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第三話

「お疲れ様でした」

「お疲れ-」


お店を閉めて、外へ出ると、

湿気を存分に含んだ沖縄の暑い空気が私を包む。


「さあ、今晩は飲むぞぉ」


いつもの飲み屋に向かいながら、

先輩美容師の悠人ゆうとさんが、大きく伸びをして言った。

彼は40歳で、うちの美容室では、最年長。

美容室を経営していたお父さんを病気で早くに亡くしたために

25歳で店長になったマナブよりも、当然のことながらベテランだった。

でも、マナブのお父さんの代からここで働いていた悠人さんは、

マナブを店長として一人前にするのが恩返しだと、

ずっとここで彼を応援している。


そんな悠人さんの優しさが、ここで働くみんなに

いい影響を与えてくれているのはもちろんだ。


助産師で働く奥さんとは、忙しい者同士ですれ違うことも多いと言いながら、

すごく仲良しなのも、私たちがあこがれる理由の一つだった。


「ああ、今日は、年に一回の暑気払いだからな。

 明日は休みだし、たくさん飲んでくれ!」


マナブが太っ腹なところを見せる。


「年に一回の飲み会が、年に何回あるのかしらぁね?

 マナブの気前の良さはさぁ、

 美容室の改装の夢、いつまでも夢のままにしちゃうんじゃない?」


的確な指摘でチクリと水を差すのは、同僚の真奈実。

私の1つ年下だけど、年上に見えるくらいしっかりしている。

優しくて、でもどこか頼りなさも感じさせるマナブとはいいコンビで、

私は二人が結婚すればいいのに、と思っていた。


「ま、うちはオールスタッフで4人だしさー、

 皆で仲良く仕事できれば、それが一番さー。

手狭かもしれないけど、改装はまた、おいおい、な?」


私たちは、基本、ノミニケーションが大好き。

飲みだしたら、とことん飲んで、そこにいる誰とでも楽しく過ごす。

そんな交流を、他の何よりも尊いことだと思ってきた。

そしてそれを私はウチナンチュー(沖縄人)らしさと感じていた。


ここにいると、やっぱりホッとする。

自分のものと、他人のもの、

そういうのをいつも意識して、

どこか一線を引いた東京人の付き合い方は、

私には異文化だった。


生まれてから18年間、ここで育った私は、

間違いなくウチナンチュー。


「結、どうかしたのか?

 さっきから黙ったままで。


 何か、悩みごとでもあるのか?」


悠人さんが、私を気遣う。


「ううん。

 なんでもない。

 ちょっと、思い出に浸ってただけ」


「思い出?」


「うん。

 ねえ、悠人さん。

 私って、そんなに沖縄っぽいかな?」


「はぁ?

 どうした急に」


「ううん。

 大した意味はないんだけど、何となく、ね。

 私って、見た目もウチナンチュー、って感じがする?」


「見た目、ねぇ…

そうだなぁ。

そうそう、結はアムロちゃんに似ているよ。


うん。間違いなく、ウチナンチューって感じ」


悠人さんは、そういって優しく微笑った。

私は、「安室奈美恵」は言い過ぎだろう、なんて思いながらも、

嬉しくなって、微笑みを返した。


「悠人さんったら、何言ってるのよ!!

 結は、すぐ、調子に乗るから、おだてちゃダメよ。


 そうね、結は、シーサーに似てるのよ」


「ちょ、ちょっと、真奈美!

 私のどこがシーサーなのよ!!」


「目が大きくて、ちょっと離れているところ。

 あとは、丸顔なところとか。

 そっくりじゃない」


「あはははは。

 そうだな。

 確かに、言われてみれば、結はシーサーに似ているかもな」


「ちょっと、マナブまで!!

 ひどいじゃないのよぁ!!」


私は、撤回を求めて、抗議したけれど、

皆は面白がって、訂正するどころか、シーサー呼ばわりし始めた。


ああ。今晩はこれを、ニックネームにされることだろう。


とはいえ、どうやら、その沖縄らしさは、

自分で思うよりも、私の中に色濃くあるらしい。


そう。

ベンやカイは、それで私を入居者に選んだのだから…


あれは、表参道での生活が始まって、3ヶ月が経とうとしていた頃。

何となく訝しげな男性が、あのビルに訪ねてきたのだった。


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