第七話 「トラウマ」
ちょっとばかし筆がのりましたので二日ほど連続で投稿できそうです。
それもこれも、評価をしていただいた皆様のおかげです。
おかげさまで、総合評価ポイントが6→30という感じで上がりました!
5倍ですよ、5倍!これはすごい!と、一人でテンション上がっていましたが、本当に嬉しいです。
これからも頑張っていきます!
アーシャが俺の部屋に遊びに来るようになってから、俺の生活圏は一気に広がった。
それまでサラは俺をあまり部屋の外には出したがらなかったのだが、外に興味をもっている俺の様子を察知したサラは、リディア王妃に掛け合って城外で遊ぶことの許可をもらってくれた。
とはいえ、もともと王宮の敷地内なのだからそれほど危険なことがあるわけではない。せいぜいが軍隊の教練場付近から物騒な音がしているくらいだった。
サラには「まだエドワード様にはお早いですね。」といって教練場には近づけてもらえなかったが、俺自身軍隊にはあまり興味がなかったので問題はなかった。
サラにしてみるとそれまで万が一アーシャに何かあった場合にすぐに部屋に戻れるように、という考えもあって俺を部屋から離さずにいた部分もあったのかもしれない。
こうして、俺の初めての城外進出が決定したのだった。
ところで、なぜ突然俺が部屋の外に興味を持ったのかといえば、実はもともと興味はあったのだ。
ただ、それを切り出す機会がなかった。
というか、前世の頃から引きこもりだった俺にとって、外出することは多少のトラウマを呼び起こすことだったのかもしれない。
しかし、俺が一度も外出したことがないことを知ったアーシャは驚いていた。
「お外は楽しいよ!たくさんお店があるし、キレイなお花もあるし、お散歩したら気持ちいよ!」
そんな言葉に後押しされて俺は外出することを決めた。
「サラ、くれぐれも気を付けてね。街には危ない人もいるかも知れないし……。」
「大丈夫ですリディア王妃殿下、このサラが命に代えましてもお守りいたします。」
リディア王妃とサラは王宮の出入り口付近でそんなやり取りをしている。
大人はそんな風に心配しているようだったが、俺とアーシャは全く気にしていなかった。
アーシャにとっては町は楽しいものであるという認識しかないようだし、現代日本のイメージしかない俺にとってはあまり町が危ない場所だという気がしなかった。
「アーシャは町で何をしたいの?」
「わたしはねぇ、エドワードとお散歩できたら楽しいの!」
「そ、そうなんだ…。」
――だめだ、精神年齢25歳の俺よりも5歳児のアーシャの方がコミュニケーション能力が高い…。
どこぞのリア充のような返答に完全に言葉を失った俺は、気の利いた返しの一つもできずに微妙な返事をしてしまった。
これを素でやっているみたいなのだから、この子の将来は恐ろしい。
「エドワードは何か見たいものあるの?」
「私は、町のお店を見てみたいね。」
「お店ならたくさんあるから、いっぱい見れるといいね!」
「そうだね、サラに連れていってもらおう。」
もちろん、単純な興味でもあるのだが、それ以上にこの世界の通貨や文化レベルが知りたかった。
一応通貨単位が「ルピー」ということだけは知っているのだが、実際に使われているお金や貨幣価値なんかはわからない。
この世界のリンゴ(プールの実というらしい)やパンがいくらなのかを知れば、大体の貨幣価値はわかるかもしれない。
そういった意味でも、この外出は楽しみだった。
心配のあまり涙を見せ始めたリディア王妃をなんとか振り切って俺達は城を出た。
後ろの方で「気を付けてね~」という声や「落ちてるものを拾って食べたらダメよ~」などと言った声が聞こえてくるが、とりあえず聞こえないふりをしておく。
城の敷地は思っていたよりも広く、城門前までは10分以上かかった。もしかしたら前世の俺ならば歩くだけで嫌になっていたかもしれないが、今世の俺は普段から筋トレやランニング(室内だが)をしてそれなりに鍛えているので、疲れなどは一切ない。
というか、子どもの頃はあまり疲れるという感覚がわからなかったような気がする。
それに、隣にいるアーシャやサラと話しながら歩いてきたのであまり距離が気にならなかったのだ。
城門前まで来るとサラがどこからともなく取り出した紙切れのようなものを門番に見せていた。
二言三言交わすと、門番は俺の方に向き直り胸の前で腕を水平に掲げる。どうやらこれがこの世界での敬礼らしい。
よくわからなかったので俺も同じポーズを門番に返すとずいぶん恐縮されてしまった。
「な、なんと恐れ多い!」
といいながら慌て始める門番。すこし申し訳ないことをした。
なぜだかそのとき、アーシャは不思議そうな顔をしていた。
こうして 、ゆっくりと開かれる巨大な城門は、ちょうど人が一人分通れるだけ開くと動きを止めた。
気が付くと、俺は足が固まっていることに気づいた。
もちろん物理的に固まっているわけではない。俺はとてつもなく緊張していたのだ。
「どうしましたか、エドワード様?」
「い、いや、なんでもない…。」
そう返答しながらも、俺の足は一向に動かない。
――なんだ、俺、そんなにビビってたのか?
自分でも何が何だかわからない。
――なんでだよ?だって、前世の俺だって結局外に出られたのに…。
ふと、俺が日本で最後に過ごした日を思い出す。
――あぁ、そうか。俺の外での記憶は、嫌なことで終わってるんだっけ…。
途端にフラッシュバックする最後の日。コンビニであいつと出会った記憶。あいつから必死に逃げた記憶。そして、目の前に迫るトラックのクラクションが聞こえた気がして、俺は一気に体温が下がったような錯覚に陥った。
「エドワード様?エドワード様!?」
耳元でサラの声が聞こえる。いや、遠くだろうか。
音の感覚が何だかおかしい。
目の前に霞がかかってよく見えない。自分の手が自分じゃないみたいだ。
世界がぐるぐるまわりはじめ、そうかと思えば異常にはっきりと感じる汗の感覚。
――だめだ、これは、気が……、とお……く……。
「エドワード!!」
不思議と、その声だけははっきりと聞こえた。
目の前にはアーシャの心配する表情だけが映る。気が付けば俺の手はアーシャに固く握りしめられていた。
「大丈夫?エドワード。すごく怖そうな顔してた。」
「あぁ…。うん……。」
不思議と、アーシャの手の感触を感じてからは平気だった。
小さくて、柔らかい。まだ幼い子どもの手だというのに。俺は間違いなく、その手に安心感を得ていた。
「もう大丈夫。ちょっと立ちくらみがしただけさ。」
「本当でございますか!?体調がすぐれないのでしたら、お城に戻ってお休みになられた方が…。」
「それはだめだ!」
思わず大きな声がでてしまった。だが、それはダメだ。せっかくアーシャが楽しみにしていたのだから、サラが準備をしてくれたのだから。そして、リディア王妃が、いや、母さんがあれほど心配してくれていたのだから。
これ以上母に心配をかけるような要素を増やしてはいけないと、反射的に考えが浮かんだ自分に気が付き、俺は初めて、自分がリディア王妃の息子なのだと心の底から理解できた気がした。
もちろん、このことはサラがリディアに報告するだろう。
それを聞けばどっちみち彼女は心配するかもしれない。だがしかし、そうして逃げ帰ってくるのと、何事もなかったように町で遊んでくるのとでは、違う気がしたのだ。
「私はもう大丈夫。サラ、そんなに心配するようなことではないよ。」
笑顔でそういう俺に、サラは納得したようには見えなかったが、しぶしぶながら了承してくれた。
――ありがとうサラ。わがままを言ってしまったなぁ。
少しの後悔と同時に、自分の身に起こった現象を考えた。
――多分、外に出ることがトラウマになってるんだろうな。
無理もない。外出は俺にとって良い思い出がなくなってしまっている。小さなころにあった、楽しかっただろう思い出などとうに忘れた。
今の自分の中にある、家の外の思い出はつらいものばかりだ。
――じゃあ、なんで復活できたんだろう?
理由を考え始めたところで、右手に感じる温かい感触に疑問を覚えた。
目を向けると、そこには左手があった。
俺の右手が握りしめる、左手。
俺はゆっくりと目線を上げていった。
――あれ?なんで私はアーシャと手をつないでいるんだ?
そこにいたのは当然のごとくアーシャだった。
「エドワード、顔赤いよ?」
気が付けば俺はアーシャのことをずいぶん長く見つめていた。そんな俺の視線に気づいたアーシャが、俺を見て顔を赤いという。
これはいけない。これでは俺は完全にHENTAIだ。
ここは華麗に気の利いたセリフを返して、お茶を濁すしかない。
「そ、そそ、そ、そそそ、そうだろうか!?」
――ダメだったー!!
もう何が何だかわからなかった。俺の意識の中ではなぜアーシャと手をつないでいるのかもわからなければ、なぜ俺の顔が赤いのかもわからないし、なぜサラがさっきまでの心配していた表情から一変してニヤニヤと生暖かいものを見る目でこちらを見ているのかもまったくわからない。
先ほどまでとはまた違うパニック状態になった俺を正気に戻したのは、またしてもアーシャの言葉だった。
「見て!エドワード、町だよ!」
声を聞いて、反射的にうつむいていた顔を上げた。
その瞬間、俺に目に飛び込んできたのは、ゲームや漫画やアニメでしか見たことのないような、まるで古いヨーロッパの街並みのような景色だった。
「………すごい…。」
すごい以外の感想が出てこなかった貧困なボキャブラリーが今日ほど恨めしいと思ったことはなかった。それほどまでに、町の景色は綺麗だった。
決して高い建物が建っているわけではない。派手な電光掲示板があるわけでも、様々な色の屋根が並んでいるわけでも、最先端の科学技術の結晶のような前衛的な建物が建っているわけでもない。
むしろ、建物は低く、色味は少なく、同じような屋根の並ぶどこか古臭さの感じられる町だ。
だがしかし、現代日本に住んでいては決して見ることのできなかった景色がそこにはあった。
「ね?きれいでしょ?来てよかったでしょ?」
そうひっきりなしに聞いてくるアーシャに、俺は感謝をした。
俺を外に連れ出してくれたのは彼女だった。ここまで連れてきてくれたのも、トラウマを押さえてくれたのも、こんなに小さな、だがとても無邪気で笑顔の魅力的な彼女だった。
「アーシャ…。」
「なぁに、エドワード?」
「ありがとう、私をここまで連れてきてくれて。本当に嬉しいよ。」
キョトンとした顔をした後、彼女は笑顔でこういった。
「どういたしまして!」
そんな私たちの様子を、サラは相変わらずのニヤニヤ顔で見つめているのだった。