鬼踊 ーヒトー10
今まで生きてきた中で、ゲームなんて殆どしたことがなかった。暇潰しといえば漫画とか小説とか。ゲームにも手を出したけど、いまいち嵌まれなくてすぐにやめてしまった。
それが徒花部隊に入った頃ーーえぇと、去年の六月くらいの話になるのか。
その時に買ったゲーム機は引っ越しの時に処分してしまったけど、十ヶ月の間に新しいゲーム機が出たらしくて、今ではそっちが主流になりつつあるらしい。
以上、ネットで調べた最近のゲーム事情を引っ提げてゲームショップに行き、コタロウからの手紙に書いてあったソフトを購入。
早速マンションに帰ってやってみようと思ったんだけど、まずはゲーム機本体の設定やらなんやらで苦戦。それからゲーム機をネットに繋げるのに大苦戦。
日が暮れてきた頃にようやくゲームを始めたわけだけど、思った以上に操作が難しい。いくらゲーム内とはいえ為す術なく敵に負ける姿などコタロウには見られたくない。まずはオフラインで鍛えよう。
『ピーンポーン』
そう決意したところで時間切れ。
スリープモードにしてからスマホを手に立ち上がる。玄関からはノック音。少しは何もせず待ってられないのだろうか。
鍵を外してドアを開ける。
「どうもこんばんは」
そこに立っていたのは予想外の人物。
前に公園で会った神眼教信者のおばさん二人だった。下がりつつあったテンションが一気にドン底へ。最近ネットで炎上してるパソコン屋の株価並の急下落だ。
「今お時間よろしいですか?」
一歩踏み込みながら訊いてくる。否定したら一歩退いてくれるのかな。邪魔でドア閉められないんだけど。
「これから出掛ける用事があるので」
「ならそれまででいいですので」
ちっ。
「着替えたりとか用意があるので」
「ではここで待たせてもらってもいいですか?」
駄目に決まってんだろダルマデブババア。ってか後ろの幸薄そうな微美人おばさんは何でずっと下手くそな笑みを浮かべてんだ。ていうか私が嘘言ってるって思ってるよな、この人達。まぁ確かに着替え云々は嘘だけど。
「何か用? ですか?」
「あら。お話聞いてもらえるの?」
「手短になら」
ダルマババアは勝ち誇ったような笑みを浮かべる。くそムカつく。頭潰してやろうか。
「えぇとね、空木結羽さん」
「はぁ」
「あなた、対カフカ部隊を辞めるつもりはないかしら」
はぁ?
「えぇとね、あなたはまだ子供だから大人や他の徒花の人達に言われるがままでよく分かってないかも知れないけれど、カフカを殺すっていうことはとても罪深いことなのよ」
「罪深い?」
「そう。カフカは神様が遣わされた、いわば天使のような存在なの。人は浄化されて天使になるか、天使の手で天国へ誘ってもらうしか救われる道はないの。あなた達がやっていることはね、その道を閉ざすこと。そして天使を殺す、人に戻すというのはとても罪深きことなの」
アレが天使とか神様悪趣味過ぎ。まぁ中身は天使だけど。少なくとも、人間以外の生物にとっては。
「でもさ、徒花部隊を辞めたあとはどうすればいいの?」
「辞めたあと?」
「うん。カフカになればいいの? 徒花はやろうと思えばいつでもカフカになれるわけだし。今だってね」
おばさん二人の笑みが僅かに引きつった。ふふん、いい気味。
「む、無理に腐化しろなんて言わないけど、ほら、この国だとカフカ様は見付け次第殺されてしまうでしょう? カフカ様になるなら、プロウダへ行ってからがいいんじゃないかしら」
「それこそ無理だよ。徒花なんて許可がないと国外に出ることすら出来ないんだから。だからって国内じゃあフリーの徒花に居場所ないしなぁ」
チラリとおばさん二人を見てみる。何か提案してくるかと思ったけど、二人揃って作り笑顔を浮かべるだけだった。
「差別とかされないで暮らせるなら辞めてもいいんだけどなー」
チラチラ。
「でも難しいだろうなー」
チラチラ。
ほら、何も言わないなら帰れよ。
「そうね」
ちっ。喋りやがった。
「それは難しいかもしれない。でも仕方のないことでしょう?」
「仕方のないこと?」
「えぇ。徒花は神の力を悪用しているんだもの。その罪を償うためには罰を受けなきゃいけないですから」
は?
罪?
罰?
私が望んだわけじゃないのに?
なにそれ。
ふざけんな。
「あ、あの」
その控えめな声が、私の意識を正常に戻した。
心に残った黒い感情。もやもや。
今、私は何をしようとした? このおばさん達を殺そうと? まさかね。人を殺すなんていう自殺行為、間違ってもやらない。
「空木さん、その人達は……?」
いつの間にか近くに茅野奈緒が立っていた。初めて会った時みたいにオドオドしている。戸舞流華が言ってた別の班って猪坂班のことだったのかな。
「神眼教の人達」
「あ、そうなんですか……。こ、こんにちは」
「こんにちは」とダルマおばさんは作り笑顔で軽く会釈をする。「あなた、茅野奈緒さんね。『鉄壁』の川那子沙良さんと同じ班の」
「は、はい」
「ちょうどよかったわ。私ね、彼女にも言いたいことがあるの。ほら、川那子さんのお母さんや妹さん、カフカ様なんでしょう? 一度訊いてみてあげてくれない? 川那子さんに『お母さんや妹さんはあなたがカフカ様と戦うことを望んでいるかしら』って」
なんだその質問。
「は、はい。分かりました。訊いてみます……。あの、私と空木さん、これから出掛ける用事があって……」
「あら、そう? ごめんなさいね、結局長話しちゃって」
少しも悪いと思っていない口調で言ってから、ババア二人組はどこかルンルンとした足取りで帰っていった。背中蹴り飛ばしたい。そんでもってここから突き落としたい。
茅野奈緒は二人の背中を見送ってから私に向き直った。困ったような笑み。
「大変だったね、家まで来るなんて」
「別に。面倒だっただけ。それより、さっきの本当に伝える気?」
「ううん」と茅野奈緒は首を横に振った。「でも、上手く断れる自信もないから」
「まぁ下手な対応して付き纏われると面倒だしね」
まさに今の私である。
背後で解錠音が聞こえて振り返ると、二つ隣の部屋のドアが開いて紋水寺莉乃が顔を覗かせた。
「やっと帰った? さっきの人達」
「気付いてたんだ」
「うん。でも私が出ていくとむしろヒートアップしそうだったから」
あぁ、まぁそれはあるかもしれない。
「二人ともいつでも出れる?」
「うん」という返事が重なる。
「じゃあ行こう」紋水寺莉乃は外廊下に出てドアに鍵をかける。「莉乃はデートが長引いて現地で集合するって」
「ふぅん。で、どこに行くわけ?」
「秘密」
さいですか。