第47話
私たちは、広大なお庭の脇に作られた、
石造りの洋風の東屋に材料を運んだ。
ミユさんを車いすに乗せて、テラスへ出た時、
甘く響く声が聞こえた。
「やあ、久しぶり」
ドキン
否が応でも、私の胸は高鳴る。
その声の主は、一瞬にして、その場の雰囲気を変える力を持っていた。
そして、皆の気持ちを向かせるカリスマ性も…
「カイ!!」
「カイ!!!!」
二人の声が、同時に反応した。
そこには、白を基調とした花束を小脇に抱え、
自身も白い上下のセットアップに見を包んだカイがいた。
穏やかに笑う様子は、いつものカイのものだった。
私は、胸が詰まって、声にならなかった。
「美夕。
今日は、お招きありがとう。
調子はどう?
少し、顔色が良さそうだけど」
カイはそう言うと、すっと、花束を彼女に渡した。
無駄の無い、流れるような動き。
ミユさんの頬に、わずかに赤みが差したようだった。
「カイ…
来てくれてありがとう。
あなたにまた会えるなんて‥、本当に嬉しいわ…」
「ふふふ
会おうと思えば、いつだって会える。
僕たちは、自由だ…」
そう言って、すっとこちらに視線を移した。
「結。
わざわざ沖縄から来てくれたんだね?
ありがとう。
今日の美夕の髪型は、僕の知っている中でも、
一番、彼女に似合っている。
腕を上げたのかな?
もう、一人前の美容師だね」
「カイ…ありがとう…」
カイに褒められて、私の顔の温度が上昇する。
それだけ言うのがやっとだった。
「さあ、カイ。
パーティーをはじめよう!」
ベンが、カイに声をかけた。
カイは、彼にしか見せない打ち解けた笑顔で「ああ」と短く答え、
ベンと肩を抱き合って、テーブルへと向かった。
私は、ミユさんの車いすを押して、彼らに続いた。
ガラスのテーブルの上には、私とベンで用意したそうめん用の野菜と
そして、タエさんが作ってくれた洋風オムレツ、パプリカのキッシュ、
魚介のマリネなどが色とりどりに並べられ、華を添えていた。
そして、その脇には、ベンがどこから手に入れたのか、
竹製の流しそうめんセットがスタンバイされていて、
本格的なそうめんパーティーの風情だった。
お手製レモネード、アイス烏龍茶、
ライムやレモンの入ったフレーバーウォーターなどの飲み物の中から、
好きなものをグラスに注いで手にした時、
ベンがカイに向かって「さて、何に乾杯しようか」と尋ねた。
カイは、「もちろん、僕たちみんなの前途に」と静かに答え、
グラスを掲げて「乾杯」と言った。
「乾杯!」
「乾杯!」
「かんぱーい!」
私たちは唱和して、グラスに口をつけた。
レモネードの程よい酸味が口の中に広がった。
「さあ、まずは、流し素麺からかな」
ベンが張り切って、大きなボウルを抱えて竹筒の流し台に向かった。
私は、下で受けるためのさらに大きなボウルを下端に置いた。
「お、さすがユイ。気が利くね。
じゃ、美夕、一番傾斜の緩い、ここで素麺を受け取るんだよ」
「ふふふ
楽しそう。
で、本当に私が、その特等席でいいのかしら?」
「ああ、もちろん。
しっかり、受け取るんだよ」
カイが、ミユさんの車いすを押して、その場所へと誘った。
私は、すかさず、麺つゆの入ったガラスの器と
竹の割り箸を渡した。
「ありがとう、結さん。
ああ、私、こういうの初めてだわ!」
「私も初めてです!
さあ、行きますよ!
しっかり、捕まえてくださいね!」
私は、ベンを見て、OKの合図をした。
ベンは、「じゃ、いくぞぉ」とボウルから素麺を適量すくい取り、
竹筒の最上部にゆっくりと置いた。
ピッチャーから水をゆっくりと注ぎ入れると、
素麺の白い糸がほぐれながら流れ始めた。
「来たぞ!」
カイが声を上げた。
思いの外、流れる速度が早い。
「えっ!きゃあっ」
ミユさんは、タイミングよく箸を素麺に触れさせたけれど、
素麺の流れる速さに掬い上げる速さが合わず、
殆どの素麺を逃してしまった。
「結構、難しいのね!!」
ミユさんは、興奮気味に声を上げた。
「でも、見て!ちゃんと捕まえたわよ!」
2本だけだったけれど、ミユさんは自慢気に、箸に取った素麺を私たちに見せた。
「おお!
さすが美夕!
じゃあ、その戦利品、さっそく味見してくれ!」
ベンが嬉しそうに、ミユさんをたたえた。
ミユさんは、満足気に、それをガラスに入った麺つゆに浸すと、
ゆっくりと口に入れた。
それから、ゆっくりと、確かめるように咀嚼して、
そして、恐る恐るという感じで、飲み込んだ。
ゴクン
ミユさんの喉が動く。
「ミユさんが、食べた!!!!!」
私は、たまらくなって叫んだ。
「結さん!?」
私の声に驚いた様子で、ミユさんは、こちらを振り返った。
「ううん。ごめんなさい。
ミユさんが食べてくれたことが、
私、嬉しくて、嬉しくて…」
思わず、視界がゆがむ。
泣くことなんてないのに。
そしたら、ミユさんが、私に向かって手を伸ばし、
そっと私の頬に触れた。
「あなたは、優しい人…
ありがとう。
私のためを、思ってくれて…」
「ミユさん…」
私は、ミユさんの瞳を見つめた。
ミユさんの瞳が、優しく揺れた。
「さあ、どんどん流すぞ。
カイ、ユイ。二人も入れよ!
誰が一番うまいか、俺が審査してやる」
「ああ。
そうだな。まあ、ユイには負けないかな」
カイが、珍しく、挑発的に私に言った。
私は、何だか、それがたまらなく嬉しくて、
「私の反射神経、ナメたら負けるわよ!」
と、私も珍しく挑戦的に答えた。
「へえ、じゃ、腕のほどを見せてもらおうか」
カイの瞳がいたずらっぽく光る。
「よし、ミユ!
二人にまけんなよ!じゃ、いくぞ!!」
ベンの声に私たちは、一列に並んだ。
くすぐったい程の幸せを、私はかみしめていた。
遅くなってすみません。
素麺パーティ、いかがでしょう?
素朴な場面になってしまいましたかね??
ご感想、お待ちしています。




