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第40話

それは、突然の電話だった。


沖縄に戻ってきたとはいえ、狭い実家をさらに狭くするのは悪いと思い、

私はお店からほど近いところにアパートを借りて一人暮らしをしていた。


ツタの絡まる、古いアパート。

ただ、それだけがここを決めた理由と言っても嘘ではなかった。


今日は、月1回のお店の定休日。


いつになく早朝から目覚めていた私は、

予定のない休日をもてあまし気味に過ごしていて、

朝のワイドショーが通販番組へと変わった頃、

部屋の掃除を始めた時だった。


テーブルで震えるスマホの画面を見ると、

そこには「ベン」の文字が。


私は、震える手でスマホを落としそうになりながら、

通話ボタンをスライドさせた。


「も、もしもしっ」


本当に電話の主がベンなのか、半信半疑のまま、

私は、問いただすように勢い込んで言った。


「もしもし?ユイ?

 ふっ

 久しぶりだな」


私の慌てふためいた反応を見透かしているのか、

苦笑したように笑って話す、その声は、

どうやら、ベンに間違いなさそうだった。


「ひ、久しぶりなんてもんじゃないわ!!

 3年ぶりよ。

 元気だった?」


「ああ。

 元気だよ。


 そっちも元気そうじゃない。

 カイから、先日の再会については聞いたよ」


「あ、うん。

 そっか、そうだったのね。

 カイから私のこと聞いてたんだ・・・

 そう、元気にしているわ」


当たり前のことではあったけれど、

カイが私との再会をベンに報告してくれていたことが嬉しくなって、

私の顔は熱くなった。


「どうしたの?

 電話くれるなんて、珍しいわね」


あまり分かりやすく喜ぶ自分を見せたくなくて

少し、冷静な自分を装った。


「ふふふ

 そうだな、珍しいよな。


 いや、実はお願いがあって」


「お願い?」


「ああ。

 実は、美夕のことなんだけど・・・」


「ミユ?」


思わず、表参道で飼っていたミュウのことを聞き間違えたのかと

聞こえた通りに聞き返した。


けれど、聞き間違えではなかったようで、

「ああ。

 カイの元許嫁いいなずけ

 聞いているんだろ?」


「えっ!?いいなずけ!?」


私は、やっぱり感情を押し殺すことはできなかった。

驚きのあまり、私は電話を落とすところだった。


名前までは聞いていなかった。

そうだったのか、彼女の名前はミュウ・・・


「おい、大丈夫か?」


ベンは、こちらの動揺を見透かしたように言った。

さすが、ベン・・・


「え、ええ。

 もちろん、大丈夫よ。


 そ、それでそのミュウちゃんは・・」


「ミュウじゃねぇよ、美夕だ」


「あ、ああ、ごめんなさい。

 ミユちゃんね」


「お前が美容師だってこと、

 カイと話していて思い出したんだよ。


 な、お願いがあるんだ。

 美夕の髪、切ってやってくんないかな?」


「へっ!?

 か、髪を!?」


「ああ。

 その様子じゃ、どこまで事情を聞いているか分かんねぇけど、

 美夕は、難病に罹っていて、

 気軽に外出できねぇんだよ。


 で、カイと話をしていたらお前が出てきてさ。

 思い出したんだ。


 往復の航空券代金、施術代、ちゃんと払うからさ、

 プロとして仕事してくんないか?」


私は、胸が詰まった。

あまりに、色々な気持ちがこみ上げてきて。


でも、最後の一言が、私を掴んだ。

プロとして、病床にある人の気分転換を私ができるなら・・・


「い、いいわよ。

 もちろん。

 やらせてもらうわ」


「おっ!

 さすがユイ。


 やっぱり、今日電話して正解だったよ。

 じゃ、日程を調整させてくれ。


 いつだったらこっちに来られる?」


ベンは、さすがの迅速さで話を進める。


それが、いつものクセだからなのか、

それとも、ミユさんの状態が危ないからなのか・・・


私は、そのカイの元フィアンセに思いがけなく対面する機会を得て、

そして何より、カイのいる東京に行くための口実ができて、

色んな意味で気持ちが昂ぶっていた。



私が特別出張で東京に行けたのは、

結局3週間後の月曜日だった。


美容室は土日が特に忙しい。

スタイリストとして働くのはマナブと悠人さんだったけれど、

最近、彼らを指名する顧客が増えてきた二人に代わって、

小中学生や特にこだわりを持たず時間を重視するお客を

私もカットするようになったために、なんだかんだで

3日間の出張をもらうには、準備が必要だったのだ。


私が訪れたのは、東京の一等地にある大きな邸宅だった。

まるで迎賓館のようなその佇まいは、

深窓の令嬢、というイメージそのものの家だった。

当然、私は気後れした。


やっぱり、プリンスにはプリンセスがお似合いなのだろう・・・


いくら「元」とはいえ、カイのフィアンセだった女性。

カイは彼女のことをどう思っていたのだろうか。


仕事よりも、そんなことばかりが気になって、

このまま帰った方がいいのではないかと思ったその時、


「おう、待ってたよ」


ベンの声が私を迎えた。


「ベン!」


「こんな豪邸を目の前にしちゃ、門一つ通過できねぇんじゃないかって

 心配して、迎えに来てやったんだよ。

 案の定、ってとこだったかな?」


皮肉っぽく片側の口角を上げて笑うその姿に懐かしさがこみ上げる。

でも、もう、金髪ではなかった。


「やだ、ベンったら。

 トレードマークの金髪はどうしたの?


 どこのお坊ちゃんかと思ったわよ」


短く借り上げた襟元を、照れくさそうに掻きながら、


「まあ、な。

 もう、あの頃みたいに自由じゃないってことだよ」


と優しく笑った。

その姿は、まぶしくて、好青年そのものだった。


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