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第38話

カイの元フィアンセをベンがサポートしている。

それを聞いて私は、ますます混乱した。


「ベンは?

 一体、ベンは、今何をしているの?」


「ん?

 何って…」


一瞬だけ、戸惑うように顔をしかめたけれど、

次の瞬間、カイはふふふふと笑った。


「ねえ、どうしてユイはいつも、そうやって、

 すぐ他人に興味を持てるの??


 すごいな」


「え?どうしてって…」


「俺には、そこが分からないんだよ。

 恋愛感情にしろ、何にしろ、相手への飽くなき好奇心?

 そういうの、ためらいもなく持てるっていうのが。

 だって、厄介なだけだろう?


 『リーダーたるもの、冷静であれ』


 それが、俺の受けた教育の中で徹底されていでさ。

 自分の軸にそって、

 できるだけ、揺れずに生きるためには、

 人間関係を複雑にしないようにする必要がある。


 そのためのルールを俺は学んできたんだ」


私は、唖然としながらも、その話を聞いて、

カイを作ってきたものの正体を垣間見たような気がした。

その半面、何かがおかしいようなモヤモヤした気持ちが沸き上がってきた。

それを察知したかのように、カイは言葉を続けた。


「けど、それじゃ、真のリーダーにはなれないとベンが言うんだよ」


「ベンが?」


「ああ。俺たちが学んだことは間違っていると。


 今の時代に必要なのは、縦の繋がりではなくて、

 横の繋がりだって…」


カイの視線が遠くを見つめ始めた。

最後の言葉は、自分に言っているようだった。


「縦じゃなくて、横…」


「権力者のみが発言し、

 一般大衆は、原則、そのいうことを聴くのが役割。

 そこに議論する余地はない。


 そうすりゃ、世の中、丸く収まるだろ?

 一般的な学校では、そういうことを教えてきたんじゃないのか?

 『先生』という絶対的な存在に従わせる授業。

 だから、これは体罰か?などという愚問が真剣に話し合われるんだろ?

 力でねじ伏せるなんてことが、

 子どもに対してだって許されるワケがないのに」


「そ、それは…」


私の戸惑いを見透かしたように、カイは笑って続けた。


「俺が言いたいのはね、

 そんな教育システムこそが、誤りだということなんだ。


 どんな立場にいようと、自分が正しいと思うことを

 言動で表現できることこそが教養だと思っているんだ。

 

 けれど、俺が学んだリーダー論は、

 如何に烏合の衆をコントロールして、

 動かすか、というものだった」


「う、烏合の衆!?

 私たちのこと??」


あまりの表現に、少なからず反感をもって聞き返した。

けれど、カイは、冷静に頷いた。


「ああ。

 そうだよ。


 いいか?

 君は、さっき、自分のことを『フリムン』と、

 つまり愚か者だと言っただろう?」


「え、ええ…

 そりゃ、言ったけど‥」


「それは、実は、教育の賜物じゃないかと思っているんだ」


「え!?」


「ユイみたいに、政治に興味のない大人はたくさんいる。

 現に、半数近くが選挙に行かないじゃないか?

 つまり、ユイが今みたいに政治に興味を持たないように、

 教育するのが、日本の教育ってことだよ」


「・・・!?」


私は絶句した。


「そうすりゃ、何が起きる?

 自分の意見を言わない、その時の政治家が決めたことに従う、

 つまり時の権力者のいいなりになる民衆が育つだろ?


 これは根も葉もない迷信じゃない。

 なぜ、我が国の民主主義は成熟しないのか。

 ベンが相当調べてくれたんだ。

 そして、一つの結論を出した。

 

 個人が自分の意見を言える欧米と、

 なぜ、これほどの差異が生じたのか。


 それは、教育システムの違いによるものが大きいという結論に

 至ったんだ」


「教育システム…」


「ああ。

 向こうは、世の中の理不尽について、

 幼稚園からディベートを行っている。

 つまり、世の中は完璧なんかじゃなく、

 いつだって、検討すべき課題を持っているって教えているのさ。

 それに引き換え、我が国はどうだ?


 いや、幼稚園にも行ったことのない俺が言うのもなんだけど、

 ベンから聞いた話しじゃ、大方の保育所、幼稚園が

 ただ、ただ、保育士や幼稚園教諭の指示を素直に聞けるかどうかが

 テーマの教育方法だというじゃないか?

 しかも、待機児童の数は、東京を中心に地方都市でも問題になっているとも。


 その一方で不足しているはずの保育士や幼稚園教諭の育成にしたって、

 必ずしも恵まれた教育環境が整えられているわけじゃない。

 各自の能力と努力に委ねられている部分が大きい。

 つまり、国が幼児期の教育を大事にしていないってことさ。


 話が逸れたな。戻そう。

 つまり日本って国は、物言わぬ大衆を教育によって作ってきた。

 けれど、それではもう、立ち行かない時代になったんだ。

 それを打破するのが、横のつながり、つまりモノを言う民衆を作ること」

 

私は驚いた。

あの表参道で、静かにひっそりと、花園で暮らしている姿に、

世捨て人のような雰囲気を感じていたけれど、

それは大きな間違いだったことに気付かされた。


そうだったのか、いつだったか、図書館でベンに会ったのは、

そうやって、世の中のことについて、調べていたからなのか…


ベンが見聞きしたことを、カイに伝える。

そして、カイは、あの場所にいながらにして世の中について思索を巡らせる…


それにしても、カイの視線は、江藤首相のものとは違う。

当たり前のことだったけれど、それは許されるものなのだろうか?

何故、カイは呼び戻されたのだろう。

そういえば、江藤首相の長男さんって…


私が思い巡らせていると、カイがじっと私を見つめて言った。


「世の中を変えていくための礎を俺はつくりたい。

 それができる環境に、自分がいることに気づいたんだ。


 俺はね、ユイ。

 ずっと、ずっと、自由に生きることを求めて来たんだ。

 それが、どういうことなのか良くわからないままに。


 幼い頃は、とにかく、いつか、あの家から出て行くことが

 自由になる唯一の方法だと思っていた。


 けれど、それは違った。

 人は誰しも、与えられた人生を生きている。

 それぞれの器に合わせて、求められる役割を担うことで。


 自由になる、とは、自分の志をもつってことだと。


 だから、俺はここにいる」


「カイ…」


カイの真っ直ぐな瞳に、その意思の強さを感じて、

私の胸は震えた。


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