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第34話

「カイは・・・それからずっと、その・・・

 そこで、ベンと一緒に、育ってきたの・・・?」


カイは、カランとグラスの氷を揺らしながら「ああ」と答えて、

それを飲み干した。


「同じく、5歳でそこに連れてこられたベンと、

 俺は、ずっと生きてきたんだ・・・」


タイミング良く、飲み物のオーダーをとる店員さんに

同じものを注文して、カイは黙った。

カイがお酒に強いとはいえ、こんなペースで飲んで大丈夫なのだろうかと

思わなくもなかったけれど、それに反してもっと飲んでもらいたいような気もした。

カイに酔ってもらいたいという気持ちが確かにあった。


私も、いつになくハイペースで、サワーを飲み干した。

ほろ酔いになれば、少しだけ、いつもの自分を変えることができるような気がして。


「そういえば、ベンとは別行動だって言っていたけど・・・」


「そう。

 いつも、ベンは俺のために、貧乏くじを引いてくれるんだ」


「貧乏くじ?」


何のことだか分からなくて、私は聞き返した。


「ああ。

 俺の中にある不平不満を、肩代わりして、

 それを解消するための役回りを引き受けてくれるんだよ・・・」


「・・・」


「ふふふふ

 まあ、とにかく、元気にしているってことだから、

 安心していいよ。

 自由な世界を味わった引き替えに、

 禊ぎの時間を過ごさせられている、って言えばいいかな」


「禊ぎ・・・!?」


「ふっ。

 そう。俺たちは結局、自由になんて生きていけないってことを

 思い知るための時間。


 もともと、俺たち亜流の子どもは、いざというときのスペアに過ぎない。

 もっと言えば、ライバルは多い方がいいという、

 切磋琢磨のための道具だったんだ。

 本家のご長男さまが、第一秘書になると決まったその日、

 お勤めを果たした俺たちは、

 最低限の保障とともに自由を手に入れた・・・はずだったんだ。


 ベンは、それでも、本家を警戒していた。

 いつか、また、都合良く自分たちを巻き込んでくるに違いないって。

 だから、異分子、反体制側の人間になれば、

 そのリスクを回避できるだろうって、

 そういう未来予想図を描いていたんだけど・・・

 結局、ベンの予想通りになってしまった。


 何の因果か、俺たちは、引き戻されてしまった。

 

 そして、与えられたこの世界で生きていくしかないってことを

 今は、受け入れている・・・」


私は、愕然とした。


何かが、間違っている・・・

カイも、ベンも、人は誰しも自由に生きる権利を

持っているはずではないのだろうか?

でも、あまりに私の考える常識とはかけ離れた異世界のことで

何を言えばいいのか、何ができるのか、全く想像もつかなかった。


「ね?

 僕のこと知っても、唖然とするだけだろう?


 世の中には、知らなくてもいいことが沢山あって、

 知らないからこそ、幸せでいられるのかもしれないよ。


 下手に首を突っ込むと、やけどする・・・」


カイは、自嘲気味に笑って、またグラスに口をつけた。

カラン・・・と氷が音を立てた。


「違うっ」


私は思わず、声をあげた。


「ん?」


「そんな言い方しないで。

 私は、少なくとも、カイやベンのことを聞いて、

 知らなかったらよかった、なんて思ったりしない。


 そりゃ、私は何も知らない、無知で無力な存在かもしれない。

 でも、カイは・・・二人は私にとって大事な人なの。

 その大事な人が困って、苦しんでいたら、

 力になりたいって、多くの人は思うはずよ。


 今、カイの話を聞いて、愕然としたけど、

 それは、私の常識を越えた世界を垣間見た気がしたから。

 自由に生きられないなんて、

 そんなの、悲し過ぎるもの。

 でも、どうしたら、私、

 二人の力になれるのだろうかって思ったから・・・」


「ユイ・・・」


その時だった。

突然、こちらに近づいてくる人影が現れた。


「おい、あんた。

 昨日、首相の一行と一緒に辺野古にいたヤツだよな?」


足取りも覚束ないくらいに酔った、

赤ら顔をした中年の男性だった。

無遠慮にカイに近づいて、そう吐き捨てるように言う姿は、

一瞬にして警戒心を煽ってきた。


「いきなり何なんですか?

 どなたか、人間違いではありませんか?」


カイは、冷静というよりは、冷ややかな視線でその男性を見つめて言った。


「いいや。間違いなんかじゃねぇ。

 いけ好かないオッサンの集団の中で、あんたは、目立つんだ。

 その美男子ぶりを忘れる訳がねぇんだよ」


その男性は、くってかかるようにしつこかった。


「それで?そうだとしたら何だというんです?

 そもそも、どなたですか?」


「俺は、米軍基地の辺野古移設に反対する人間だよ。

 江藤のやり方には、ずっと、怒りを感じてきたんだ。


 アイツが首相になってから、日本はますます悪くなるばかりだ。

 アメリカのいいなりで、本来耳を傾けるべき国民の意見を

 気にする素振りもない。


 こんなことじゃ、日本は終わりだ!!」


酔いも手伝ってか、いよいよ声を荒げたとき、

カイはすっと手でその人の発言を制止した。


「仰りたいことは、おそらく分かりました。

 けれど、政府の要人と関連するとはいえ、

 力ももたない一職員である私にこのような場所で意見を言ったところで、

 何にもなりませんよ。


 ここはプライベートな場所であり、

 他にも客がいるんだ。

 ご意見は、相応の場所と方法でなさってください」


カイは、口調こそ穏やかだったけれど、

その場に響き渡るような肝の据わった低音で言い放った。


その男性の表情が、見る間に怒りを含むのを

私はハラハラしながら見つめていた。


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