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死にかけたら不死身になっちゃった  作者: 0417(椎名)
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第五章

父と母を失った怒り。鬼となった自分の体…すべてを受け入れ少女は考える。何が最も最良なのかを…。

 それは白昼夢のようだった。コールタールのような黒い液体に浮かぶ自分の姿。その姿は鬼だった。赤鬼だった。お伽話で出てくるやつとは少し装いが違うが確かに鬼だった。頭に角があって体色は灼熱を思わせる赤。見開かれた目は黒く染まり、金色に縁どられた黒目がこちらを凝視している。口からは牙が生え、長く鋭い爪が人間を否定している。

 コールタールの海からは白い手が迫る。その手を見て私は息をのんだ。白い手は白骨だった。人間の白骨化した手が鬼の姿をした自分に迫り、掴んで一緒に沈もうとして行く。鬼は無抵抗のまま沈んでいく。鬼は手を伸ばすも液体が重くまとわりつき、うまく手を伸ばすことができない。骨は次第に数を増やす。その骨が鬼と化した自分を取り込むように沈めていく。

「うわぁぁぁ」

 もはや何も考えていなかった。私は救いの手を差し伸べていた。鬼となってしまっていく自分に。体が鬼になり、どこか受け入れられなかった自分がいた。父と母が死に、自暴自棄になって周りが見えていなかった。すべて終わりにしたかった。自分が死ぬことでこの世界が終わるならそれはそれでよかった。

 だが、私はまだあきらめられなかった。自分の死を受け入れることはできなかった。たとえ自分自身が鬼になっても……。


「悠香の奴、大丈夫なのか?」

「心配いらんとも。あの女子お主より心根が強いからの」

「言ってくれるぜ。地獄最弱の鬼風情が。」

「最弱には最弱なりの戦い方があるんじゃよ。」

「それで?この女どうする気だ?」

「悠香が目覚めてから話を聞こう。」

「また暴走しないのか?」

「大丈夫。奴を信じろ。」


 鬼である自分が私の手を掴んだ。その時、不思議な光景を見た。夕闇に染まる藁ぶきの家。石を投げられてなく童。

 次の瞬間戦場に場面が変わり、そこには先ほどの童がいた。一人で幾万の軍勢を相手取り、殺し、戦場で孤独に刀を躯に突き立てていた。その額には紫のきれいな角が生えていた。返り血で体は紅く染まり、また新たな戦場へとかけていく。その顔はどこかで見覚えがあった。そう、初めて入れ替わったような感覚がしたとき見た鬼の姿によく似ている。

「リン…?」

 童はこちらに少し振り向くとにっこりと笑った。そして私の頭の上に手を置くと頭を撫でた。

 心地いい感覚が私の高ぶった感情を抑えていく。次に目を開けたとき、今度は父と母がいた。健在な姿だった。

「お父さん…お母さん…」

「…」

父と母は振り向いて私にそっと耳打ちをする。

「鬼が泣かないの。泣きたくないから鬼なんでしょう?」

「お前がこっちに来るのはまだまだ早すぎる。もっと世界を見ておいで。」

「……。」

 言葉は出なかった。ただ二人の後ろ姿が遠のくのをじっと消えるまで見届けた。


「お?どうやら踏ん切りがついたようじゃ。一旦眠る。」

「おう、わかったよ。お休み。」


 瞬きする間に目の前に先ほどの童が現れた。

「お前の父君と母君には逝ったよ。あとはお前次第じゃ。お前はもう人ではない。体は完全に鬼となった。では感情は?鬼になりたいか?それともお前として行きたいか?選べ。儂にすべてを渡しお前はお前でなくなるのか?儂を受け入れ、儂とお前二人で一人になるのか。どのみち人としては戻れんがな。さぁ選べ。」

「……私は…すべてを受け入れる。体が人じゃなくなったって私は人間だ。閻魔だか何だか知らないけど私の身内を巻き込んだ。それだけは絶対に許さない。」

「よくぞ言った。そろそろ目を開けろ。天狗が喧しいのでな。」

 白い光に目がくらんだ。そして、地面の感触を味わった。

「起きたか。遅いぞ。」

 結城宏一がいた。そしてどうやらここは廃工場らしく、錆の臭いが鼻についた。

「ここは?」

「あの町はすでに壊滅した。すべてそこにいる女に殺されていた。そしてすべてをお前が無に帰した。」

「あっそ。で?ここは?」

「あっそ。って…お前なぁ…。ここは山奥にあった廃工場だ。年代的に旧日本軍の兵器工場だろうな」

「ふうん。あの女は?」

「そこに寝かしてある。お前が起きてから話を聞くという話になっていたのでな。」

「あれ?リンは?」

「眠るといっていた。…それとお前…何があった?」

「?何って?」

「今のお前の姿だ。」

 結城は鏡を投げてよこした。それをのぞき込むと鏡の向こうには鬼の私がいた。しかし、目は右目だけ赤くなっているだけで体は雪のように白い。先ほどの夢で見た鬼化した私とは雲泥の差だった。角もしっかり伸び縮みし、最小サイズにするともはや人と何一つ変わらない。しいて言えば犬歯がどう見ても牙にしか見えないだけだ。

「あれ?赤くない…。」

『鬼の細胞が溶け込んで安定したんじゃよ。』

「うわっ急に話し出さないでよ。これが私?」

『うむ。その姿が鬼として覚醒したお主の姿じゃ。ふぁあぁ。儂は眠いから眠る。せいぜい儂の寝ている間に死ぬなよ?』

「…。わかった。」

「さて、そいじゃ尋問しようじゃねぇかお嬢。」

 結城はいつの間にか烏になり私の肩に止まっていた。

「結城、何その姿。」

「これは俺の元の姿だ。人間の姿だと疲れるのでね。さぁお嬢、そいつから話を聞こうじゃねぇか。」

「あんた…キャラ変わってない?」

「うっせ」

 目の前には虚ろな目をした女がいた。既に結城とリンであらかた聞き出したいことは聞き出した様子で神が恐怖のためか白く変色し始めていた。私が近づくだけでビクビクと震えだすありさまである。

「うわぁ…。何したの?」

「天狗の里にはな人間でいう回復薬ってもんがあってなどんな怪我でも、部位欠損ですら治せる妙薬があってな。ちょいちょいケガさせて回復薬で治療してやっただけだ。」

「…なるほど。」

 ビクビクと震える女の頭に手を当てる。はじめはビクッと震えた体も手を当てた途端がくがくと震え始めた。

「貴女は何者?」

『わっ私を殺さないで!やったのは全部あの卵なんだよ!私は利用されたんだ!』

 私は女の左手の小指を粉砕する。すぐさま結城が回復薬をかけて治療する。

「質問に答えて。あなたは何者?」

『わ、私は…佐竹…由美…。職業はナース。』

「どこであの卵と出会ったの?」

『…家だよ私の実家。部屋で寝てたらあの卵が私に…不死身になりたくはないか?って…。』

「閻魔とかの話は聞いているの?」

『閻魔?知らない。何も知らない。私はただ…。永遠の命と美貌がほしかっただけ…。』

「そのために街の人を殺したの?」

『…その卵にそそのかされてからしばらくして私の意思とは関係なしに手が勝手に…。』

「あっそ。」

「お嬢…もういいのか?」

「もういい。聞いたんでしょ?全部。」

「あぁ。処分はどうする?」

「任せる。」

「了解。」

 私はそのまま工場の外に出ると外に備えられた梯子を上って空を仰ぐ。空は何事もなかったように雲を流していく。それを見つめながら私は軽く角を伸ばす。目を瞑っても周りがよく見える。不思議な感覚だ。あれほどまでに膨れ上がった怒りも悲しみもすべて置いてきたような気がする。それにしても静かだ。

 いや、静かすぎる。まるで嵐の前の凪のような…大地震が来る前の海のような…今、こうしている間にも封印が解けて妖物共が跳梁跋扈する世になるかもしれない。その時政府は?私は?

 どうすれば最良なのか私は空を仰ぎながら考えていった。

さて、次回は地獄編になります。現世での襲撃に失敗した地獄。策謀めぐらす妖たち。統べる閻魔の次なる手は?

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