第37話
「そ・・・そうやって、
カイは、いつも人を選別してきたの?」
「なに・・・?」
カイの瞳が冷ややかに光った。
「そ、そりゃ、私は、政治もろくに知らないフリムンかもしれないけど、
だからって、いきなり『住む世界が違う』は無いんじゃない?
そんなんじゃ、いつまで経ってもベン以外の友達なんてできやしないわ」
私は、怯むばかりじゃ、何も変わらないと
必死にカイに言葉を投げつけた。
何が伝えたいのか、よく分からないままに・・・
「友達なんて、俺様には不要だとか、そういうこと言っても無駄よ。
だって、友達の多い人生の方がおもしろいに決まっているもの。
いくらベンが素晴らしい友人だからって、
ベンと二人きりで生きてけるわけじゃないのよ。
いい?
世の中にはね、色んな人がいるの。
ディキヤーな人ばかりじゃなくて。
でも、みーんな、世の中を作っている一員。
色んな人と交わって、色んな可能性が生まれるの。
私が、カイの質問に即答できないからって、
何も、すぐに私のこと、遠ざけなくたっていいじゃない。
全く違う世界の人間ですって!?
なおのこと、いいじゃない。
カイは私の知らないこと、いっぱい知っているかもしれないけど
私だって、逆に、カイの知らないこと、いっぱい知っているんだから!」
何が何だかよく分からなくなっていたけれど、
私は叫ぶように言い放った。
ずっと、ずっと、カイに伝えられなかった思いが
私の心の中をパンパンにしていた。
「ユイ・・・」
カイは、穏やかな表情に戻っていた。
そして、私を真っ直ぐに見て呟いた。
「とりあえず・・・」
海風に前髪をなびかせたまま、一歩、こちらに近づいて言った。
「フリムン?ってなに?
ディキヤーってのも」
「え!?ええっ!?
えっと、その・・・」
カイと話す時は、というか県外の人と話すときには、
ウチナー便を使わないようにしてきたのに、
興奮のあまり、思わず出てしまったらしい。
「フリムンは、愚か者。
ディキヤーは、頭のいい人のこと・・・」
「ふふふふふっ
すごいね。
沖縄弁・・・いや、琉球語と言えばいいのかな・・・
全く、違う国の言葉みたいだ・・・」
カイは、感心したように一人、呟くと、
にっこり笑って、私を見た。
「ユイが、こんなに雄弁だったとは知らなかったよ。
あのビルにいたときは、大人しくて、
こちらが聞いたことにしか答えないような
シャイなお嬢さんだとばかり思っていたんだけど・・・」
その柔らかな声と言葉に、さっきまでの緊張が解けていくのを感じた。
「同じようなことを、ベンからも言われていてね。
きっと、その通りなんだろう」
自嘲気味に言ってから、カイは照れたように肩をすくめた。
「俺をテレビで見かけたからと、
それが俺かどうかも分からないままに、体当たりで会いに来て、
こうやって、3年ぶりに、今、ここで話をしていること。
これは、君が起こした奇跡みたいなものだもんな・・・」
ふいに、海に視線を移し、言葉を続けた。
「ねえ、ユイ。
正直、俺には人を好きになる気持ちが分からない。
なぜなら、俺には結婚する相手というものも、
幼い時に決められていたから」
「えっ!?」
私の心臓は、また、動きを止めかけた。
「遺伝子を残すというレベルで、
生殖能力を活用する相手を求めるのが恋愛である、
という理解はしているんだ。
けれど、どうやってその相手を見つけるのか。
その方法について考えたことがないんだ。
俺が教えられたのは、その相手を含めてだったから。
そして、その相手も、
同じように、あの建物で幼少期から一緒に過ごして来たんだよ」
返す言葉がなかった。
カイの生育環境の全てが私の常識を越えている。
ただ、今の話で分かったことは・・・
つまり、カイには同じ世界で育った幼なじみのフィアンセがいるってこと!?
またもや、ベンの言った言葉がよみがえる・・・
ベンは全てを知っていた・・・だから私を止めたんだ・・・
「そ、そうだったの・・・
カイには、その・・・フィアンセがいたの・・・」
私の声は乾き切っていた。
あまりの動揺に、立っているのがやっとだった。
今こそ、私は失恋したのだろう。
けれどカイは涼しい顔して振り返り、あの透き通った瞳で言った。
「でも、婚約は破棄された。
つまり、恋愛というものについて、
俺は、頭でしか理解したことがないんだ。
確かに、ユイは俺の知らないことを知っているんだろう。
だから、ユイに教えて欲しいんだよ。
なぜ、人は、愚かしいまでに自分を犠牲にしてまでも、
相手を求められるのか・・・」
何!?何を言っているの!??
私は、混乱を極めた。
待って、とりあえず、大事なことを確認しなくちゃ。
婚約者は、もういない!?
「ちょ、ちょっと待って、カイ!!
その、なんで婚約が破棄されたの??」
何から聞くべきか、全く分からないままに、
私は、とにかく、そのフィアンセのことが気になって
咄嗟に口を挟んだ。
「え?理由?」
カイは、私がした質問が意外だった様子だったけれど、
すぐさま、当たり前のことのように答えた。
「なぜって、彼女は難治性の病気になってしまったから。
遺伝的な欠陥が発覚してしまった訳だから、
彼女は、もう、あそこにはいられないんだ」
「へ、へぇっ!?」
あまりの驚きに、おかしな声を出してしまった。
でも、カイは、何の動揺もなく続けた。
「お払い箱になることで、自由を手に入れた彼女を
今、ベンがサポートしている・・・」
「・・・!?」
絶句するしかなかった。
私は、カイの中に広がる世界の計り知れなさを感じて
そこに立っているのがやっとだった。




