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第8話

「結は何飲む!?」


後輩の真奈美の声で我に返る。

いけない、ぼーっとしちゃった…


「あ、私はサワーを。

 えっと、シークワーサーがいいな」


「了解。じゃ、注文お願いしまーす」


テキパキと店員さんを呼ぶと、ビールを3つと

私のサワーを頼んでくれた。

彼女は気が利く。酔っ払うまでは…


「なんか結って、この時期になると、

いつにも増してトロくなるのよねー。

すぐ、ぼーっとしてさ。

 もしかして、シーサーなのに夏に弱い?

それとも夏バテ?!」


「ちょ、ちょっと、真奈美!

 少しは先輩を敬いなさいよ」


私は、せめてもの反論を試みた。まあ、無駄だと分かっているけれど…


「あら、いつも敬ってますよぉ。

 こんな世話のやける先輩でもね、

 もちろん、いいところもあるし」


「おっ。

 結を褒めるなんて、珍しいな。

 聞こうじゃないか。

 真奈美の思う、結の長所」


悠人さんが、茶化したように口を挟んだ。


「結はさ、優しいんだよね。

 自分のことより、他人のこと。

 優先してくれるよね。


 そこは、私も見習わなくちゃって思う」


「へぇー。

 真奈美もたまには素直に人を褒められるじゃん」


マナブがチャチャを入れた。


「やだ、マナブったら。

 私の素直さが分からないの?

こんなに可愛い女子は、そうそういないわよ」


「あれ??素直だったのか?!

 それは、それは。

これまで気づきませんで。失礼しました」


「やだぁ、もう。

 店長のくせに、従業員の性格くらい、

 ちゃんと把握しなさいよね」


「ほら、そういうとこ。

 素直で可愛げのある女は、そういう言い方しないものだぜ」


悠人さんがたしなめて、思わず笑いが生まれた。


「はい、お待ち!!」


注文したドリンクを運んで来たのは、

この店の店長のススムさんだった。


「いつも、ご贔屓に!

 今日も、サービスしておくから、

 楽しんでいってくれ!」


「よお!!

 今晩も、お世話になるよ。

 皆、腹ペコなんだ。

 オススメの料理をいつもどおり、頼むよ」


「あいよっ。

 じゃあ、まずは、いつもどおり、

海ぶどうに、ジーマミ豆腐、島らっきょうの天ぷらからいこうか?」


「いいね。

 あと、フーチャンプルーも」


「毎度!

 それじゃ、ごゆっくり!」


マナブとの、いつもの軽快なやり取りの後、

ススムはにっこりと微笑って、厨房に戻っていった。


「じゃ、みんな、グラスを持ってくれ」


マナブがちょっと、改まった様子で、皆に向き直った。


「この半年、わが美容室は、例年通りの売上を達成しました。

 これもひとえに、皆さんの努力の賜物です。

 まあ、店舗改装の夢に到達するのは、もう少し先になるだろうけど、

 皆が元気で、楽しく働けるのが何よりだから。


 残りの半年も、身体に気をつけて、がんばろう!

 では、カンパーイ!!」


「乾杯!」

「乾杯―!!」

「乾杯っ!」


私たちは、グラスを当てて乾杯した。


「ぷはっー」

「うわぁ~、うめぇ」


マナブと悠人さんは一気にジョッキの半分程を飲み干して、

息をついた。


「ホント!

 仕事の後のビールは最高ね!!」

真奈美が同意する。

「この美味しさが分からないなんて、

 結ったら、ホント、まだまだお子様ね」


また、真奈実の矛先が私に向かう。


「仕方ないじゃない。

 ビールなんて、苦くって、

 舌がしびれるような気がするんだもの」


「まあ、好みは人それぞれだけどさ。

 結は、ホント、見た目もそうだけど、お子様だからね。

 この前も、観光客から学生と間違えられてたもんね」


「いいでしょ。

歳をとらないってことじゃない。

 そのうち、私のことを羨ましく思える時が来るわよ」


そう言いながらも、ふと気づいた。


ススムさんは悠人さんと同じくらいの年齢。

どちらも若くて店長をしている。


私は、ふっと、心の中で感嘆のため息をついた。


若いのに、自分の目標を見つけて、既に歩き始めている人たちがいる…

私は…私の目標は何だろう…?


あの日、ベンを怒らせたのは、

私の未熟さだったのではないだろうか。

そして、もう少し、私が大人だったなら、

カイとも一緒にいられたのではないだろうか・・・


胸の奥が小さく疼いた。



その日、私は急遽、体調を崩したという百合子を見舞うため、

彼女から頼まれた物を買って、彼女のアパートに行った。


ピンポーン


チャイムを押すと、しばらくして、百合子がドアを開けた。


「ゴホッ ゴホッ」


具合悪そうに、咳き込む百合子を見て、私は心配になった。


「大丈夫?

 病院に行かなくていい?」


「だ・・・大丈夫。

 ありがとう・・・」


弱々しく答える百合子。


「ね、今日、何か食べた?

 よかったら、おかゆでも、作ろうか?」


「うん。お願いしていい?」


「もちろん。

じゃ、上がるよ」


私は、百合子の部屋に入り、彼女に寝室に戻るように伝えると台所に向かった。

買い物袋から、頼まれていた飲料や野菜類などの食料品を

ほぼ空っぽになった冷蔵庫へと片付けた。


「さて、と。

 お鍋はどこかな・・・」


一人暮らしを始めてから、経費節減の意味もあって、

料理をすることには大分慣れてきたつもりだった。

けれど、勝手の違う台所は、やっぱり戸惑う。


同じ台所でも、こんなに、人によって使い方が違うのね・・・


そんなことを思いながら、厚手の小鍋を見つけて、

十倍かゆを作り始めた。


そうだ。今日、買ってきた野菜で、

ついでにスープも作っておいてあげよう・・・


私は、買ってきたばかりの、じゃがいもやニンジンをサイコロ状に切り、

コンソメスープで煮ることにした。

缶詰の大豆があるのを発見したので、そこに投入。

セロリや、ベーコンも入れて、具だくさんのスープになったところで、

トマトがあれば、ミネストローネになるかしら、

などと思っていた時だった。


ピンポーン


玄関のチャイムが鳴った。


「はーい」


具合の悪い百合子の代わりに、玄関に向かうと、

そこにはドアにへばりつくようにして、

ドアスコープを覗いている百合子の姿があった。


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