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第48話

カイとベンが話し込んでいる間、私とミユさんは

カサブランカの咲く花壇を歩いていた。

もちろん、ミユさんの乗る車いすを押しながら。


「これ…確か、カサブランカっていう花ですよね?」


いつか、カイの花壇にクレマチスとともに咲いていたのを思い出し、

私は、そのユリが大きくなったような白い花を見つめていった。


「ええ。カサブランカは夏の花。

 最近の気候だと、もう終わりの頃なのだけど、

 温室で育てるから、ここでは、もう少し、長く鑑賞できるわ」


「そうだったんですね」


ミユさんは、すっと、片手を上げて、

この場に留まるように、伝えてきた。

私は、彼女の希望通り、そこで立ち止まった。


「カイが…

 私に初めてくれたお花なの…」


「え‥?」


私は、何と答えればよいか分からず、文字通り立ち竦んだ。


「彼が、どう思っていようと、

 私は、彼を生涯の伴侶だと、ずっと思ってきた。

 親が決めた相手だろうと、彼は間違いなく私の運命の人だった。

 あなたなら、分かってくれるわよね?」

 

「え‥ええ…」


「あなたにしか、こんなこと話せないの…

 だから、知っていてもらいたい。


 私が、確かに彼を想ってきたという事実を…」


「ミユさん…」


正直、複雑な気持ちだったけれど、

もちろん彼女の気持ちを無下にもできなかった。


「カイのお母様は、とても美しい人だった…

 私はあのお家に入る前から、

 数回だけだったけど、おばさまにお会いしたことがあるの。

 気高くて、優しくて…カイの母親であることに誇りをもっていた。

 それはきっと、お父様が、お母様を愛していらした証と思う。


 でも、カイは、それを確かめることができないまま

 お母様と別れてしまったの…


 カイが記憶しているのは、心を病んで、

 弱くなってしまったお母様の姿。

 カイに対しても、心を閉ざしてしまったお母様の記憶ばかりが

 カイの思い出になっている…


 そして、それをお父様のせいだと思っているわ。

 ううん…お父様が全く関係ないとは言わないけれど、

 でも、全てがお父様のせいだなんて、こともない。


 ただ、カイがお父様のことを恨み続けるのは、

 お母様の望んだことではないはずよ」


「ミユさん…」


ミユさんは、私を真っ直ぐに見つめた。


「子が親を恨むなんて、こんな悲しいことはないわ。

 私は、カイに、幸せになってもらいたいの。


 だから、お父様と和解してもらいたいと、

 そのための架け橋になりたいと想ってきたの。


 でも…

 もはや、私は、その役割を果たすことはできない…」


「…」


私は、ミユさんの切ない気持ちを聞きながら、

一方で、どうして私にこのような話をしてくれているのだろうと

その理由が気になり始めていた。


そしたら、ミユさんは、私の気持ちを見透かしたように、

ふっと笑って、


「あなたは、カイが好きなんでしょう?」


と言った。

ドキッとしたけれど、顔をそむけることはできない気がして、

小さく頷いた。


「カイが、いくらあなたに心を開きはじめたとしても、

 この話をするとは思えないの。

 でも、カイを理解し、支える上で、このことは重要だわ」


「ミユさん…」


「安心して、ユイさん。

 私と彼との間に、友情に似たものはあっても、

 世間一般的な恋愛感情は無かったから。

 

 彼は、感情的になることを悪いことだと教えられてきたわ。

 そして、恋愛のように、深く他人と関わることを回避するようになった。

 意図的に。


 だから、私がいたの。

 私のことを好きかどうかは関係ない。

 ただ、『すでに相手がいる』ということが必要だっただけ。


 そして、彼も私も、それが当たり前だという風に学び、

 そう思ってきたの。

 親から引き離された私たちは、孤独だった。

 だから、お互いの存在があったことは、確かに有難いことだったわ。

 

 でも、私とカイの関係は、それ以上ではなかった。


 私が彼に、本気で恋していたことに気づいたのは、

 病気になって、婚約解消されて、ここに戻ってから。


 カイは私が自由になれたと言ったのよね?

 でも、私は、そんな自由は欲しくなかった。

 彼の妻になることが、私自身の望んだ未来だった」


私は、泣きそうな気分になった。

失って初めて気づく思いというのも、もちろんあるけれど、

これは、あまりに酷い話ではないだろうか?


大人の都合で、勝手に嫁候補にしておいて

不都合になったら、簡単に用済みとみなす。

人権侵害も甚だしい事実だとしか思えなかった。


私は、一体、どうすればいいのだろう。

こんな悲しい事実を知って、私は一体…


「ユイさん。

 私を憐れむ必要はないわ。


 私は、自分に与えられた運命を受け入れていくだけ。

 だから、可哀想だなんて、思って欲しくないの。


 ただ、重要なのはこれからのこと。


 私は、もう、長くないわ」


「ミユさんっ!?」


「ごまかしたって仕方ないの。

 この病気は、長生きできないことがわかっているのだから。


 でもね、だからこそ悲観している場合じゃない。

 残された時間を有効に使いたいの、


 私の一生をかけた願いは、カイに幸せになってもらうこと。


 だから、ユイさん。

 あなたに、私の想いを託します。


 私の分まで、彼を支えてあげて…

 それが、私の唯一の願いであり、希望だわ…」


「ミユさん…」


彼女はまた、女神のような笑顔で私に微笑んだ。

胸が張り裂けそうになる。

私は必死で、涙を堪えた。


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