第五.五話 「運命の出会い」
長い間更新ストップしてしまってすいませんでした。
お盆で実家に帰省していたのですが、パソコンを持っていくのを忘れて、仙人のような生活を送ってました。
さて、今回は閑話という感じです。ストーリーが進みません、すいません・・・。
しかも、視点が変わって語られているのですが、これが非常に難しくてですね、正直うまく書けませんでした。
生暖かい目で見てやってください・・・。
クロエは王宮にある自分の執務室で、お気に入りの椅子に深く腰掛けながら、翌日の授業内容を考えていた。
家庭教師という仕事は、クロエにとってあまり気の進むものではなかった。
クロエ自身勉強は好きなものであったし、人に教えるという行為も決して嫌いではない。
しかし、教える相手がどうにも気の進まない相手であった。
――いくら天才少年と言われてるからって、5歳から本格的な勉強なんて必要なのかしら。
相手が王族だというのはまだいい。クロエも一応王族であるし、それを気にする必要はないと、国王自身が言っていたからだ。
クロエが気にしていたのは相手の年齢であった。
家庭教師をする相手があまりにも子どもすぎることがクロエにとっての悩みの種なのだ。
仮にも王国の中で最年少の宰相就任を果たすほどの天才少女と呼ばれた自分ですら、5歳の時点ではまだ基礎的な算術や文字の学習をしていた。それだというのに、エドワード王子に対して行う教育は政治学や経済学など、国政関連の専門授業を行うのだとか。
それほどの教育を行う相手が、5歳の子どもだという事実は、クロエの意欲を大きく低下させていた。
また、子どもの相手をしたことのないクロエにとって、5歳の少年とどのような付き合い方をすればいいのかわからなかったことも、気が進まない理由であった。
先ほどから何度も書き直しをしている授業計画書は、既に白紙の部分のほうが少なくなっているというのに具体的な計画はほとんど立っていなかった。
――もういいや、明日はエドワード王子の学力を測るためとか言って適当なテストをしよう…。
クロエは持っていた羽ペンを放りだし、無理を言って置いてもらっている簡易ベッドに寝ころんだ。
簡素なつくりではあるものの、クロエ一人が寝る程度ならば十分すぎる木製のベッドは、クロエの疲れ切った心と体を受け止めきれず、ギシリと音を立てた。
クロエはこの仕事を引き受けてしまった昨日の自分に恨み言をつぶやきながら、夢の世界へと現実逃避をするのだった。
翌日、クロエが重い足取りで執務室のドアを開けると、そこには後宮付きのメイドが深々とお辞儀をしたままの姿で待機していた。
「お、おはようございます…。あの、なぜ私の部屋の前に?」
「おはようございます。クロエ・リンデンブルク様。後宮へのご案内のため、お待ちしておりました。」
そういって顔を上げたメイドは、クロエの返答も待たずにそそくさと歩き出した。
クロエは慌ててメイドの後をついていく。
ベリーズ王宮は宮殿内が迷路のように入り組んでいるという特徴があった。
これは外敵を簡単に王の部屋へ行かせないようにするための仕掛けではあったが、同時に王宮内で働く人にとっても簡単に目的の部屋にはいけない作りであるという不便な部分がある。
王宮に勤め始めて半年しかたっていないクロエは、この迷路のような城内を自由に移動することはまだできなかったのだ。
クロエは後宮への道のりを必死に覚えながら、何度目になるかわからないため息をこぼした。
エドワード王子の部屋は、後宮の中にある。
本来は子どもであっても後宮に立ち入ることはできないのだが、10歳になるまでに限り王子の生活が認められている。
この10歳という年齢は、一般的に王族の子どもが教育を受け始める年齢であった。男子は国王としての教育を、女子は女性としての教養を身に着けるための教育を施されるのだ。
王子の教育係を任されるのは一般的に男性だった。
理由は単純で女性の学者の数が少ないためだ。男性が教育係を行うことでこれまでこれといった問題は起こっていなかったのだ。
しかし、エドワード王子に関してはそれが大きな問題になった。
後宮は基本的に男子禁制である。そのため、仮に早い時期から家庭教師を付けようとしても男性が後宮に入ることができないのである。
――いくら女性の文官が少ないからって、年齢が近いってだけで私にしなくてもいいのに。
これまでの王国の歴史上でもかなり珍しい女性の教育係が生まれたのには、そんな異例の出来事が重なったという背景があった。
5分ほど歩いただろうか。道を覚えるのがあまり得意ではないクロエはすでに何度目になるかわからない曲がり角を覚えることを放棄し、帰りもこのメイドに道案内をしてもらおうと心に決めていた。
ふと、メイドが立ち止まる。
クロエのほうに向きなおり、軽くお辞儀をした。
「お疲れ様でした。エドワード王子のお部屋はこちらになります。」
「あぁ、ありがとう。」
「いえ、それでは部屋の前に待機しておりますのでお帰りの際はお声かけください。」
クロエが少し驚いた顔をすると、メイドは薄く笑った。
――よし、気を引き締めてお仕事しなくちゃ。
ここまで来たら覚悟を決めるしかないと決意し、クロエは目の前のドアをノックした。
コンコンコン
少し待つが反応がない。
メイドのほうを見やるが、彼女も少し不安げな顔をしている。
――ノックが少し小さかったのかな?
クロエはもう一度、少し強めにドアを叩いた。
コン、コン、コン、
……、やはり反応がない。
メイドはいよいよ不安気な色を強くしている。
――もう一度…。
本来ならば不敬に当たるといわれてもおかしくないほど、強くドアを叩く。
コンコンコンコン!
やはり反応が返ってこないことに、クロエは苛立ちを隠せずにいた。
――もう帰ってしまいましょうか…。
部屋を訪ねた時点で勤めは果たしている。約束の時間に不在の王子が悪いのだ。
そんな自分本位の思いが頭をよぎり、慌てて考えを改める。
しかし、反応が返ってこないのも事実。仕方なく、クロエは扉に手をかけた。
ゆっくりと扉を引くと、思いのほか軽い力で扉は開いた。
――なによ、開いてるじゃない。
クロエは王子が在室かどうかを確認するために部屋の中を見ることにした。
もしいないならば堂々と言い訳ができる。私は王子の部屋まで行ったのだが、王子が不在だったのだ、と。
もちろん、本気でそう思っているわけではないが、まず自室を探さないことにはどうしようもない。
頭だけを動かし部屋の中を見る。
するとそこには、メイドに後ろから抱きしめられる、天使のような顔をした王子の姿があった。
「すみません、一応ノックはしたのですよ。10回ほど。ですが、返事がありませんでしたので…。」
言い訳をするクロエ自身、不思議な気分だった。
目の前にいる王子はずいぶんと顔を赤くして恥ずかしがっているようだ。
ふわふわの金髪を少し短めに切りそろえ、子どもらしい柔らかそうな肌を赤く染め、真っ青な瞳は恥ずかしそうにひたすらに下を向いている。
クロエがこれまでに出会ったどんな少年よりも、エドワード王子はかわいらしい顔立ちをしていた。
――すごい美少年。王妃殿下もきれいな方だけど、この子はきっとそれ以上に美しい王子様になりますね。
俗なことを考えていると自分でもわかっているが、そんな考えをせずにはいられなかった。
エドワード王子はひとしきり慌てた後観念したようにおとなしくなり、先ほどまで座っていた椅子に再び腰かけた。
そんな仕草の一つ一つがかわいらしい。
天才少年らしいという噂は聞いていたが、これほどの美少年だとはクロエは聞かされていなかった。
一目で、クロエはエドワードのファンになっていた。
ふと気が付くと王子を抱きしめていたメイドがお茶の準備を始めている。
おそらく、彼女もエドワードのファンなのだろう。
――お世話をする合間を縫ってふとした隙を伺い、王子にあのようなちょっかいをかけるなどなんて悪い女だ。私も混ぜろ。
もし今自分の頭の中をのぞかれたら間違いなく変態認定されてしまうな、などとくだらないことを考えながら、お茶の準備をしながらも顔を真っ赤に染めているメイドの姿を目で追った。
お茶の準備ができると、メイドはそそくさと部屋を出ていった。
クロエの目の前には変わらず顔を赤く染める王子ただ一人。
――ここは年上の私が話を進めないとダメかな。
「改めまして、ご挨拶させていただきます。本日より、エドワード殿下の家庭教師の任を仰せつかりました。クロエ・リンデンブルクと申します。」
「あ、うん。っじゃなくて、うむ。私がエドワードだ。これからよろしく頼む。」
エドワードは自分の動揺を隠そうと必死に取り繕っている様子だった。
クロエはそんなエドワードの様子をうかがいながらも、話を続けた。
「あの、先ほどの女性は…?」
あまり聞く気はなかったはずだったのだが、気が付けば口が動いていた。
エドワードはその言葉に強く反応していた。はじめは恥ずかしがるように。少しすると真剣な顔をして何事かをつぶやき始めた。
しばらくの逡巡の後、エドワードはまるで何かから吹っ切れたようにはっきりと彼女が乳母であるということを。
――てっきり、彼女もエドワード王子ファンの女性だと思ったのに…。
クロエはそんなことを考えながら、この愛らしい王子の一挙一動を楽しんでいた。
エドワード王子とのやり取りの中で、クロエはこの5歳の子どもがとても頭の良い人間だということ気づかされた。
子どもらしい天真爛漫さはなく、むしろ年齢からすれば異常なほど落ち着いていることに、軽い恐怖を覚えるほどだった。
なにより、エドワードの話し方に、クロエは強い違和感を覚えていた。
――まるで、年上の人と話しているみたい。
口調こそ少年らしいものだが、話す内容はとても5歳の少年だとは思えない。
理路整然と、相手を慮るような話し方をするこの少年に、クロエは益々興味がわくのだった。
しばらく雑談をした後、クロエは自分の仕事を思い出し授業を始めることにした。
「それでは、さっそく授業を始めますね。」
とはいえ、今日は授業らしい授業ができない。昨日の自分をしかりつけてやりたい気持ちを抑え、予定通り授業を行うことにした。
今日の授業についてエドワードに説明をし、いくつか質問をしていく。
これは思っていたより期待できるかも、などと考えていたクロエの予想は、すぐに裏切られることとなった。
手始めに文字について尋ねてみた。当然のように答えるエドワードに、クロエは安心感のようなものを感じる。これぐらいの質問には答えられなければ。
しかし、次に聞いた算術でも、エドワードは驚くほどの速さで回答を言ってのける。
単純な数字の加法減法だけではない、自分でさえ計算に多少の時間はかかる乗法や除法まで、まるで答えを知っているかのような早さで回答を口にする。
エドワードの知識はそれだけにとどまらない。
底の知れないエドワードの知識量に、クロエは軽い眩暈を覚えた。
――なに、この子。文字も、算術も、いいえ、それだけじゃないわ。政治も経済も、物理も化学もなにもかも。この知識はなんなの?これじゃあまるで、私よりも…。
そう、おそらくこの子は自分よりも頭がいい。
――私より頭がいい人に出会うのは、うれしいこと。でも、その相手が自分よりも10も年下の少年だなんて…。なにより、これじゃあ私が家庭教師につく意味がないわ…。
自然と自分の顔がこわばっていくのを感じる。無理もないことだが、何か一つくらい自分がこの仕事をする意味を見つけなければ。
そんな思いに駆られ、クロエは本来予定になかった質問をすることにした。
「それでは、最後に。エドワードは魔法を使えますか?」
エドワードは一瞬驚いたような顔をして、すぐに迷うような表情を浮かべた。
今までどんな質問にも答えてきた彼が、あからさまに返答に困った顔をしている。
「その反応から察するに、魔法の存在は知らないようですね?」
聞いてからクロエは自分を恥じた。
――こんな少年と知識くらべをしている。なんてあさましい。
しかし、出してしまった言葉をなかったことにはできない。
エドワードはそんなクロエの葛藤など知らないとばかりに、魔法の存在に興奮した様子を見せている。その姿はクロエがこれまでの中で初めて見る、エドワードの年相応の一面だった。
一通り魔法について説明すると、エドワードはクロエの魔法を知りたがった。
あまりほめられるような魔法ではないだけに明かすことを一瞬ためらったが、エドワードの素直なまなざしにあてられ、説明をすることにした。
「私の魔法は大したことありません。鳥を操ることができる能力です。」
謙遜ではない。本当に大したことのない能力だ。
エドワードもあまり驚いた様子がない。がっかりさせてしまったかと心配する。具体的に何をできるのか聞かれたので大まかに説明をすると、とたんに表情が変わった。
「それはすごい能力ですね!僕もそういうのに憧れます。」
興奮気味にそういわれると、お世辞とわかっていてもうれしいものだ。
クロエは謙遜しながら少しほほを赤らめた。
しかし、エドワードの攻撃はそれだけではなかったのだ。
「ですが、クロエ先生の魔法も素晴らしいと思います。何より、クロエ先生のイメージにぴったりです!」
「私のイメージですか?」
「はい。クロエ先生は鳥や動物と戯れる、森の精霊のように美しい方ですから!」
完全に不意打ちだった。
――な、な、なな…!なにをっ……!そんなこと、一度も言われたことありません…!
あぁ、だ、ダメです、顔が、赤くなっちゃう…。こ、こんな顔みせられません…!
今まで勉強や仕事に明け暮れていた自分に、そんな言葉をかける男などいなかった。自分自身、男から見て魅力的に映るように、などということに意識を向けたことがなかったし、容姿に自信があるわけでもなかった。
だというのに、この子どもはそんな自分を美しいと言った。あまつさえ、森の精霊とまで形容してくれた。
クロエは自分の胸の高鳴りが信じられなかった。
「っ……、あまり、そういうことは言わない方がよいかもしれません…。勘違いする方も、いると思いますっ。」
どうしていいかわからず、やっとの思いで吐き出した言葉はうれしさと恥ずかしさが織り交ざった何とも言えないセリフになってしまった。
その後、何とか魔法の指導を開始し、エドワードの魔法があっけなく発現したことに驚きと少しの落胆を感じ、思わず「家庭教師を続けてさせてください」と言ってしまったあたりで、クロエの記憶は飛んでいた。
意識が戻ったとき、クロエは自室のベッドに寝ころんでいた。
あれからどうしたのかよく覚えていない。
――たしか、家庭教師を続けさせてくださいとかわけのわからないことを口走っていたような気がします。
記憶の片隅にエドワードがうなずく姿が残っている気がして、クロエは次の日も家庭教師として彼のもとを訪ねていいのか小一時間悩むことになった。
最終的に、行く必要が無くなっていて行ってしまうことよりも、行かなければいけないのに行かなかった場合のほうがまずいという考えに至り、エドワードの元をだ図寝ることに決めた。
それから、クロエはあの優秀すぎる少年の顔を思い出すたび、理由の分からない動機や熱っぽさに悩まされ、一睡もできずに朝を迎えることとなった。