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第54話

「おお、石田に上野。

 ちょうどいいところに来たな。


 こちらが、今日のお客さん。江藤さんに下島さんだ」


さっきまでとはうって変わり、打ち解けた表情で

増山議員は、応接室に入ってきた男女に声をかけた。


俺たちは、そちらに振り返り、彼らを見た。


俺たちとあまり変わらない年代に見える。

一人は今時の流行を取り入れたようなスタイリッシュな髪型の小柄な男性で、

もう一人は、ショートボブに黒縁の眼鏡がいかにもまじめそうな印象を与える

ほっそりとした女性だった。


「はじめまして。

 江藤戒です」


立ち上がって軽く会釈をした。

ベンも俺にならって、一緒に立ち上がった。


「はじめまして。下島です」


二人は、にこやかな笑顔を見せながら、

会釈を返しつつ、


「こんにちは。

 ようこそ、増山議員後援会事務所へ。

 僕が石田、石田 まことです。」


「私が上野 真名まなです」


そう言って、俺とベンをマジマジと見比べるように見つめてきた。

何となく、その対応に違和感を覚えた俺はベンに視線を向けた。

どうやら、ベンも同じ気持ちだったらしい。

周りに分からないくらいに、一瞬首を横に振って見せた。


「いえ。

 すみません。

 実は、僕たち、お二人にお会いするの初めてじゃないんです」


「えっ!?」


こちらの気配を察知した鋭さにも驚いたが、

初対面ではないとの発言に、俺より早く、ベンが驚きの声を上げた。


「覚えていらっしゃらないのも、無理はありません。

 なぜって、僕らはあなた方と同じチームではなかったし、

 あそこで顔見知りになれるのは、

 いくつかの試験をパスした子どもだけだったから・・・」


「もしかして・・・」


彼の発言は、つまり、俺たちが幼少期を過ごした、

あの家に彼らがいたことを暗示していた。


すぐさま俺は、記憶を辿った。

ただ、残念ながら、俺にとって幼少期の記憶は、

-特に人間関係については-

曖昧で、適当な記憶となっていた。

それは無意識というより意識的に・・・


「いいんです。

 私たちは、1年程度でお払い箱になった劣等生なので、

 覚えていらっしゃらなくて、当然なのです。


 でも、短い期間だったけれど、あの家で過ごしたことは、

 私たちの記憶として今でも強く残っているんです。

 特に、戒さん、あなたと、つとむさんのことは」


上野さんという女性が、そう言って、懐かしそうに俺たちの顔を見つめた。

けれど、もちろん俺は戸惑うしかできずにいた。


「そ・・・」


「なぜって?

 僕たちが答えるまでもないことですけどね。

 あなた方はとにかく目立っていました。

 あの家の血を引く子ども毎に

 チームが分かれていたのは覚えていらっしゃるでしょう?


 僕たちは、三男の光男さんのチームだった。

 とはいえ、次男さんと長男さんの顔も名前も知らないままなので、

 あと何人いらっしゃるのか、正確には把握していませんでしたけど。


 けれど、子どもの好奇心を完全に制御するなんてことは不可能だ。


 このお屋敷に、花を愛でる美少年がいるって噂は、

 僕のチームにも聞こえてきましてね。

 

 一度、隠れてあなたを覗きに行ったんですよ。

 で、本当に花愛でる君は、一目で僕たちの心に焼き付いてしまった・・・」


「ふふふ

 そんな怪訝な顔、しないでください」


俺の表情を読んだ様子で、すかさず、彼女が口を開いた。


「彼のいけないところは、少し事実を誇張するところなんです。

 でも、悪気はないので、許してやってください。


 それに、半分冗談ですけど、半分は本当です」


そこまで言うと、ベンと俺を交互に見ながら、続けた。


「戒さん。

 あなたは、あの家から逃亡を図りましたよね?

 勉さんと一緒に」


「あ・・・」


彼女の発言で走馬燈のように、幼少期がよみがえってきた。

そういえば、そんなこともあったな・・・


俺を産んだ、女性がこの世からいなくなった、あの日・・・


「大騒ぎになったんです。

 

 子ども心に、あの家が普通じゃないのは感じていた。

 うまく言えないけれど、大きな力で支配されている感じがしていた。

 とてもじゃないけど、

 私たち子どもには到底適わないような力で管理されているのを

 私たちは感じて、誰もが大人しく、いい子でいた。


 けれど、あの家からあなたたちは、逃げようとした。

 結局、失敗してしまったけれど、

 それでも、そのことは、私たちの中に勇気を与えてくれた。

 だから、お二人を記憶しているのは、私たちだけじゃない。

 あなたたち二人は、あそこにいた子どもたちにとって、

 まさしく、勇者だったんです」


彼女は、そう言うと、目をキラキラ輝かせて俺を見つめた。


「よせ。

 そんなんじゃない・・・」


そう言って、視線を外した時、


「そうか。

 江藤君。いや、戒君。


 君は子どもの時から、すでに、お父上の呪縛から逃れる気概を持った

 勇者だったわけか!」


増山議員が、さも愉快そうに満面の笑みを浮かべて俺を見た。


「正直、あの江藤総理のご子息が

 この政界の外れ値のような俺に、何の用かと思っていたんだ。


 ひょっとして、新手の偵察かとも。


 でも、今の話を聞いて、君を信頼することにしたよ」


「増山さん・・・」


彼は立ち上がり、俺に手を差し出した。

俺は、すかさず、その手を取り、握り返した。


「人間は、誰一人、支配されるために生きているんじゃない。

 多様なしがらみを受けながらも、自ら道を選択して生きている。


 その大前提を理解できない人間を、俺は政治家として認めない。


 一人ひとりの小さな声を集めたいと君は言ったね。


 それは、その前提に立てる人間の発言だ。


 ようこそ。わが政党へ。

 僕は、君を歓迎するよ!」


増山議員のテノール歌手のような声が、低く響いた。


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