第六話 「再会」
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5年の間、予定らしい予定というものがない毎日を送っていたということに気づいたのは、クロエ先生の授業を受けるようになって一週間ほどたったころだった。
クロエ先生は毎日決まって9時に部屋を訪れ、12時ちょうどの笛の音と同時に授業を終わらせた。その規則正しい生活リズムは、自分が学校に通っていたころを思い出させる。
普段ならば学校のことを思い出すのは苦痛で仕方ないのだが、不思議なことにこの時だけはそれも一切気にならなかった。
はじめは魔法に関する授業ばかりを行っていたが、4日目にして俺がこちらの世界の常識をまったく知らないことがばれた。
「文字も書ける、算術もできる、科学に通じているし、政治や経済の知識もあるというのに…。なぜ、レンジの実を知らないのですか!?」
そんなことを言われても、知らないもんは知らないんだ!と言いかけて止めた。
確かに俺の知識の偏りはひどいものがあるようだ。
この世界の知識が圧倒的に不足しているということは、自分でもわかっていた。
このままでは常識のない人間になってしまうと思った俺は、クロエ先生に家庭教師としてこの世界の常識を教えてくれるように頼んだ。
今日も12時きっかりに授業を終えたクロエ先生は、しかし部屋を出るときにいつもとは違う行動をしてみせた。
「……そういえばエドワード、いつも部屋の前にいる女の子は誰なのですか?」
「女の子ですか?……メイドではなく?」
「えぇ、いつも部屋を出ていくときに見たことのない女の子がいるのです。私が出ていくとすぐに逃げてしまうので、しっかりと顔を見たことはないのですが……。」
逃げていくと聞いて、怪しい泥棒のような風体を想像してしまったが、そんなこともないだろう。王宮の中にそんな簡単に泥棒が侵入できるとも思えない。
「その女の子というのは何歳ぐらいの子でしょうか。」
「そうですね……。おそらく、エドワードと同じくらいか、少し年上かもしれません。」
クロエ先生の話通りならば5歳ぐらいということだろう。
そんな年齢の女の子で、この部屋の周りにいても怪しまれない人物など、かなり限られていると思う。
しかし、あいにくとほとんどこの部屋から出たことのない俺にとっては心当たりなどまったくなかった。
「すみません、見当もつきません。」
「そうですか……。後でメイドさんにでも聞いてみましょうか。」
クロエ先生は少しの間すっきりしない顔を浮かべていたが、思い直したように顔を引き締め、毎度のごとく礼儀正しい挨拶をして部屋を出ていく。
先ほどの話が気になった俺は、クロエ先生を見送るためと言って部屋から顔を出した。
「っ……!」
誰かの息を飲むような声が聞こえた。
瞬間、視界の端に走り去る少女の後ろ姿をとらえた。
見るからに子どもとわかる身長に、頭の両サイドを結んだ、所謂ツインテールと呼ばれる髪型が揺れている。
髪の色はサラよりも少し薄い茶色で、メイド服のようなものを着ている。
声をかける間もなく走り去る彼女は、廊下の角を曲がって姿が見えなくなってしまい、その正体を知る機会は失われてしまった。
「先生の言っていた女の子というのは、さっきのあの子でしょうか。」
「えぇそうです。今日もやはりいましたね。」
「誰なのでしょうか。王宮にいるということは僕の兄弟でしょうか。」
兄弟などいないと知っていてとぼけてみる。
「陛下にエドワード以外のお子様はいらっしゃいませんので、それはないと思いますが…。使用人の子どもという可能性はありますね。」
俺は使用人の子どもが王宮内に暮らしているという事実を初めて知った。
「そういうこともあるのですか?」
「もちろんです。特にメイドや料理人は王宮に常駐しなければいけませんから。部屋をあたえられているんですよ。」
確かにメイドや料理人がいちいち王宮の外から通っていては大変だ。
言われて見れば当然なのだが、使用人たちの部屋というものを見たことがなかったため考えたこと自体がなかった。
やはり俺はこの部屋の中以外のことを知らなすぎる。
せいぜい部屋を出てメイドの立ち話を盗み聞きするぐらいのことしかしてこなかった俺は、自分が住んでいる王宮を外から眺めたことすらないのだ。
俺はひそかにこの王宮内を探検することに決めたのだった。
次の日。俺はさっそく王宮内の探索を試みた。
午前中はクロエ先生との勉強があるため動くことはできなかったが、午後からは比較的暇になる。
午後はいつもサラが遊び相手になってくれているため、もし城内の探検に行きたいといえばサラはついてきてくれるかもしれない。
しかし、それではおそらく自由に探検することはできないと思う。
特に使用人の部屋などは「王子に見せるような場所ではない」といわれて見せてもらえないかもしれない。そう考えた俺はサラを出し抜くことに決めた。
昼食後、少し眠くなってきたと嘘をついてサラをお昼寝に誘った。
「では子守歌を歌ってさしあげますから、ゆっくりお休みくださいね。」
「いいや、さすがに私もそんな年齢ではないよ。」
「あ、そうでございますか…。アーシャは喜んでくれるのですが…。」
純粋な5歳児であれば喜ぶだろうが、さすがに25歳の意識の俺からすればそれほど嬉しくはない。
「それよりも、サラも一緒に寝よう。」
「えぇ!わ、私も、でございますか!?そんな、殿下…。(ポッ)」
いやいやいやいやサラさん、何故頬を赤らめるのですか。
別に変な意味じゃありませんよ!というか、一応外見は5歳児の俺に対してその反応は色々やばい気がする…。
「サラはいつも私の相手をしてくれているからね。疲れも溜まっているのではないかな。この機会にゆっくり休んで欲しいんだ。」
「そ、そうでございますか。それでは、お言葉に甘えまして、一緒にお昼寝いたしましょう。」
サラさんの怪しい一面を垣間見てしまった気がするが、とりあえず計画の第一段階は成功した。
ベッドに入って5分ほどの間はサラも意識を保っていたが、ほどなくしてサラの瞼が落ち始めた。
やはり使用人としての仕事はかなり忙しいようだ。
ベッドに入り緊張も解けたのか、サラはすぐに小さな寝息を立て始めた。
俺はこっそりとベッドを抜け出すと、もしサラが起きたときに俺がいないことで慌ててしまわないように書置きを残してから部屋を出た。
俺の知っている王宮は非常に狭いものだった。
自分の部屋を出て廊下を歩いているといかに自分が狭い世界しか知らなかったかを実感させられる。考えてみれば、王宮内で言ったことがある場所も、自室と食堂、後は数回リア王と接見した時に訪れた王座のある部屋ぐらいのものだ。
俺はあえて自分が一度も進んだことのない道を選んで進んだ。多少の不安を感じている自分に気づき、なんだかおかしくなってしまう。
曲がり角を4度ほど曲がると、既に俺の記憶の中には存在しない景色が広がっていた。
――ここは、既にどこだかわからないな。ドアがたくさんあるということは、見るからに部屋数が多いということかな?
まっすぐ伸びた廊下には一定間隔でドアが備え付けられており、かなりの数の部屋があることがわかる。
ドアに装飾はほとんどされていないが、名前が書かれた木の板がかけられている。よく見れば部屋と部屋との感覚がかなり狭いことに気づく。
――たぶん、ここが使用人の部屋、なんだろうな。
そう思って見てみると女性の名前ばかりが書かれていることにも気付かされた。
おそらくサラもこのようなところに住んでいるのだろう。もしかしたら俺の世話係ということで多少なりとも良い部屋に住んでいるかもしれないが、この部屋のどこかに住んでいたこともあったはずである。
「なんか、改めて俺の立場を理解させられた気がするなぁ。」
自分の環境が恵まれていることに気づき、少し申し訳ない気持ちになった。
とぼとぼとした足取りで廊下を進んでいくと、突き当りまで来てしまった。
――あれ、ここだけドアの間隔が広いな。
突き当りの壁にほど近い位置にあったドアは、明らかにほかのドアとは違う間隔で付けられている。おそらくこの部屋だけ他よりも広くなっているのだろう。
何気なく見たネームプレートには何度か見たことのある字で「サラ」と書かれていた。
俺は不思議な胸の高鳴りを感じた。
普段決して生活感を感じさせないサラの日常がこの部屋の中にある。そう考えると、とてもいけない物をのぞこうとしているような気持になる。
俺は無意識のうちにドアノブに手をかけていた。
握りしめたドアノブを、ゆっくりと回す……。
「ガチッ!」
回したはずのドアノブは、何かに引っかかるような手ごたえをかえしてきた。
――カギか…。
考えれば当然のことである。いくら城内とはいえ、自室にカギもかけずに外出するやつはいない。俺のような変態に出くわさないとも限らないのだから。
そう考えて、ドアノブから手を放した瞬間、ドアは大きな音とともに勢いよく開かれた。
「お母さん!おかえりなさい!」
同時に聞こえてきたのは、まだ幼い少女の弾むような声だった。
何が何やらわからない間に、少女は俺に飛びついてきたかと思うと、その小さな腕に思いきり抱きしめられた。
「こんなに早く帰ってくるなんて!珍し…い……ね……?あれ?お母さんじゃない?」
――よくアニメなんかで先生をお母さんって呼んじゃうエピソードあるよなぁ。
そんな現実逃避をしながら、思わず学校を思い出してしまい若干テンションが下がった俺だったが、気を取り直して今の状況を冷静に考えなおしてみることにした。
サラの部屋と思われる場所から、5歳くらいの女の子が飛び出してきた。
そしてその子に「お母さん」と呼ばれた。サラのような茶色の髪の毛だが、少しサラよりも色味の薄い茶色の髪の女の子に呼ばれた。おまけに、とてもかわいい女の子に、である。
これらの情報が導き出す答えは……。
=この子がアーシャである。
「ご、ごめんね!お母さんだと思ったの…。」
「い、いや、大丈夫です。少し驚きましたが…。」
突然のことに、素の喋り方が出てしまう。どうにも王族らしい喋り方というのには慣れない。
そうこうしているうちにアーシャは慌てて俺から離れた。少し寂しそうな顔からは母親への愛情を感じることができる。まだまだお母さんが恋しい年齢というわけだ。
俺はそんな風に考えながら向きなおり、改めてアーシャの顔を落ち着いて見てみて驚いた。
――うわっ、すごい美少女だ!
大きな黒い瞳にスッと通った鼻立ち、小さく少し薄めの唇がかわいらしい。恥ずかしさからか、ほんのりと赤く色づいている頬がもともとの可愛さをさらに際立たせた、まごうことなき美少女がいる。
最後にアーシャを見たのはまだ彼女が1歳ごろだったので、これほどの美少女に成長しているとは思わなかった。というか、5歳でこれならば将来が末恐ろしい。
ふと気が付くと髪の色はサラよりも少し薄い茶色で、ツインテールにしている。
――あれ?この髪型、最近見たような……。
どこで見たのだったかと思案していると、アーシェが驚いたような声を上げた。
「あれ?エドワード様だ!」
「ぼく……、いえ、私のことを知っているのですか?」
「もちろん!お母さんがいつもエドワード様のことをお話してくれるから。」
なるほど、そういうことならばわかる。
そう思ったが、一応彼女の素性を確認することにした。
「君のお母さんというのは、誰なのでしょう?」
「お母さん?お母さんはね、サラっていうの。」
――やっぱりそうか…。サラさん、あなたの娘さんは、将来かなりの美人さんになりそうですね…。
少し遠い目をしてしまったが、すぐに気を取り直す。
どうやら、この美少女はアーシャらしい。俺は本当に驚いていた。
――あれ?でも、この子はどうして俺がエドワードだと気づいたんだ?俺が彼女をわからないんだから、直接会ったことは1歳のころからなかったはずなんだけどな…。
「あなたは、アーシャですよね?」
「わたしのこと知ってるの!」
「ええ、サラから話を聞いていますから。」
「うわー!えへへ…、なんかうれしいなぁ。」
――な、なんだこの生物は…。かわいすぎるじゃないか!いや!俺はロリコンではない!
「そ、そうですか…。いえ、それよりも、なぜ私がエドワードだとわかったのですか?」
「えっ!そ、それは…。えと、なんとなく、そうなのかなぁって…。」
これではさすがに嘘だとわかる。
俺はいぶかしむような目でアーシャを見つめる。アーシャは焦った様子で手をバタバタとさせていたが、少し考えてから俺に向きなおり頭を下げてきた。
「ごめんなさい!わたし、エドワード様のお部屋に何度か遊びに行ったの…。」
「遊びに、ですか?」
「うん…。でも、勝手にお部屋に入っちゃだめって言われてたから…。」
「サラに言われていたのですか?」
「うん。でも、どうしても行ってみたかったから、ドアの前まででがまんしたよ?」
なるほど、謎が解けた。要するに、彼女は俺のことを一方的に見たことがあるわけだ。
昨日見たツインテールの後ろ姿とアーシャの姿が重なる。
しかし、なぜわざわざ俺の部屋に…。
「サラが帰ってくるまで、アーシャは何をしているのですか?」
「お掃除したり、お洗濯したり、お昼寝したり、ご本を読んだり、ちょっとお勉強したり…。」
「お友達と遊んだりはしないのですか?」
「お友達、いないの…。」
こんなに可愛い子がいて友達にならないなんて、周りのやつらは何をしているんだ!と思ったが、どうやら話を聞くに、王宮の中には今俺たちと同じ年代の子どもがほとんどないらしい。
というか、子どもができた使用人は仕事を続けていくのが難しいことを理由に退職するものが多いらしく、そもそもの子どもの数がほとんどいないそうなのだ。
気が付けば、怒られると思っているのか、アーシャは今にも泣きそうな表情をしている。
確かに人の部屋に勝手に入ってはいけないが、子どものすることである。怒るようなことではない、気がする。
少し精神的にも余裕が出てきた俺は、少し口調を変えて話しかける。
「そうか、じゃあ、一緒にサラに謝りに行こうか。」
「一緒に、いいの?」
「もちろん。そして、私と友達になろう。そうすれば勝手に部屋にくるわけじゃなくなるし、一緒に遊ぶこともできる。」
アーシャは先ほどまでの泣きそうな顔が嘘のように、太陽のように光り輝く素晴らしい笑顔を見せた。
「ほんと!?お友達になってくれるの?」
「もちろん。」
考えてみればこの少女は俺がサラと過ごしている間ずっと、一人でこの部屋で遊んでいるわけだ。
まだお母さんの愛情が恋しい年齢だろうに、こうして寂しさを必死にこらえているのだ。
俺にはアーシャの遊び相手になってあげるくらいのことしかできない。
「そうと決めたら、私の部屋へ行こう。サラに事情を説明して、今度からはサラと一緒に私の部屋へ来るといい。」
「ほ、ほんとにいいの?怒られない?」
「大丈夫。しっかりと頼めば怒られないさ。」
「うれしい!ありがとう!エドワード様だいすき!」
そうして再び飛びついてくるアーシャから不意に言われた「だいすき」に、不覚にも俺はときめいてしまった。
――な、なにを動揺してるんだ俺は!5歳児の「だいすき」に特別な意味なんてないぞ!
しばらくの間、俺はアーシャに抱き着かれたままの姿勢で固まってしまうのだった。
こうして、部屋に戻った俺はサラに事情を説明してこれからはアーシャを連れてくるように頼んだ。
「私はエドワード様がよいとおっしゃるならば一向に構いません。むしろ、娘と遊んでいただけるなんて、申し訳ないほどです。」
サラの説得は思っていた以上に簡単だった。
もともとサラもアーシャを部屋に一人残してくることは心配していたらしい。
しかし、保育施設なんてあるわけもないこの世界では、どうすることもできなかったらしい。
ただし、子どもも重要な労働力であるこの世界では、5歳の子どもは十分働けるということで、アーシャには家事の多くを任せているらしい。それらの家事をしっかりとこなすことが条件として追加された。
「エドワードさま、おともだちになってくれて、本当にありがとう!」
そういったアーシャは、あれからずっと俺の腕を抱えて離さない。
前世では強がりながらもひそかに憧れていた「女の子と腕を組んで歩く」を実現できて嬉しいのだが、実際にやってみると少し気恥ずかしい。
というか、相手は5歳児だし、外見的には俺も5歳児だ。あまり意識していたらそれはそれで気持ちが悪い。
そんな内面の葛藤がありながらも、横を見るとアーシャの素晴らしい笑顔があり、細かいことを気にするのがなんだかばかばかしく思えてきた。
こうして、俺とアーシェは友達として4年ぶりの再会を果たしたのだった。
ちなみに、サラにはアーシャよりも俺のほうが怒られた。
勝手に部屋をぬけだしたのはやはりまずかったらしい。初めてサラに怒られた俺は不覚にも少し泣いてしまった。(怒ったサラはかなり怖かった)
俺は本来の目的だった城内探検が実現するのはいつになるのか、思いをはせるのだった。