば嫉妬してる! 小学生の女の子に!」
「うぐ」と茅野奈緒の表情が微妙なしかめ面に変わる。
「し、嫉妬とかじゃないけど……、でもなんか妙に嬉しそうだったから……」
「まぁまぁ! ゆっくり聞いてあげるからここは一杯飲みなさい!」
戸舞流華は、ついさっき店員が持ってきた烏龍茶を茅野奈緒の前に置きながら言う。私の記憶が確かなら、それって紋水寺莉乃が頼んだものだけど。
その本人は相変わらず肉に集中して……あ、こっち見た。
「蛍山支部ってどんなところ?」
「うん? なに、いきなり」
「なんとなく気になって」
「ふぅん? どんなところ、ねぇ。扇野支部と比べたら隊長も隊員も格下だね」
「隊長って、白水若菜隊長?」
「知ってんだ」
「有名。史上最年少の隊長だから」
本当にそれだけかな。
「白水隊長ってどんな人?」
世間知らずの御嬢様。天然お馬鹿。おせっかい。優柔不断。一つ年下の私から見ても子供っぽい。パッとこれだけ浮かんだ。
けど。
「別に、フツーの人」
「仲悪かったの?」
「フツー」
「ふーん? じゃあ班を組んでたのはどんな人達だった?」
「多分SNSに載ってる以上のことは知らない」
「仲悪かったの?」
「そういうわけじゃないけど、私、基本一人行動してたし」
「ここじゃあ駄目だからね」
前も聞いた。
「でも夕方に警報が鳴ったときは行かなかったね」
「支部の方が近くだったから、私が行っても意味ないし」
「意味ない?」
「うん」
「ふぅん?」
それにゲームで忙しかったし。
「私、結羽がまた現場に行くんじゃないかと思ってドアの前で待機してた」
「へー」
マジで。カフカが出たときはベランダから行くべきかな。いや、どっちにしろすぐバレそう。あんまり深く考えてなかったけど、近くに他の徒花がいるって面倒だな。しかも馴れ馴れしいのが二人。
「仲が良い人いなかったの?」
三人と一匹、顔が浮かんだ。
「うん」
でも私は頷いた。
「いなかった」