第八話 「愛を知った日」
今日も投稿できました。
こういうペースで投稿できればいいんですが、なにぶん仕事のほうが忙しいもので…。
安定したペースを保てるようにできるだけ頑張ります!
町の中の探索は思っていた以上に楽しかった。
見たこともないような果物を売る店や、逆にどこかでみたようなお菓子を売る店。日用品や、家具、服を売る店も多く見付けた。
中でも、異世界らしさを特に感じたのは武器や防具を売る店に出会った時であった。
一般的には魔法など存在しないことになっているこの世界において、武器や防具は身を守るうえで必要なものらしい。
特に、平民たちでも戦争に駆り出されることが珍しくないらしく、逆に戦争で一儲けを狙っている国民も少なくはないらしい。
気になっていた貨幣価値も何となく理解することができた。
この世界でもよく取れるというリンゴに似たプールの実は1ルピーらしい。
もしプールの実が日本のリンゴと同程度の価値ならば、1ルピー=100円程度ということになる。
ちなみに、1ルピーが銅貨一枚で、10ルピーが銀貨一枚、100ルピーが小金貨一枚、1000ルピーが大金貨一枚ということになっているらしい。
面白かったのは、この貨幣が完全な円形ではなかったことだ。
なんというか、角が緩やかな8角形のような形をしている。
きっと技術的に完全な円形を作るのが難しいのではないかと予想した。
だが、日本のお金はかなり古いものでもそれなりの円形をしていた気がする。思っていたよりも技術レベルが古いのだろうか。
俺たちは買い物を楽しみ、街並みを見学し、時たま買い食いをしながら町歩きを続けた。
日が高くなり、ちょうど真上に来たかどうかというころに、町のどこかから大きな鐘の音がした。
もちろん、日本の寺にあるような鐘ではない。
洋風の、教会で鳴るような鐘の音だ。
「サラ、この鐘はなんの鐘だい?」
「これは正午を告げる鐘の音です。国民の多くはこの鐘の音を聞いて仕事を一度切り上げます。私たち王宮の人間も、遠くで聞こえるこの鐘の音を頼りに昼食をとります。」
「エドワードは聞いたことなかったの?」
「そうなんだ、聞いたことがなかったんだよ。」
「お城からは本当に耳を澄まさなければ聞こえないのです。教会にはもっと聞こえやすいように鳴らして欲しいと頼んでいるのですが…。」
「それはさすがに…。新しく鐘を用意するのも大変だし、教会を動かすのも難しいでしょう?」
「そうなのです。ですから、エドワード様が聞いたことがなくても仕方ないかもしれません。」
また一つこの世界の常識を身につけたぞ。
それと、どうやらこの世界にも宗教があるらしい。宗教はやはり起こるものなのだろう。
こちらの世界の教会というのは、なかなか権力が強いらしい。
国王からの請願を無視できるというのはなかなか強気だ。
そんなことを考えていたが、やはり人間どうしていてもお腹がすく。
「さすがに歩き続けただけあって、お腹がすいてきたね。」
「わたしも、お腹すいた。」
「あらあら、それではどこかでお昼を食べましょうか。」
そういってサラは俺とアーシャの手をそれぞれ引きながら食堂を探し始めた。
「エドワード様は、何か食べたいものはありますか?」
さすがに異世界といえども5年間も暮らしていれば料理の名前も多少はわかるようになる。
覚えている料理の名前をいくつかサラに告げるが、それは逆にサラを困らせてしまった。
「それは、不可能ではありませんが、町の中だと少し見つけるのが難しいですね…。」
「それは、なぜ?」
「王宮で出されている料理ですから、それなりに格式の高いお店でなければ食べることはできませんし、もしかしたらここでは食べられないものもあるかもしれません。」
なるほど、考えてみれば当然だ。
それならばと、サラに任せると伝えるとサラは困ったような顔をしながら悩み始めてしまった。
おそらく初めて城外にでる俺を思って、おいしいものを食べさせようとしてくれているのだろう。
真剣に悩むサラの気持ちが嬉しくなった。
ふと気が付くと、サラと手をつないでいたはずのアーシャの姿が見えない。
「サラ、アーシャはどうしたんだい?」
「え?アーシャでございますか?それならば先ほどから手をつないで…。あら?」
見るからに空いているサラの両手を見て、俺は背中に冷や汗をかくのを感じた。
「まさか、はぐれたのか!?」
「そ、そのようでございますっ!」
「クソッ!」
頭に血が上るのを感じた。
気が付けば、俺は来た道を全速力で駆け戻っていた。
後ろの方で俺を呼ぶサラの声が聞こえる。
悪いがサラに構っている暇はない。
「サラはそこにいるんだ!二人で動いては私たちもはぐれてしまう!」
サラの返事も聞かずに、俺はどんどんと人をかき分け走った。
思っていたよりも、アーシャは早く見つかった。
先ほど立ち止まていた広場からほど近い、少し道幅の広い通りにいるのを発見したのだ。
まだ30メートル以上あるが、とりあえず姿が見つかったことで気が抜けた。
安堵感がやってくる。これほど誰かを見つけて安心したことがあっただろうか。
しかし、その安堵感はすぐさま消え去った。
――アーシャが、誰かに絡まれている!?
見るからにガラの悪そうな男2人に、手を引かれるアーシャの姿が目に移った。
――迷子を気遣うような雰囲気じゃない。まさか、人さらい!?
そう思ってしまってから、意識が薄くなるのを感じた。
自分の行動がよくわからなくなる。
気が付けば俺はアーシャのもとへ駆けつけていた。
「アーシャ!!大丈夫か!?」
「え、エドワード!」
「あぁ?なんだお前?」
男の一人がこちらを振り返る。
わずかに漂ってくる酒の匂いを感じ、更に意識にもやがかかったような感覚になる。
「お前たち、その手を離せ。」
「なんだ、お前みたいなチビ助が何の用だぁ?」
「お前じゃどうにもならんだろ、さっさとどっかいけ!」
自分でも驚くほど冷たい声が出た。しかし、いくらすごんだところで所詮は子どもの外見である。男たちはひるんだ様子もなく、こちらをにらみつけてくる。
「エドワードたすけて!」
泣きながら叫ぶアーシャの声を聞いて、頭の中で何かが切れたような音がした。
気が付くと、俺は魔力を使っていた。
「もう一度言う、その手を離せ!!!」
のどがつぶれるかと思うほど、大きな声が出たのが自分でもわかった。
体からほとばしる魔力は普通の人の目には見えない。しかし、俺の目にはまぶしいほどに輝く魔力の奔流がわかった。
その魔力が、俺の叫び声に合わせて一瞬で消え去るのを感じた。
次の瞬間、強烈な脱力感とともに、男たちが気絶し倒れる音が聞こえてきた。
俺が、初めて魔法を他人に使った瞬間だった。
意識が覚醒した俺がみたものは、倒れる二人の男と、その周りにいる多くの野次馬。そして、俺に抱き着き離れない、泣いたままのアーシャの姿だった。
「これは、一体…?」
「えど、わー、ど…?」
「アーシャ!!無事かい!?」
状況を思い出した俺は真っ先にアーシャの安否を確認した。
俺を見つめながらゆっくりと首を縦に振るアーシャは、俺が何ともないとわかり安心したのか、再び声を上げて泣き出してしまった。
「大丈夫、私はなんともないよ。」
「えど、わーど、わたし…ヒック、すごい…ヒック、こわくてぇ…。」
「大丈夫、怖くないよ。もうなにも怖くない。」
小さい子どもをあやす父親の気分はこんな感じかな、などと考えながら、アーシャの話を聞いていた。
しばらくすると、泣き止んだアーシャが先ほどの事情を話してくれた。
サラと手をつないでいたアーシャだったが、よそ見をしている間にサラの手を離してしまったらしい。サラもちょうど何かに気をとられていたのだろう。
俺たちを見失ったすこし焦ったものの、自分を探しに来てくれると信じてその場を動かずに待っていたらしい。
そこにやってきた先ほどの二人組の男たちが「迷子なら親を探してやろう」といって腕をつかんできたんだそうだ。
話を総合すると、どうやらアーシャの勘違いのような部分もあるようだった。
おそらく、男たちには悪気はなく、本当に迷子を保護しようというような気で近づいたのかもしれない。
しかし、酒によっていて多少ぶっきらぼうだったことと、まったく知らない大人の男が二人もやってきて突然手をつかまれたことで、驚いたアーシャはパニックになってしまったようだ。
野次馬で集まってきた人々の中には彼らを知っている人もいたらしく、少し話を聞くとそんなに悪いやつらではないらしいという話も聞けた。
それほど問題にすることでもないと思った俺は、二人の男の面倒を野次馬にお願いしてその場を立ち去った。
「あぁ!エドワード様、アーシャ!!無事だったのですね!!!」
広場に戻る道の途中で、サラと出くわした。
どうやら俺たちを探しに来たらしい。
「サラ、どうして広場で待っていてくれなかったんだい?」
そういってから後悔した。
「心配したからに決まっているじゃありませんか!」
そうだ、そうなのだ。考えてみれば、俺はまだ5歳児だ。いなくなったアーシャと二人、子どもが子どもを探しに行くなど、そんな馬鹿な話はない。
俺は今まで聞いたことがない、サラの本気の怒鳴り声を聞いて深く反省した。
「ごめんなさい、サラ、私が間違っていた…。」
「そうです!エドワード様、あなた様はどれほど聡明でいらしても、どれほどお体が丈夫でも、まだ5歳なのですよ!あなた様の身に何かあったら、サラは、サラは……っ。」
涙を流しながら真剣に怒ってくれるサラを見て、俺は衝撃を受けていた。
きっと前世の俺も小さいころはこうして親に怒られたのだろう。
もうすっかりそんなことは忘れていた。
本気で自分の身を案じて怒ってくれる人の気持ちを、俺は忘れていたのだ。
自然と涙が出てきた。怒られて怖かったからではない。
怒られて嬉しいと感じていたのだ。
自分のことをこんなにも心配してくれる人がいると、そう思うと、涙が出ずにはいられなかった。
「お母さん、エドワード様は悪くないの、わたしが悪いの!」
そう言うアーシャの目にも今日何度目かわからない涙が浮かんでいる。
怒られるのが嫌であろうアーシャが、必死にかばってくれる、そんな彼女の優しさを感じて、更に涙がこぼれてきた。
「ちがうの、アーシャ!悪いのはっ、悪いのは私です…。私が、手を放しさえしなければ…。本当に、本当に申し訳ありませんでした!」
そういって泣き始めてしまったサラの姿を見て、そんなサラの優しさに触れて。
俺たち三人はもう訳も分からず三人で泣き合ってしまった。
すこしして、落ち着いてきたところで、俺は更に今回のことを忘れるように言った。
「それはできません!私の不始末です。報告しないわけにはまいりません…。」
「でも。それでもしサラが私の乳母を外されるようなことになったら、私が困るよ。」
「しかし…。」
「お願いだ、サラ、今回のことは結局誰も傷ついていない。みんな無事だったんだ。」
「そうだよ、お母さん。それに、やっぱりわたしが手をはなしたのがいけなかったの…。」
「誰が悪かったという話じゃないんだ、アーシャ。みんな何もなく帰ってくることができた。それでいいじゃないか。」
「エドワード様…。しかし…。」
「ええい、あんまりしつこいなら、最終手段だ。サラ、私はサラに初めて王族としての権利を使わせてもらうよ。」
「え?」
「サラ、このことは忘れなさい。そして、母様やほかの誰にも、話したりしてはいけない。これは、命令だよ。」
俺はニヤリと笑って、サラにそう告げた。
サラは一瞬驚いた顔をしたが、すぐに困ったような笑顔を浮かべると小さくうなずくのだった。
「エドワード様、あなた様は本当は何歳なのでございますか?」
そんな風に聞いてくるサラに俺は「内緒だよ」と笑いながら告げると、もう一度驚いたような顔をして、今度こそ本当の笑顔で大きくうなずくのだった。