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第35話

「アンだと、この若造がっ」


カイの発言に、一瞬怯んだように見えた、その中年男性は、

それでかえって不満を募らせた様子になり、怒気を含んだ表情で

威嚇してきた。


けれど、カイは涼しい顔のまま、彼を冷たく見つめ返すだけだった。

そういう脅しが、カイには通じないことを示していた。


「お前らが聞く耳を持たないから、

 ここで、こうするしかないんじゃないか。

 俺たちの税金使っての視察だろうが。

 プライベートなんて言ってる場合じゃねぇ。

 ちゃんと国民の意見を聞け」


「あんたのような酔っ払いの戯言たわごとなんぞ、

 国民の意見でもなんでもないっ」


カイの怒声がとんだ。

まさかの反応に、私は、びっくりして動けなかった。


「なっ・・・」


それでも、その男性が何かを言おうとしたのを封じるように

カイは続けた。


「いいか。

 意見があるなら、ちゃんと形式を整え、

 意見として扱われるようにしてから出すのが筋だろう。

 

 酒の勢いに任せての発言になど、どこの大人が本気で受け止める?

 あんたたちは、まるで被害者のていでいるが、

 この国を創ってきたのは、あんたたち大人だ。

 誰かが一朝一夕で作り上げたんじゃない。

 国民が皆で、今の体制を作り上げてきたんだ。

 

 江藤を首相にしたのも、あんたたち国民じゃないか。

 江藤の政治を独裁だと思うんなら、

 それに異議を唱えるのも、あんたたち国民の責任だろう。

 この国の民主主義を守るのは、国民ひとりひとりだということを忘れるなっ」


「何を・・・このやろう・・・」


あまりの正論に、返す言葉が無かったのだろう。

その男性は、悔しさのあまりに、顔をゆがめた。


「あんたに、沖縄の人間の思いが分かるのか?」


そこに、突然、他の席で飲んでいた初老の男性が声をあげた。


「俺たち、沖縄人は、自分たちを琉球人と呼んでいた歴史を持っているんだ。

 いつの間にか無謀な戦争に巻き込まれ、

 無理矢理自決させられた祖父母の思い出とともに生きている。

 有無を言わさず、日本に帰属させられたのは、

 つい最近のことなんだよ。


 俺たちが今の政府を創っただと?!

 お前たち政府が、いつ沖縄人の意見に耳を貸した!?

 不平等な選挙制度を未だに変えようともせず、

 この狭い土地に、日本全土の75%もの基地を押しつけておいて、

 挙げ句の果てに、富を持たない自分たちの利益のために

 引き受けたとほざく大臣まででてくる始末。


 俺たちに日本国民であることを実感しろというのなら、

 お前たちは俺たちのことを少しは理解したらどうだ」

 

「そうだ、いいぞ」とはやし立てる声があがった。

まるで、カイを政府の代表者のように見なし、

沖縄の不平不満のはけ口にしているような、

この雰囲気に危険なものを感じ、私の鼓動が速くなる。


「それが沖縄県民の意見だというのなら、

 それを集めて、進言すればいいじゃないか!

 142万人の意見だと言えば、無視はできないだろう?

 なぜ、それが通らないんだと思う?

 あんたたちの意見が、一枚岩じゃないからさ。


 政府の顔色を伺って、いいなりになっている人間が、

 あんたたちの中にも確かにいるってことだっ」


これほど感情的なカイを、私は初めて目にした。


お酒が入っていたから?

それとも、ずっと、抑圧されて生きてきたのはカイも同じだから・・・?


呆然とするしかできず、そんなことを咄嗟に思ったその時、

ガタンッ

と、椅子が転がる音がして、「畜生っ」という叫び声とともに

若い男性が、カイに掴みかかってきた。


「キャアッ」


私は、カイが殴られると思った瞬間

咄嗟に叫んで顔を手で覆った。


「イテッ、イテテテテ」


けれど、悲鳴の主は、カイではなく、その若者だった。

カイは、相手の手首をすっと逆手で受け止め、

ひねり挙げて、「暴力はないんじゃないか?」と呟いた。


「ちっ。

 イケ好かねぇ、ガキがっ。

 何もかんも気に食わねぇっ。

 お前こそ、政府の犬だろうがっ!

 やっちまえ」


最初に絡んできた中年男性が、怒りにまかせてこちらに向かってきた。

手には、椅子が握られている。

それに呼応するように、先ほどの初老の男性までこちらに一歩を踏み出す。


私は、青ざめた。


「ススムさんっ!!

 警察を呼んで!!」


店長のススムさんを探すけれど、どこにいるのか分からない。

私は、パニックになって叫んだ。


「彼は、基地移設とは関係ないわっ。

 こんなことしても、何の解決にもならない!!

 ケンカはやめてっ!!

 誰か!!誰か、止めてぇ!!!」


ふいに、カイの香りが近づき、耳元でささやく声がした。


「ユイ。行くぞ」


「え!?」


カイは私の手を掴むと、そのまま、奥へ、

調理場へと走っていった。


「悪いけど、ここから帰らせてもらうよ。

 これ、お代。

 釣りはとっといて」


呆気にとられている店員に1万円札を渡すと、

カイは、そのまま勝手口に向かい、躊躇無く扉を開け、外へ出た。


店がざわついている。

けれど、カイは振り返ることもなく、走り続けた。

まるで夢の中にいるような、風になったような気分だった。

カイが握っている部分だけが、やけにリアルに体温を伝えてきた。


愛の逃避行!?

いつになく、熱いですよ。


ええ、皆さんが楽しんでくださることが原動力。

続きもお楽しみに・・・

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