第39話
「カイ。
すごいね。そんなこと、考えてきたんだ‥」
私は、暗がりの拡がる海を背に立つカイに向かって、
素直に心に思ったことを伝えた。
「私、確かに目の前の生活にいっぱいになっていて、
自分たちの生活の基盤を作っている政治について
ちゃんと考えたことなんて、恥ずかしながら無かったわ。
でもね、カイ。
それでも、今、世の中が大きく変わろうとしていることだけは感じるの。
私が、そして国民が変わるための、今が、転機なんだと思う。
沖縄県民として、辺野古への基地移設にはノーといいたいし、
米軍基地、そのものを減らしたい。
ううん、できることなら無くしたい。
そして、憲法第九条を守って戦争のできない、参加しない国にしたい。
今の首相のやり方は、私たち国民を大事にしているように思えない。
それどころか、確かに、カイの言う通り。
私たち国民を「烏合の衆」つまり愚民だと思っているとしか思えないような
発言が国会で繰り返しなされているのを感じることすらあるわ。
権力を持つものが、持たざるものの運命を決める。
そこには、人権なんてものすらも存在しない社会が生まれる危険がある。
こんなに分かりやすい時代だからこそ、
何かをしなければならないんじゃないかって、
きっと誰もが思ってる。
ただ、その方法が何なのか、分からないだけで…
だから、カイを応援させて。
私一人の応援なんて、ちっぽけかもしれないけれど…」
「いや、そんなことはない」
「カイ…」
カイは、穏やかに、静かに言った。
「ユイの言葉を聞いて、安心したよ。
難しいことを言っているんじゃないんだ。
世の中を変えていく力ってのは、
間違っていると思ったことを
間違っていると言えるかどうかなんだ。
そこに、世の中の複雑さをわかったように、
分別の振りをして、黙ること、無関心でいることが
一番の問題なのだと、俺は思う。
だから、さっきの居酒屋でのやり取りは、
方法はどうであれ、好ましいものに思えたんだ。
あんな風に、国家権力に対し憤ることができて、
そして、その力を持ち続け、集めることができるなら、
この国の未来は、まだまだ明るいって」
「カイ・・・・」
「僕は、これから代議士になる。
己の利権を国の繁栄と勘違いしている輩のいる伏魔殿に
入っていかなければならない。
ユイ。
君や、ケイゴと一緒に暮らした数年間が
きっと、僕を支えてくれるはずだ。
だから、今日、君に会えたこと、感謝しているんだ。
改めて、お礼を言うよ。
ありがとう」
カイの笑顔があまりに澄み切っていて、
私は、まるで今生の別れを告げられているような気になった。
「カイっ!あのね…」
「ん?」
自分でも驚く勢いで、私は何の準備もなく口を開いた。
そんな私を包むように優しい微笑でカイは私を見つめた。
その瞬間、彼が進もうとしている道の険しさが頭を過ぎった。
良くはわからないけれど、想像するに政治の世界は
権力と欲望の渦巻く世界なのではないだろうか。
汚職があったと言っては、失脚させられた政治家たちは、
こぞって、自分だけが悪いわけじゃないのに、という顔をして
形だけ謝罪をしている姿を私だって何度もTVで目にした。
花園で一時を過ごそうとしたカイは、
それを分かっていたからこそ、あれだけ花や虫を愛でたのではなかったか…
そう思ったら、胸がいっぱいになった。
「私は…私はいつでもカイの味方。
今までだって、あなたに会えない時だって、
ずっと、ずっと、カイのこと…思ってきたの。
だから、ね、これからも、ずっと、ずっと。カイのこと、
応援し続けるから。
カイは、一人じゃないから。
ベンもいるけど、私もいるから。
腹黒い政治家たちの中で、カイが何か迷った時、苦しくなった時は、
そのこと、どうか思い出して…」
最後は、自分でも止められず、涙声になった。
「ユイ。
分かった…
ありがとう」
カイの手が、私の頬に触れた。
「今、ここでユイに誓おう。
俺は、ユイを、そしてユイのように毎日を、
日々の暮らしを真面目に、
誠実に生きている人たちの生活を守っていく。
そして、誰もが尊重され、生まれてきたことを
良かったと思える社会を作っていくって」
「カイ…」
カイは、今まで見た中で、一番の、
とびっきり優しい笑顔を私に見せてくれた。
「私…私に…できることがあったら、
いつでも、言ってください…
私は、自分のできるだけで、
あなたの力になるから…」
私は、泣きながら、微笑みを返した。
「それで?
その後は?」
台風が過ぎ去り、晴れ渡る真夏の空の下で、
私と一緒にタオル干しをしていた真奈美が不服そうに口を尖らせて言った。
「え?それだけだよ。
翌朝早く、カイは出発しなくちゃいけなかったし、
タクシーで私をアパートに送ってくれて、そこでバイバイ…」
「降りなかったわけ??」
「降りるわけないでしょう??
彼は、今や、政府の要人。
どこで、誰に見られているか分からないんだから。
これから政治家になろうって人なのに、
ゴシップになるようなこと、できないし」
「はぁぁぁ。
何だかなぁ」
落胆を隠そうともせず、思いっきりため息をついて、
タオルの皺をバンバンと音を立てて伸ばした。
「いや、真奈美には感謝しているって。
ホント、彼と再会できたのは、真奈美のお陰。
今度、真奈美のお友達にもお礼をしなくちゃね」
「お礼なんて、別にいいけどさぁ~
もうちょっと、甘い夜を過ごしたのかと思いきや…」
「あ、甘い夜って…」
「まあ、結さんが、嬉しそうだし?
今日一日、すっごくハッピーに過ごしていたから、
まあ、よしとするか~」
「真奈美…」
タオルを手際よく干し終えて、
にっこり笑って見せた後、
「じゃ、これからの結さんの恋路が上手くいくことを祈って、
マナブ店長、悠人さんと飲みに行きますか!
もちろん、結さんのおごりで」
「え!?5人分!!??」
「うーん、じゃ、私の分だけでいいや」
「は、はい…
っていうか、そのメンツじゃ、暑気払いと変わらないじゃない~」
「ま、いいじゃないですか!
職場の繋がりは密な方がいいに決まっているし!」
そう言って、真奈美は楽しそうに店舗のある階下へと降りていった。
「ふう」と息を一つ吐いて、私は空を見上げた。
次の約束もないまま、別れた私たちだったけれど、
何となく、近いうちに、また会えるような、そんな期待を持っていた。
そして、それは、意外な形で、早々に実現することになったのだった。
お待たせ!?しました。
いよいよ、お話が動き出します。
どうぞ、最後まで、お付き合いよろしくお願いします!




