第四章
病院に響いた死の福音。家族を心配した少女に告げられる真実
病院内では死が蔓延していた。床は汚物と血にまみれ、死人が生者を求めて彷徨い歩く。そんな地獄の中を一人悠然と歩く女性がいた。齢は30代くらいでナース服に血をつけながら歩いていく。
「ったく汚いなぁ!これほんとに不老不死になれるの?」
ナースがいら立ち交じりに声が漏れる。音に反応した死人が振り返るもすぐに別の生者を探し求めてどこかへ行ってしまう。あたかもナースのことが見えていないようだ。
【この病院にいる鬼を退治できれば次の不老不死を継承できるのはあなただけですぜ。】
ナースの背後に黒い卵のようなものが浮かぶ。時折卵が割れ、大きな目玉が一つ周囲をうかがう。
「これでなんもなかったら承知しないぞ?」
【私兵がこれだけいればあの鬼すら退治できるでしょうよ】
「あぁ、早く不老不死になってシャワー浴びたい」
【ネェさん、そこを曲がった角部屋になんかいますぜ?】
「鬼か?」
病室に響く死者の声。生者に死を与えるべく探し求める声がすぐそこまで聞こえてくる。そんななか、私は角を伸ばしてベットの上で胡坐をかいている。結城は窓を開け、どこかへ飛び去って行った。待っていろと言っていたので何か秘策でもあるのだろう。
他人のことより今は自分のことだ。なぜ今私は角なんか伸ばさにゃならんのか。納得のいく説明はされていない。ただ、わかるのは死者の数がものすごいということとその中で悠然とこちらに近づいてくる人物の姿だった。角を通して目をつむると目を開けていた時よりよく見える。
『いいか、これが魔力を視るということじゃ。』
「奴さんどう考えてもこっちに気づいてるけどどうするの?」
『体の主導権を寄越せ。今のままだと犬死だぞ。』
「ちゃんと返してくれる?」
『お主の体が儂を受け入れている時点で儂は主であり主は儂なのだ。だから安心せい。』
「わかった。」
意識が切り替わる。視点も自分を俯瞰しているような錯覚を覚えるほど外の様子がわかる。敵と思しき影が病室の扉の前につく。そして、爆音とともにドアが消し飛び、敵が入ってきた。見た目は所々血が付着したナース服。顔立ちからして30代半ばといったところだろう。小じわを無理に伸ばそうとした跡が見受けられるのでおそらく美容にうるさいタイプの人間だ。
そしてその人物の少し後ろで浮遊している卵に翼が生えたもの。
『悪魔…?』
「まぁ、人間感覚ではその認識でよいじゃろう。妖も悪魔も妖精だってもとをただせば人間が決めた区分じゃしの」
『なるほどね』
【おや、ターゲットがこんなところで胡坐を組んでますぜ。今なら殺すのも楽なんじゃない?】
「確か…角を落とせばいいんだよね?」
【そうだよ。さぁ、さっき渡した札で動きを封じて角をへし折れば問題ありませんぜ。】
「はぁ、お前…儂が向こうでなんて言われていたか知らないだろ…死霊術師。」
【あ、わかるんだな】
「それだけ死体を操ってればわかるじゃろ。まぁ何体いても変わりはないがな。」
「…。さっきから聞いてりゃ私の私兵をなめないでもらえる?鬼の分際で!」
「はぁ、おい悠香、ちょっとこの病院消すかもしれんがいいか?」
『…なんかすごい嫌な予感がする。』
「大丈夫じゃよ。というかそうでもせんと勝てんよ?」
『勝てないとまずいよね。じゃあいいんじゃない?』
「わかった。」
「誰と相談しているの?そんなことより死ぬ覚悟はできたかしら?」
「儂が焔の鬼姫と呼ばれた所以をご覧に入れよう。制御術式…第三段階解放…さて、何匹生き残れるかな…。」
【やばいぜネェさんこいつは…!?】
病室が炎に包まれた。いや、病院が炎に包まれた。死者は服ごと燃え上がり燃え尽きていく。煉獄…そ う表現するべき世界が病院を包み…数分後術を解除したリン/私が見たのは蒸発した病院跡地だった。
『なんじゃこりゃぁぁぁ』
「?煉獄じゃよ?」
『なんで煉獄が再現されてんだよ?あの死者度もどこ行ったんだよ!?』
「蒸発したんじゃないのか?」
『仮にも元人間が蒸発するってどんな温度だよ!?』
「まぁ勝てたかよいではないか。」
『いや、ちょっと待って。あれ…何?』
「…くっそ私の私兵をよくも消し去ってくれたな鬼ごときがぁ!」
「しらんわ。あの死霊術師も死体がなきゃただの卵じゃしな。」
【卵言うなや】
病院跡地に立つ私とナース。こちらはすでに魔力切れ、あちらは死体切れ。さて、この状況…どうしよう。伏兵の心配はないが…そういえば両親はどうしたのか?私が入院していた病院が消えたらさすがに困るだろうな…。
【仕方ない、奥の手を使いますぜ。】
卵が大きく裂けた口を開け、中から何かを吐き出した。その姿は私の心を打ち砕く…凶悪なものだった…。
「お父さん…。お母さん…。」
あまりの衝撃にリンから体の自由を奪い取ると父と母の変わり果てた姿に駆け寄る。
『悠香!落ち着け!あれではもう…。』
リンの制止を無視して私は父と母のもとに向かう。
「お父さん!?ねぇ返事して!ねえったら!」
濁った瞳で私を見た父は手を伸ばす。母はそんな父を覆うように立つ。
「ヴァ…ヴァカ!」
「二…ゲ…ヴォ」
確かに聞こえた。今、父の声が母の言葉が。そして振り下ろされる大鎌。死神の鎌を連想させるものは母を貫き、父に突き刺さる。父が突き飛ばさなければ私もその葉の餌食になっていただろう。父と母は突き刺さった後も少し蠢き、絶命した。
「っちなんだよまだ生きてたじゃないか」
【そっそんなはずは…俺は確かにこの二人に術式を…】
死んだ。母も、父も…理不尽に。涙は不思議と出てこなかった。私にこの肉体を与え、悠香と名付けて育ててくれた両親が殺されて…勝ったのは悲しみより怒りだった。
「許さない…許さない…お前ら…絶対に…」
ちょうどその時、結城が俺がいない間これで戦ってくれと言って渡してきた箱に触れた。中身を見たときはただの鉄の棒でこれで殴るよりリンが殴ったほうが強いと鼻で笑っていた。そんな鉄の棒を私は握った。明確な怒りを持って。
『これは…あの天狗…なかなかいいものを渡してくれたようじゃな。』
鉄の棒は私が握るとその姿を大きく変えていく。まず握ったところから持ち手ができ次に柄ができる刃が現れ少し反りが入る。そう、刀ができた。
【刀!?いや、しかしただの人間に戻った貴様なんぞに俺とネェさんはまけねぇ!】
「許さない…絶対に…絶対に・・・」
刀を構えて私はナースと卵の後ろに立ち、一閃。ナースが鎌を持っていた腕が宙に飛び絶叫と鮮血が飛び散る。
「あぁぁぁあだぢの腕がぁぁあぁ」
「許さない…」
私は刀を返し卵を袈裟斬りにする。そのまま斬り返しナースに残った腕も斬り飛ばす。空いた腹に刀を突きたて、卵に拳をふるう。拳は紅く変色しており卵を一撃で砕いた。そして今度はその拳をナースにふるおうとして、拳は空中で静止した。
「そこまでだ。悠香。それ以上やってしまえばお前は人間ではなくなってしまう。」
空を見上げると黒い羽根をはやした結城が何か糸のようなもので私の体をしばっていた。
「その女は情報源だ。閻魔側の情勢を何か知っているかもしれない。ほんとはそっちの卵にも話が聞きたかったんだがな。」
指さすところには雑巾のようなものが落ちている。先ほどの卵型の姿など見る影もない。
『悠香。そろそろ落ち着け。お前の体がもたん』
体の中で私とリンが入れ替わる。そして私の意識は深い泥沼に沈んでいくような感覚にとらわれ、少し眠るように意識が消えた。
焔の鬼姫:リンの呼び名の一つ。空気中の魔力をそのまま熱に変換し膨張させることで超高温の空間「煉獄」をも操る赤鬼の最上位存在。




