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第四話

季節は初夏。

沖縄とは違う初めての暑さを味わいながらも、

日に日に増していく高揚感に、

私は、少しずつ、この環境に適応し始めた自分を感じ始めていた。


それは、もちろん、東京という大都会から与えられる

多くの刺激によって生まれてくる感情だったけれど、

何より、ベンとカイという2人の謎多き男性と、

部屋は違えど、同じビルの中で過ごしているという事実が

一番の理由だったと思う。


カイについては、知ろうとすればするほど、

真実の姿がベールの中に包まれていくような気がした。

自分のことを聞かれるのが好きではないらしく、

時々交わす、他愛もない会話から分かったのは、

ベンと同い年であるということと、仕事をしていないということ、

そして、どうやらハーフだということくらいだった。

一日のほとんどを、ペントハウスとその前の花壇で過ごし、

私の知る限り、外出と呼べるものをしたことはなかった。


一方のベンは、遊び人のような格好で、いつも外出していた。

対照的な二人は、でも、必ず一日の締めくくりをともに過ごした。

夕飯を終えると、食堂兼居間にしている部屋で遅くまで話し込んでいた。

テレビのニュースや新聞記事を除けば、ベンから得る様々な情報だけが

カイと世の中を繋ぐ唯一の線に見えた。


ちなみに、その部屋は、私も食事をすることが許可されている部屋で、

格安の家賃の代わり、ということでもなかったけれど、

時々、チャンプルーなどの簡単な沖縄料理を二人に振る舞った。


二人とも、それを歓迎してくれていたけれど、

折角の会話の機会と私が思っていても、

彼らは自分たちについて多くを語ろうとせず、

いつも私の話を聞くだけだった。


でも、二人が穏やかに、私の話を聞いてくれるのは、

正直、楽しくて、嬉しいことではあった。


特にベンは、まだ東京に馴染めない私を、さりげなくサポートしてくれた。

まだ、このビルに来て3ヶ月だったけれど、

その格好とは裏腹に、頼りがいがあり、まじめで誠実な人柄を彼に感じた。

ただし、本人は、そう思われることが嫌らしく、

私が彼を褒めたり、お礼をしたりしようとすると、

決まって、悪態をつき、私をからかった。


そんな風に、少しずつだけれど、ここでの生活に、

私がいることが当たり前のように思えて来たとき、

その男性が現れたのだった。


日曜日。

私は夕方までのバイトを終えて、ちょうど帰宅したところだった。

もう十分夏を感じる暑さだというのに、きちんとスーツを着て、

その男性は待ち構えたようにビルの入り口で私に声をかけてきた。


「ちょっと失礼。

 お嬢さん、ここの人?」


「は、はい・・・」


初老というには、まだ若いだろうか。

じっと見つめる鋭い目つきからは、

やり手のサラリーマンという印象を受けたけれど、

何となく、正体不明な怪しさを微かに感じた。


「いつから、ここに住んでいるの?」


「え・・・?!」


「いいから。

 正直に答えてくれないか?

 いつから、ここに住んでいるんだ?」


戸惑う私にお構いなしに、

上から目線でたたみかけてくる、その口調に

珍しく、反感をもった。


「ちょ、ちょっと、すみません。

 なんで、そんなプライベートなこと、

 見ず知らずのあなたに、お答えしなくちゃならないんですか?」


キャッチセールスや宗教の勧誘、

はたまた、痴漢もどきの行為などなど、

都会の洗礼を受けた私には、

多少なりとも警戒心というものが育っていた。


「・・・」


その男性は、一瞬黙った。

けれど、その顔には、

「こんな小娘が俺様に反抗するとは何事だ」というような、

怒りの感情が垣間見えた。

私は、その瞬間、怖くなって怯んだ。


でも次の瞬間、微笑を浮かべて、

「これは失礼」と会釈をした。

私は、ほっとして思わず、微笑を返した。


「私は、不動産会社の者でしてね。

 このビルについて、所有者とお話をしたいと思っているんですよ。


 ところが、何度来ても、梨のつぶてでしてね。

 ゴロつきのような若者が、どうやら住みついているみたいなんですけどね、

 彼らじゃ、話にならないから、困っているんですよ。

 しかも、不法侵入なのじゃないかと、警戒して、様子を見ているんです。

 そこに、お嬢さんのような子どもが入っていこうとするのを目にしたもんですからね。


 大丈夫か、と。お嬢さんの身の安全を心配したという訳なんです」


「は、はぁ・・・」


口元にたたえた微笑とは裏腹に、その男性の目は笑っていなかった。

私は、さっきまでの高圧的な態度が豹変したことに、

戸惑いを隠せなかった。


「お嬢さんは、ここに、ご家族と住んでいるのかな?」


私を子ども扱いしながら、

どこまでも、押しかけてくるような、その人の視線の強さに、

怖くなりかけた時、


「そうだよ。

 こんな子どもが一人で住むわけないだろ。


 ご両親が一緒だよ」


後ろから、ベンの声がした。


「ちっ。またお前か・・・」


その男性は、どうやらベンと顔見知りの様子で、

嫌悪感をありありと浮かべて、ベンを見た。

けれど、ベンも負けていない。


「前から言ってるだろ?

 ここは、県外からの移住者を応援する施設なんだって。

 特に、現政権に反感をもつ人をこそ、受け入れている施設。

 見ろよ、彼女のことをさ。

 どこから来たか一目瞭然だろ。


 普天間基地移設問題に一石を投じるために家族で来たんだ。

 俺たちには、闘う準備ができている。


 さっさと帰って、お前の飼い主に報告しな。


 何度、ここに来たって無駄だって。

 俺たちの意志は変わらない。

 むしろ、俺たちにかかわることが、命取りになるってな」


これまで聞いたことの無いような、怒声でそういった。


その男性は、ベンとやり合っても埒があかないと思ったのか、

それ以上、立ち入ることもなく、立ち去った。


「いいか。

 見ず知らずのおっさんなんかと、気楽にしゃべんじゃねぇぞ。

 東京は怖ぇ、町なんだからな」


見ず知らずの「おじさん」ならぬ「お兄さん」と気楽にしゃべったから、

今、私はここにいるのだけれど、

そんなこと、意に介してはいない様子でベンはそう言うと、

「ほら、さっさと部屋に入りな」と私を追い立てるように先にビルに入れた。


けれど、それきり、それ以上の事情は何一つ、教えてくれなかった。


ベンが、あのおじさんを黙らせた言い分については

さっぱり分からなかったけれど、

その男性に対する怒りと、

そして、私はどうやら、沖縄から来たということが

入居者として「おあつらえ向き」だと評価されていたのだ

ということだけは分かった。


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