第四話 「出会い」
日をまたぎましたが、もう一話更新です。
いまのところ、ただの異世界転生ものになっていますが、恋愛要素はもうしばらくしたら出てきます。
今のところは恋愛ゲームでいうところの共通ルート冒頭みたいな感じです。
転生したことで解けた謎が一つあった。
人間は年をとるにつれて一年が短く感じられるようになるものだ。
あれはなぜなのか、俺はずっと疑問に思っていた。
いくつか仮説があったと思うが、その中の一つに「年を重ねるごとに、自分が経験してきた時間と、一年間すぎるのにかかる時間との差が開いていくため、早く感じるようになる。」なんて説があったと思う。
あの説はおそらく大正解だ。
今の俺は精神年齢25歳。つまり、肉体年齢は5歳になった。
記憶を頼りにして考えてみても、前世の自分が5歳になるまでの一年間と、今世の5歳になるまでの一年間はずいぶん体感時間が違ったのだ。
それはさておき。
5歳にもなれば、さすがに話す内容が多少大人びてきても違和感はないだろうと考えた俺は、自重するのをやめることにしてみた。
これまで城の書庫で読み漁った本の知識と、前世での中学生までのつたない知識をフル活用して、俺は政治の勉強を始めることにしたのだ。
なぜ政治の勉強なのかといえば、俺の立場が原因だ。
父親が俺に対していい感情をもっていないのは、いい加減嫌というほど思い知らされた。それでも、おそらくこの国の跡継ぎは俺になると思う。
継承権的にもそうなのだが、何より、第二王妃のリリスさんが子どもを身ごもらないのだ。おそらくリリスさんの体質的な問題ではないかと思う。
医療が十分発達していないこの時代に、不妊治療なんてあるはずもない。リア王もそんなリリスさんを励ましているらしいのだが、正直言って周りの視線は冷たい。
「第二王妃だというのに、子どもの一人もできないなんて。恥ずかしくないのかしら。」
そんな心無い陰口を言う貴族たちもいるらしい。
俺個人としては、現代日本の考え方が浸透しているからか、そうは思わない。しかし、どうやらこの国では陰口貴族の意見を支持する者の方が多いらしい。
こうなると、国王も俺を跡継ぎに据える準備を始めなくてはならない。
俺には今日から家庭教師が付くことになった。
この国に学校がないわけではないらしい。しかし、王族は学校に行くものなどほとんどいない。せいぜいが王位継承権の低い子どもで、本人の強い希望がある場合に認められる程度のようだ。
というのも、王城を離れて通うということが必要になる学校制度では、身の安全が十分に守れないから、という理由らしい。
とはいえ、俺も学校には相変わらずアレルギーがあったので、正直助かっている。
俺は自分の部屋に初めてやってくる家庭教師の先生を、緊張しながら待っていた。
先ほどから2分おきぐらいの頻度で「まだかな」とつぶやいている。
口の中はカラカラで、手のひらは汗でベトベトだ。
「エドワード様、約束の時間まで、まだ10分ございます。あまり緊張されては肝心のお勉強に身が入りませんよ。」
「しかしね、サラ。私はサラや母上以外の女性と話すのは初めてなんだ。」
俺の緊張をする様子を見て、サラは柔らかな苦笑いを浮かべながらお茶を入れてくれた。
そう、なんと、家庭教師に来る先生は女の先生なのだ。
それも、15歳という若さで国の宰相を任されることになった天才少女らしい。
実はこの話を聞いたとき、俺は少し驚いていた。
この世界の文化レベルを考えると、政治の仕事なんかは男性上位で、女性が任されることなんてないのではないかと思っていたからだ。
サラに聞いてみたところ、どうやらそんなこともないらしく、普通に女性の文官もいるし、武官もいるらしい。
それでも15歳という年齢はとても若いらしく、それだけ優秀な女性だということがわかる。
とはいえ、相手が優秀な人だからといって、ここまで緊張することはないし、年齢が若いことも気にはならない。それよりなにより、俺にとっては女性もまた一つのアレルギーの元なのだ。
考えてみればお母さんやサラ以外の女性と二人っきりになった経験というものがない。前世では女の子が原因で引きこもりにまでなっているような人間が、そうそう女子とのステキ会話スキルなんて持ってるわけがないのだ。
「無理だ、鬱だ、こんなの拷問だ…。」
ぶつぶつと弱音をつぶやきながら虚空を眺める俺の姿は、完全に危険人物のそれだった。
サラはそんな俺を見てしばらくおろおろとしていたのだが、ふと意を決した表情を浮かべたかと思えば、フッと俺の視界から消えた。
次の瞬間、俺の背中と頭の後ろを温かくて柔らかい感触が包み込んだ。
俺はサラに後ろから抱きしめられていた。
「エドワード様、落ち着いてくださいませ。」
「あっ…。」
「大丈夫です。きっとエドワード様ならばどんなお勉強もすぐにできるようになりますとも。」
それは、なんの根拠もない言葉かもしれない。それでも、そんな何の根拠もない力強い言葉に、安心している自分がいた。
なんだか心地よくなって、さっきまでの緊張が嘘のようにほぐれていく。
俺はサラの偉大さを感じていた。
同時に、サラの胸部の偉大さも感じていた。
「あの、入ってもよろしかったでしょうか…?」
ふと、聞きなれない声にドアのほうを振り返ると、見慣れない少女がこちらを見ていた。
「あ、えっと、あの…。」
「すみません、一応ノックはしたのですよ。10回ほど。ですが、返事がありませんでしたので…。」
おそらく、今の俺は郵便ポストよりも赤い顔をしていたと思う。
「改めまして、ご挨拶させていただきます。本日より、エドワード殿下の家庭教師の任を仰せつかりました。クロエ・リンデンブルクと申します。」
「あ、うん。っじゃなくて、うむ。私がエドワードだ。これからよろしく頼む。」
なんだか気まずい思いをしながら初対面の挨拶を済ませた俺と例の天才少女は、俺以上に顔の赤かったサラが入れてくれたお茶を飲み、気を取り直すことにした。
「あの、先ほどの女性は…?」
――って、クロエのほうにはそんな気全然なかったー!!
いや、クロエさん、そこは空気を読んでスルーしてくれるところでしょう。大人の付き合い方として!
などと考えたのもつかの間、俺は今の状況を思い出した。
――そういえば、俺は5歳児だし、クロエも15歳だった。それならこの質問に深い意味はない…?
そうだ、俺は今5歳児なんだ。
まるで自分が25歳の男で、初対面の年下女性にいけない女遊びの現場を押さえられたかのような認識を持っていたのだが。よく考えれば、5歳の男の子が後ろから抱きしめられていても別にそれほどおかしくはない、のではないか。
もちろん、今の俺にサラへの情欲なんてものはかけらもない。
…いや、かけらくらいは…。
と、とにかく、そんな気はほとんどない。…はずである。
つまり、恥ずかしがる必要もなければ、気にする必要もないのではないだろうか?
――そうだ、堂々としていよう!
そんな決意をするのに約2秒ほどかかり、反応が返ってこないことをいぶかしむようなクロエの顔を見ながら、俺は堂々と返答した。
「彼女は、私の乳母だ。今も身の回りの世話をしてくれている。」
「あ、そうだったんですね。てっきり…。」
――いやいやいや、クロエさん。てっきりってどういう事ですか?どういう意味でございましょうか?私はただの5歳児ですよ。何の変哲もない見た目は子ども、頭脳は大人な男の子ですよ!
自分の思考にだんだんと余裕がなくなっているのを感じながら、その感覚を無視して俺は言葉を続ける。
――自信、そう自信を持つのだ。
「ところで、クロエ先生とお呼びすればよろしいですか?」
――だ、ダメだったぁぁぁっ!
口から出てきた言葉は、自然と丁寧語になっていた。なんだか弱みを握られてしまったような気分になり、自信をもって話せなくなっている自分に気づいてしまう。
「あ、いえ、そんな。エドワード殿下からそのような話し方をされてしまうと、私も恐縮してしまいますし、おやめください…。」
「いえ、こちらは教えを乞う立場ですし…。」
「先ほどまでとは言葉遣いが違うような…。いえ、そんなことはどうでもよくて…。とにかく、もっと自然に話してくださいませんか。」
「じゃ、じゃあ、私も普通に話すので、クロエ先生も普通に話してください。」
そんなやり取りを5分ほど繰り返した後、結局お互いに敬語で話すということで合意に至った。ただし、名前の呼び方だけは呼び捨てにしてもらった。やはり、何となく先生はそういうものだと思ってしまうのだ。
落ち着いて話してみると、クロエ先生はとても美人だということがわかった。
いや、年齢的には美少女というのが正しいか。
こちらの世界では珍しい真っ黒の髪を、まっすぐ伸ばし根元で一つにまとめる、いわゆるポニーテールにしている。目はとろんと垂れ下がっており、おっとりとしたお姉さんのような雰囲気を醸し出している。
もちろん、精神年齢を考えれば俺のほうが年上なのだが、それをねじ伏せるほどのお姉さんパワーに俺はさらされていた。
「それでは、さっそく授業を始めますね。」
「はい、よろしくお願いします。」
「エドワードはとても利発な子だと聞いています。最初にいくつか質問をしますので、わかったら答えてください。」
「はい、わかりました。」
その後、クロエ先生は様々な教科の質問をしてきた。基本的な文字や数字、単語などはもちろん。四則演算、政治、経済、物理、化学など、教科に限らず様々な質問をしてきた。
本来ならば5歳の子どもが知らないようなことも質問されたため、おそらくリディア王妃あたりから「息子は天才だから~」のような説明をされたのではないかと思う。
自重をしないと決めた俺だったが、小さいころにやらかしたせいで、いまだにリディア王妃からは「うちの子は天才なんだわ」と勘違いされている。
決して俺が天才なわけではない。ただちょっと前世の記憶で知識にブーストをかけているだけなのだ。
そこを勘違いすると、きっと俺の人生はまた失敗する。
俺はもともと調子に乗りやすいし、勘違いしやすいのだ。
ただ、確かに努力もした。
当然だが、この世界独特の知識は今世でしか手に入れることができない。だから、俺は文字が読めるようになってからというもの、城の書庫に入り浸ったのだ。
さすがに城の書庫には大量の本が保管されていた。意外と小説のような物語も多く、勉強に飽きたときなどは小説を読んだりもした。
それに、異世界というからには魔法が存在しないかと思い、魔導書のようなものを探したりもした。結果的にその類のものは見つからなかったのだが…。
だからこそ、知識としては普通の5歳児とは比べ物にならない状態になっていることは間違いない。
それを確認されているようで、なんだか気恥しくなった。
クロエ先生の質問はとても多かったが、どれも前世の知識でわかるものだったため、答えること自体はそれほど苦にはならなかった。
しかし、答えるたびにクロエ先生の顔が苦々しく歪むのを見て、もしかして俺は彼女を失望させているのではないかと不安になった。
「それでは、最後に。エドワードは魔法を使えますか?」
最後という言葉に安心したのもつかの間、一瞬、何を言われたのかわからなくなった。
いや、言葉としてはわかる。
しかし、今までこの世界で5年間生きてきて、初めて魔法の存在を確認されるような機会に巡り合ったのだ。さすがに動揺を隠すことはできなかった。
「その反応から察するに、魔法の存在は知らないようですね?」
「……、はい。」
俺は一瞬迷ったものの、これから多くのことを学ぶ先生に対して嘘をつくのはよくないと思った。
「そうですか…。よかったです。」
クロエ先生があからさまに安心した表情を見せた。
もしかしてやっぱり魔法はあってはいけない力、のような認識のものなのだろうか。
「私の教えることがなくなるところでした。」
「………えと、どういうことですか?」
俺にはクロエ先生の言葉の意味がわからなかった。
「私の知識の中にある範囲で、エドワードが知らない知識は魔法に関するものだけです。本来ならば、魔法の知識はあまり人に教えてはいけないことになっているのですが、次期国王陛下ならば問題ないでしょう。」
つまり俺は、クロエ先生が知っていることで、俺が知らないことがほとんどないという状況らしい。
そう認識した俺は、なんだか気恥しくなる一方で、魔法というものが存在したことに強い興奮を覚えていた。
約2年間、書庫をひっくり返す勢いで調べたつもりだったが、痕跡さえ見つけることのできなかった、異世界転生の定番スキルが、この世界にも存在した。俺にも魔法が使えるかもしれない。そんなワクワク感に満ちていくのを感じた。
「私にも、魔法を使うことができるのでしょうか?」
俺の率直な質問に、クロエ先生は笑顔でうなずくのだった。