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第30話

薄暗い、その部屋の中は、整然としていて、

まるで人の気配がなかった。


少なくとも、ここに2泊していると聞いていたけれど、

部屋に乱れたところは一つもなくて、

ただ、入り口すぐ横の荷物置きに置かれた真新しい黒のスーツケースが1つと

クローゼットのスーツが2着、Yシャツが数枚、

整然とかけられていたことで、ここに男性が滞在していることは分かった。


例え4年、そばで暮らしていても、

彼がこのような格好をしていたところを一度も見たことが無い私は、

これらの持ち物をカイと結び付けられるだけの

根拠となる記憶はなかったけれど、

全く生活を感じさせない、この整然さは、

何となく、ここがカイの部屋なのではないかという期待につながった。


ここに滞在しているのが彼なのかどうか。

私は、何か、その確たる証拠を見つけたくて、

書物用デスクや、応接用セットのローデスクの上を見たけれど、

白紙のままのメモとノートPCが載っているだけだった。


仕方なく、リネン交換のためにベッドの方へ視線を移す。

キングサイズのベッドが一つだけのシングルルーム。

おそらく誰かがここに寝たのだろうと予測させる程度に

少し、皺が寄っていたけれど、

やっぱり、自分でベッドメイキングをしたのか、

乱れた様子は全くなかった。


シーツを交換するまでも無いような気がしたけれど、

もしかしたら、私のために、ここのリネン交換を遅らせたのだとしたら、

カイでなくとも、やっぱり、この部屋のお客さんに申し訳ないと思い、

早速、上布団をはぐった。

羽毛布団なのだろう。驚くほど軽かった。

その軽さのお陰で、カバーのどこか一点を引くと、

簡単に布団がついてきてしまい、想像以上に交換に手こずった。

慣れない手つきで布団カバーを交換していた時だった。


「手伝いましょうか」


背後に男性の声がした。

甘く、低く響くこの声は…


はっとして振り向くと、そこにいたのは、

紛れもなく、カイだった。


「カ、カイ!!」


そう言ったはずだったけれど、

あまりの驚きに、声が出なかった。


「え?ユイ?!」


先に声を発したのはカイだった。

カイの顔に、すっと驚きの表情が浮かんだ。

と思った次の瞬間、カイは「ははははっ」と笑い出した。


「このホテル、そんな制服で働くんだ?

 一瞬、ドラマか何かの撮影かと思ったよ」


「い、いやっ、そのっ、ちょっと、こ、これは・・・」


顔から火が出るかと思うほど、恥ずかしかった。

全身が真っ赤になったと思う。

すぐにでも、釈明したいのに、慌てふためく私の唇は、

何も伝えることができなかった。


「やあ、偶然だね。

 こんなところで、働いていたの?


僕はてっきり、君が美容師として働いていると思っていたけど」


「ち、違うのっっ」


私は、何だか、よくわからないけど、泣きそうになって叫んだ。


「ん?」


カイは、また、昔と変わらない仕草で、

首を右に傾けた。


「カイに・・・カイに会いに来たのっ」


それだけ言ったら、大粒の涙がこぼれた。

訳の分からない感情が溢れだす。


「あなたに・・・会いたくて、会いたくて・・・」


それだけ、言って、私は顔を拭った。

しばしの沈黙が生まれた、その時だった。


カイ様。

 夕食のお時間ですが、7時からでよろしかったでしょうか」


入り口の扉の向こうで誰かがカイに呼びかける声がした。

はっとして、思わずシーツを抱きしめた。


「ああ。ありがとう。

 悪いんだけど、今晩だけは、自由にしてもらえるかな。


 沖縄の知人に会いに行きたいんだ」


カイは、何事もなかったように、穏やかな口調でそう答えた。


「そうですか。

 いや、そういうご予定は無かったはずですが…」


「さっき、ロビーでその知人に会ったんだ。

 少し、参考になる情報をもらえるかもしれない。


 総理にとっても、悪い話じゃないと思うよ。

 構わないだろう?」


「…かしこまりました。

 では、その旨、私の方からお伝えしておきます」


「ああ、頼むよ。

 私はまだ、見習いでしかないからね。

 自由時間がまだまだ必要だって伝えておくれ」


「はい…

 ただし明朝のフライトスケジュールは厳守していただく必要があります。

 朝7時には出発できるよう、あまり遅くなりませんように…」


「ああ、分かってる」


ヒタヒタヒタヒタ…


微かに聞こえる足音が、遠ざかっていったようだった。

私は、ただ、息を殺して、その様子を見守っているしかできなかった。


「寝室と廊下の音を遮断する防音対策は

 このホテルの一番の売りにできるかもな」


そう呟いて、苦笑したように私を見た。


「さて、続きを聞こうか?

 ただ、ホテルの一室で、男女が話し合うというのは

 誰かに知られたときの外聞が悪い。


 一旦、外に出よう。


 20分後にホテルの前にある喫茶店でどうかな?

 その時間で、それ、着替えられる?」


「は、はいっ」


「じゃ、シーツは僕が自分でやるから、

 とりあえず、ゆっくりと、慌てずに

 ここの従業員としてこの部屋を出てくれるね?」


私は、真っ赤になりながら、2,3度、深く頷いた。


「いい子だ。


 じゃ、20分後に」


そう言って、私をドアの外に見送ったカイは、

東京にいた時よりも、ずっと、ずっと男らしくて、大人に見えた。


色々、お待たせ?

ヒーロー登場です。


二人の現在の時間が動き始めました。


遅い更新ですが、どうぞ、最後まで、お付き合いよろしくお願いします。

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