5分間チャンス。
「こうやってビルの屋上から真下をみるとけっこう怖いな…」
雑居ビルの屋上から下を見ながらオレはつぶやいた。もうこんな人生いやだ、終わりにしようと思いビルの屋上にいるのだが、いまいち踏ん切りがつかない。
オレの人生こんなはずじゃなかった。
なんであの時、行動しなかったんだ。
もっと楽しい思い出を残せたはずだ。
こんな後悔の言葉が頭の中でグルグル回っていた。
でも過去になんて戻ることはできない…。
絶対に。
だから…。今日終わりにするんだ。今日ここで…。
フェンスから身をのりだし飛び降りようとしたまさにその時だった。
「戻れるなら戻りたいかの?」
「えっ!?」
声に驚き後ろを振り返る。そこには初老の男性が立っていた。
「驚かしたのなら謝ろう。いや、ちょっと気になったもので」
初老の男はニヤリと笑みを浮かべながらそう言った。
「止めたって無駄だぞ。これから飛び降りるんだ!」
オレは自分に言い聞かせるようにそう言った。
「べつに止めたりなんかせんよ。そなたの人生なんだから好きにすればいいじゃろう?飛び降りたいなら飛び降りればいい…。ただ…」
「ただ…?ただなんなんだよ」
なんだか男に諭されてるような気がしてついオレはそう言い返してしまった。
「もう一度言おう。もし過去に戻れるなら戻りたいか?その望み叶えられるぞ。ただし一回だけ。それも5分間だけじゃ。でもこの5分間でうまくいけば大切な人を守れるかもしれんぞ」
「この男は何を言ってるのだ?」
これがオレの正直な感想だ。常識的に考えて過去に戻れることなど絶対にできない。目の前にいる男はまともじゃない。まぁ、これから飛び降り自殺をしようとしているオレもまともではないが…。
「そりゃあ、戻れるなら戻りたいよ。たとえ5分間だけだとしても。でもそんなこと無理だよ」
「本当に?やる前から諦めてはいかんぞ。何事も」
「えっ本気で言ってるの?」
「もちろん本気じゃよ。やるかの?では、こちらに来るんじゃ」
「あぁ…。わかった」
この男の話術が巧みなせいもあるが、オレは男のことを不思議と信用していた。
男はオレの目をみながらゆっくりとしゃべりだした。
「過去に行くにはいくつか手順がある。まず一番戻りたいと思う場所を強くイメージするのじゃ。その後、ワシの手を握ってくれ。いいかのぅ?」
「わかった」
「あと最後に1つ。そなたがこれから行く過去は厳密には過去ではない。無数に拡がる平行世界の内の1つじゃ。この意味わかるかのぅ?」
「えっ…。 平行世界?どういうことですか?」
途中からオレは敬語になっていた。
「人の未来、可能性というのは無数に拡がっている。わかりやすくいうと可能性の数だけ世界があるということじゃ。要は過去を変えた場合、今そなたがビルの屋上にいるという現実がなかったことになる。現実の崩壊じゃ。そして、新しい人生がそこから始まる。それでもいいかの?」
「あぁ、いいよ。今の自分に未練はない。オレは過去を変えたい。変えた結果、オレがどうなったっていい」
「よし。わかった。一番戻りたい場所をイメージしながら私の手を握りなさい」
「あぁ、わかった」
オレは導かれるままに男の手を握った。
戻りたい場所…。はっきり言ってたくさんある。
オレの人生、後悔の連続だったからだ。
でも1つ選べというとあの場所しかない。
彼女を守りたい。
オレは強くイメージしながら男の手を強く握った。
「う…。ここは?」
強い光に包まれた後、オレは目を覚ました。
本当に過去に戻って来たというのだろうか?見たところここはトイレだ。
トイレの外に出てみる。
間違いない…。ここはオレが卒業した高校だ。この雰囲気懐かしい。
壁に張っていたカレンダーを見る。
「間違いない。今日はオレが高校を卒業した日だ」
そして勢いよく時計を見る。
もう30秒立っている。あと4分30秒しかない。
あぁ、もう時間がない!たぶんあそこにいるはず!
オレは走り出した。
「あ~!いたいた。ひとみ~!」
そこには彼女のひとみが立っていた。
「あれ?来るの少し早いよね?さっき部活の先生に挨拶しに行くって行ったばかりだけど」
ひとみが微笑みながらそう言った。
「あぁ、会えて嬉しい。本当に嬉しいよ」
オレはひとみを強く抱き締めた。
「えっ?どうしたの、突然。さっきまで一緒にいたじゃん。ちょっと……人が見てるよ」
「あぁ、そうだな。ハハッ…。あぁ、もう時間がない、あと2分か…。ひとみ、これから言うことをよく聞いてくれ。そして、守ってくれ。今日は横断歩道を渡るな。いいな?」
「なに言ってるの突然。横断歩道渡らないと帰れないじゃん」
「大丈夫。オレの母さんが迎えに来てくれるから。さっき電話した。10分後、本当のオレがここに来るから一緒に車で帰れ。オレにそう伝えといて。本当にまた会えてよかった。好きだ。それじゃ!」
「ちょちょっと!どういうことなの。本当のオレ??あなたはあなたよ!」
ひとみは不安そうな顔でそう言った。
「あっ!それとまた映画見に行こうな…」
「待ちなさいよ!もう…。映画いつでも見に行けるじゃない…。もう!」
ひとみの声を背中で聞きながらオレは元の世界に帰った。
「あれ??消えた。いや、曲がり角曲がっただけか…」
ひとみはゆっくりとそうつぶやいた。
あぁ、真っ黒な世界だ。オレはどうなったんだ。もしかして死んだのだろうか。
まぁ、いいか。ひとみはあの日、横断歩道で信号無視の車にひかれてオレの目の前で死ぬはずだったんだ。あそこまで強く言ったんだ。車で帰ったはずだ。
オレの家、学校から近いから母さんすぐ来る。
ひとみの運命は変えれたはずだ。
真っ黒な世界でオレはつぶやいた。
その時だ。
「トントン…」
誰かがオレの肩を叩いた。
オレはゆっくりと目を開けた。
「ちょっと映画の最中に寝るってどういうこと?この恋愛映画見たいって言ってたのあなたでしょ」
オレの隣でひとみが微笑んでいた。