第二章
病院に担ぎ込まれた悠香。そして明かされる驚愕の真実…
目を覚ますと病院だった。ベットの端には父の顔があって心労のせいか少しクマが窺えた。私は腕の傷を確認しようと体を起こす。確か背中も切られたはずだがすんなりと体は起き上がった。その様子で目が覚めたのか父と目が合い、父は情けなく目じりに涙を浮かべ嬉しそうに笑う。
「悠香、よかった。本当に良かった。」
ひとしきり泣きじゃくる大の大人。そんな父の肩をたたきながら花を花瓶に活ける母の姿があった。
「お父さん。そんなにしたら悠香だって困るわよ」
「…すまん。」
いつもの無口な父になったところで病室に訪れたのは刑事だった。私は森の中で血みどろになって倒れていたらしい。夜道でジャック・ザ・リッパーに襲われたこと、森に逃げたことまでは話した。だが、「リン」と名乗ったあいつのことは言えなかった。いってもどうせ夢だろうということにされる。ジャック・ザ・リッパーのことも聞かれたが行方については知らないと答えた。森の中で死んでいると思いますなんて言ってしまえば私が殺したなどと言われかねない。
そのあと、父から私が気絶していた間の話を聞いた。
「お前の帰りがあまりにも遅いから母さんが夜中なのに外に出てジョンと一緒に探し始めてな、ジョンがお前を見つけたんだ。」
ジョン…私が12歳の時に知り合いの刑事に託された元警察犬だ。無事家に帰れたらうんと褒めてあげよう。
「ジョンが見つけたのはいいんだが母さん一人じゃお前を担ぐことができなくてな。ちょうど近くを見回りしてた気のいい青年に頼んで救急車を呼んだんだよ。」
「気のいい青年?」
「あぁ、何でも村長に会いに行ってそのまま追い返されたらしい。」
「すみません。工藤悠香さんの病室はこちらでお間違えないでしょうか?」
話の腰を折るように身長180cmほどの青年が病室に入ってきた。手にはご丁寧に花束を持っている。
「おぉ、結城君。いらっしゃい。」
「・・・彼が?」
「ええ、そうよ」
「その節はお世話になりました。」
「いやぁ回復に向かっているようで何よりなにより。」
結城宏一と名乗った青年はその後たびたび私の病室へ訪れ、両親がいなくなった隙に私に耳打ちをした。
「今夜、またお伺いしますね」
「は?え?」
入院してからはや一か月、病院から見える街並みにそろそろ慣れたころだった。命の恩人というかなんというかあの惨劇の後にやさしくしてもらい続けたために私は結城宏一のことが少し気になりだしたころでもあった。
その夜。結城は普通に病室に入ってきた。そして、いつも座っている椅子に腰かけると缶コーヒーを空けた。
「お前、やっぱり鬼になったのか。」
と唐突にいつもとは違う話し方で私に話しかける。
「鬼?」
「あれ?まだ自覚してないのか?夜になると角が出てきてるのに?」
「鬼…。角?…。」
「ほら、鏡。」
手渡された鏡に映るのは見慣れた私の…。顔ではなかった。角が生えている。紫色の…眼も左側が真っ黒になり、白目と黒目の境界部分だったところが金色になっており、とても人の姿には見えなかった。
「なっなんじゃこりゃっ」
「てっきり気づいてるもんだと思ったけどな。」
「え?私…。いつから鬼に?」
「一ヶ月前に。」
「…。リン…。」
「?鬼の名前か!?」
『なんじゃ?騒がしいのう。もう少しマナを吸い取らんとまともな活動が出来ぬのじゃが』
「話すだけなら顕現できるでしょ?というか早く出てこい。話が先に進まない」
『お主…最近儂に横柄な口を利くようになったな。』
「体貸してあげたことはあっても今の状況に納得がいってない。だから出てこい。」
『…。仕方ないのう、どれ、口を借りるぞ。』
「変なこと口走らないでよ?」
『わかっておるわい』
と思念会話を通じ、口を貸す。
「もう一度聞くが君は鬼になったということでいいね?」
「そうじゃな。儂がこの身を借りたからの」
「借りた?」
「儂は精神生命体というか鬼の角に封じられておったのだ。」
「なるほど、それで身体を手に入れたと…。体の変化については?」
「先の戦いで儂のマナを使い切ったからの。空中のマナを吸い取るためにこの体にちぃっとば貸し改造を施したんじゃよ。どうせあの瀕死の体の細胞を補うために鬼の細胞を作っておったしの。」
『ちょっそれで私の知らない間に鬼化が進んでたの?』
「そうじゃよ」
『…あぁ、まぁもういいや。その角、普段は仕舞っておいてね。』
「承知した。」
「それで?君の中には悠香さんがいるのかな?さっきからの会話的に」
「お主、思念会話ができるのか?」
「まぁ俺も半端もんだからね」
「まさか・・・鞍馬のものか?」
「ご名答。俺は半分天狗なのさ。」
天狗…。あれって山に逃げた外国人漂流者じゃなかったのか?いや、鬼もだけど。というか、どっちも実在したのか…。
「鞍馬のものがこんな小娘に何の用じゃ?」
「近々、地獄の窯の蓋が開く。今回の目的はこっち側の世界の侵略だ。そんなことが起きる前にちょっと細工して遅らせようと思ってね。鬼がいるならちょうどいい。手伝ってくれないか?」
「…。地獄の窯の蓋が…それは本当なのか?」
「天狗は嘘つかねぇぜ」
「…せっかく人の世で遊ぼうと思っておったのにそれでは遊べんな。よかろう。手伝ってやる。」
『ちょっ私の許可なくそんな話勝手に決めないでよ!』
「よいではないか。」
『よくない。』
夜は更け、朝日が昇ってもこの討論は終わらなかった。最終的に私が根負けし、私の人生最初の大失敗の幕が上がっていった。
はい、長めにとは言ったものの…前回より多少短くなるというね
もう笑うしかないね