第五話 「歌と魔法と美少女と」
おかしい。
はやくヒロインその1を登場させたいのに、サブヒロインその2の話がずいぶん膨らんでしまっている。
そして次回はサブヒロインその2視点でちょっとしたサイドストーリーを書こうと思います。
…さらにヒロインの登場が遅れていく…。
「魔法は、ベリーズ王家の血筋の者にのみ現れる、特殊な能力のことを言います。国民のほとんどはその存在すら知りませんし、王家の中でも魔法の能力が発現するのは限られたごく一部の者のみです。」
クロエ先生の説明は俺が想像していた魔法とは違っていたものの、間違いなく魔法そのものだった。
説明によると、王家の人間だけが使えるこの魔法という力は、一人につき一つだけ与えられる超能力のようなものらしい。
「クロエ先生も、魔法が使えるのですか?」
「ええ、使えますよ。私の場合は発現したこと自体がラッキーでした。血筋としては少し遠いので。」
「つまり、クロエ先生も王家の人間なんですか?」
「はい、そうですが…。国王陛下から聞いていなかったのですか?」
聞いてなどいるわけがない。あの人は俺に話しかけることすらしないのだから。
「ええ、今初めて知りました。」
「私のお父様は前国王陛下の弟君の息子なんだそうです。」
「えっと、要するに…、再従兄弟というやつですね。」
「そうですね。……よくそんな言葉を知っていましたね。」
確かに、五歳児がすぐに判断できるようなものではない。またやってしまった…。
俺は必殺「笑ってごまかす」を使い、いぶかしむクロエに質問をした。。
「ちなみに、クロエ先生の魔法はどのようなものなのですか?」
「私の魔法は大したことありません。鳥を操ることができる能力です。」
確かに、少し微妙な能力かもしれない。
「どのようなことができるのでしょう?」
「そうですね。一度目視した鳥であれば、直接操作することもできますし、ある程度の命令を与えてその通りに動いてもらうこともできます。あとは、1時間程度であれば、意識を鳥に乗せて、視覚や聴覚を鳥に同調させることができますね。」
訂正、なかなかやばい能力かもしれない。
相手が能力を知らない前提なら、スパイし放題というわけだ。これは使い方によってはなかなかやばい魔法になる。
「それはすごい能力ですね!僕もそういうのに憧れます。」
「いえ、そんなことはありません。たとえば、私のお父様も魔法が発現していましたが、能力は水を生み出すというものでした。」
それは、確かに貴重な能力かもしれない。この時代において、水は生きていくための生命線だ。それに不自由しないというのは確かに強い。
「ですが、クロエ先生の魔法も素晴らしいと思います。何より、クロエ先生のイメージにぴったりです!」
「私のイメージですか?」
「はい。クロエ先生は鳥や動物と戯れる、森の精霊のように美しい方ですから!」
言ってから、失敗したと思った。俺の中のほめ言葉のボキャブラリーは基本エロゲなのだ。
さすがに五歳児にこんな風に言われても嬉しくないどころか、「なに生意気なこと言ってんだこのガキ」と思われても仕方ない。
クロエ先生は案の定、真っ赤な顔をしてうつむいてしまった。これは怒りを押し殺しているにちがいない。俺だって突然10歳も年下のガキに似たようなことを言われたら、動揺して逃げ出してしまうかもしれない。
俺のように対人スキルが低いやつでなければ怒りだしてもおかしくはないだろう。
(ちなみに俺は相手に逆ギレされるのが怖くて怒ったりできない。)
王子という立場だから殴られないで済んでいるだけなのだ。
俺は謝ることもできずに固まってしまった。
「っ……、あまり、そういうことは言わない方がよいかもしれません…。勘違いする方も、いると思いますっ。」
「はい…、以後気を付けます…。」
なんだか雰囲気が変な感じになってしまったが、こうしたのは俺だ。何も文句は言えない。
微妙な空気の中、クロエの説明は続いた。
30分ほど説明を受けていく中で、気が付けばクロエ先生の調子は元に戻っていた。まだほんのり頬が赤い気がするが、表情は既に元通りになってる。
肝心の魔法についてであるが、受けた説明を整理するといろいろなことがわかった。
・基本的に発言した能力は一生変わらない。
・魔法を使いこむことで、効果や持続力などが成長していく。
・王家の人間ならば早いうちに意図的に発現させることもできるが、何もせずとも10歳までには発現する。
・魔力という考え方はなく、使用すると肉体的な疲労感があるだけ。
・魔法の細かい効果などは、自分で使ううちに何となく理解できるようになる。
などなど。
つまるところ、王家の人間だけに与えられたスーパーパワー(死語)というわけだ。
――こういう展開、興奮するなぁ!
男子ならば誰しも通るであろう中二病を約5年間もこじらせたような俺にとっては、胸が熱くなる事実である。
「要するに、今これから練習して発現させることもできるということですね。」
「はい、そうなります。」
「ではクロエ先生、練習をさせてください。」
俺は「ビシッ」という音が聞こえそうなほど、しっかりとお辞儀をした。こんな風に人にものを頼むのも久しぶりだった。
よい人生を生きていくんだと決めたからには、礼儀は大切である。
「そ、そんな!頭をお上げください!もちろん練習いたしましょう。私はそのためにここにいるのですから。」
そう言って微笑むクロエ先生は、森の妖精も恥じらうほどの美少女だった。
魔法の練習はすぐに始まった。
とはいえ、まだ発現していない魔法を無理やり発現させようというのだ。それなりの練習が必要らしい。今日中に使えるようにはならない可能性のほうが高いと教わった。
だが、練習はするに越したことはないはずだとクロエ先生を説得したところ、満足気な笑顔で「そうですね」といってくれた。
練習は思っていた以上に地味だった。
「魔法を発現させるためにできることは、とにかくイメージすることです。自分が好きなことや、興味のあること、気に入っているものや場所をとにかく思い浮かべてください。」
俺はあぐらの状態で手にお椀を持つような姿勢で瞑想していた。
どうやらこの姿勢が魔法を発現させるためには最もよい姿勢らしい。
……本当だろうか?
いや、クロエ先生のことを疑うなどあってはならない。俺はそう思いなおし自分が好きなことを必死に思い浮かべた。
とはいえ、エロゲやパソコンを思い浮かべてもどうしようもない。
それ以外で好きなことといっても、あまり思いつかなかった。
好きな場所といえば部屋の中が一番だし、興味のあることといっても…。
――あぁ、そういえば、歌は昔から好きかなぁ。
そうなのだ。自室に引き込もる前まで、俺は音楽の授業が一番好きという、ちょっと変わった男子中学生だった。
スポーツも勉強もほどほどだった俺だが、唯一音楽の授業、それも歌を歌うということだけは得意だった。
引きこもるようになってからも、アニメの主題歌やゲームのテーマ曲を始め、動画投稿サイトに上がる歌ってみた動画を見ては、最近の曲を覚えて歌うなんてことまでやっていた。
もし、高校に行っていたら、軽音部にでも入ってボーカルでもしていたかもしれない。
それぐらい歌うことは好きだった。
そのことを思い出した俺の中に、不思議な感覚が生まれ始めていた。
自然と、目が閉じていく。
「これは…。エドワード、もしかしてお腹のあたりに何か違和感を感じませんか?」
「か、感じています。なんだか、あったかいような、くすぐったいような…。」
「その感覚をよく覚えてください!魔法はその温かさを全身に広げることで発現します!」
全身へ広げるというのがどうすればいいかわからなかったが、どうやら本当に魔法を使うことができるらしいことだけは確信していた。
少しずつ、温かさが広がってくるのを感じた。
ポカポカしていて、まるでお腹の周りだけ陽の光が当たっているかのようだ。
しかし、不思議と嫌ではない。
温かさがだんだんと広がっていき、気が付いたときには指の先まで温かさを感じるようになっていた。
「エドワード、あとは先ほどのイメージを頭の中で鮮明に思い浮かべてください。もう少しです。」
クロエ先生の声だけがいやにはっきり聞こえた。それ以外の音はどこかへ行ってしまったように感じる。
先ほどまで聞こえていた、鳥のさえずりも、風の音も、中庭から聞こえてくる水の音も。すべてが遠い。
ふと、昔歌ったことのある歌が聞こえてきた。曲名など忘れてしまったが、とてもきれいな曲だったことを覚えている。
その音はだんだんと強くなる。だんだんと近くなる。
道の向こうから聞こえるように。部屋の外から聞こえるように。目の前から聞こえるように。最後には、自分の中から聞こえるように…。
気が付けば俺は歌っていた。自分でも知らない曲だったが、なぜかメロディーに詰まることはなかった。
目を開いてみる。
そこには俺の歌を聞いて涙を流す、一人の少女がいた。
俺は朗々と10分ほど歌い続けた。
クロエ先生は最初涙を流していたのだが、俺が歌の曲調を変えるたびに、笑ったり、沈んだり、怒り出したり、しまいには寝てしまったりした。
最終的にクロエ先生を起こさなければいけないと思い、記憶の片隅にあった、例のとてもきれいな曲を歌ってみた。すると先生は何事もなかったかのように目を覚まし、なぜか拍手をくれたのだった。
「おめでとうございます、エドワード。魔法が発現しましたよ。」
俺は何のことだかわからなかった。
「魔法、ですか?」
「はい、そうです。今あなたは魔法を使ったんですよ。」
「この、歌がですか?」
「そうです。自分の中に問いかけてみてください。きっと、新たな魔法という存在に気づくはずです。」
言われて、俺は再び目を閉じて意識を自分の中に集中してみる。
言葉にしづらいが、確かに感じた。
頭にではない、心臓にでもない、体全体に染み渡るように不思議な力を感じたのだ。
力が俺に語り掛けてくる。
「歌をうたえ。その歌は人々に力を与える。
歌をうたえ。その歌は人々に悲しみをもたらす。
歌をうたえ。その歌は人々に勇気を呼び起こす。
歌をうたえ。その歌は人々を導くあなたのための力になる。」
唐突に俺は理解したのだ。自分の魔法というものを。
ふと、クロエ先生が近くに来るのを感じた。
彼女は俺の両手を取ると、まるでガラスでも扱うかのように、柔らかくそっと握り締めた。
その瞬間、今まで聞こえていたはずの声が聞こえなくなった。
目の前には満足気な顔で微笑む、クロエ先生がいた。
俺に発現した魔法は、歌の魔法だった。
歌を聞いた者の感情を揺り動かし、様々な効果をもたらす魔法。
クロエ先生にはそう説明をした。
おそらく間違っていないと思う。自分自身の力がそう教えてくれたのだ。
クロエ先生は俺が魔法を発現させたことをとても喜んでくれた。
まだ会って間もないというのに。無神経なことを言って怒らせてしまったというのにだ。
とても優しい人なのだと思った。
ひとしきり喜んでくれた後、彼女はぽつりとつぶやいた。
「あの、エドワード?もし、その、あなたがよければなのですが…。」
「……?はい、何でしょう。」
「私に、家庭教師の仕事を続けさせていただけないでしょうか?」
俺は不思議なセリフを聞いた気がした。
先ほどまでの俺の失礼な発言を考えれば、お願いするべきなのはこちらだと思う。
そもそもクロエ先生が家庭教師に来たのは今日が最初だ。
おまけに、まだ魔法に関してしか教わっていない。
だというのに、続けさせてほしいというお願いは合っていないような気がする。
「もちろんです!よろしくお願いします!」
俺は色々と疑問に思いながらも、結果としてクロエ先生が来てくれるならば問題ないと思い、二つ返事で了承した。(俺は打算的な男なのだ。)
その日、俺は夜遅くまで興奮が続き、なかなか眠ることができなかった。