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第二話

薄暗い建物の中は、その古さの割に、きちんと片付けられていて

清潔さが感じられた。

ヒンヤリとした空気が、頬に触れ、私は不意に小さく身震いした。


「ただいまー。カイ、どこ?」


金髪の彼が、階段を上りながら、さらに上階へと声をかけた。


しばらく待ったけれど、返ってきたのは沈黙だった。


「また、ペントハウスか・・・」


そう呟くやいなや振り返り、

「悪いけど、ここ、エレベーターっつうもんはないから、

このまま5階まで上がるよ」と私に声をかけた。


「あ、は、はい・・・」

私は、何が何だか良く分からないまま、彼に続いた。


階段から覗いた限りでは、

各階には、古びた木製扉をもつ、部屋がいくつかあるらしい。

でも、誰も使っていない様子で、静まりかえっていた。


コツ、コツ、コツ・・・


私たちの足音だけが、やけに響く。

古いとはいえ、こんな都会の一等地に、これだけのビルが

何の目的もなく建っているのだとしたら、もったいない気がした。


家主って、一体、何をしている人なんだろう・・・


彼が「カイ」と呼んだのが家主なのだとしたら、

先ほどの気安い呼び方といい、

この男性と大して変わらない年齢なのではないだろうか。

ますます、訳が分からなくなった。


5階のフロアから、さらに続く階段を上り切ると

突然、明るい陽射しが差し込んできて目がくらんだ。

ここが最上階らしい。

その踊り場の向こうに、屋上が広がっていた。

もっと正確にいうと、開け放たれた扉から、屋上と青空が覗いていた。


「うわぁ・・・」


屋上に出たところで、思わず声が漏れた。


私の頭上に青空が広がっていた。

メインの通りから外れているため、ここら辺は、住宅街になっていて、

このビルが一番高いらしい。


屋上には、一面に色とりどりの花が咲いている花壇が並んでいた。

一瞬、どこかの公園に来たような錯覚を味わった。


「カイ、お客さんだよ」


その花壇の向こうに立っている茶色の小さな建物が

「ペントハウス」なのだろう。

彼は、花には見向きもせず、躊躇無くその扉を開くと、

中に向かって声をかけた。


私は、意味もなく、ドキドキしながら、

そこで、家主の登場を待った。


「客?誰?」


中から、小さく声が聞こえた。

やっぱり、若い男性の声だった。


「入居者候補」


「は?入居者?

 まだそんなこと言ってんの?

 俺は認めてない」


「いいから。

 ちょうど、おあつらえ向きのがいたんだよ。

 そこに連れてきているから、

 会うだけ、会ってみろよ」


「やだよ。

 帰ってもらって」


「おい、カイ。

 もう、そこに来てるんだって。

いいから。こっちに来いよ」


「いいか、ベン。

 俺は、一言もいいなんて言ってないのに、

 お前が勝手に決めて、勝手に連れてきたんだろ?


 自分で責任をもてよ」


「あきらめの悪い男だなぁ。

お前がその気なら、じゃ、こっちに呼ぶよ。

 おーい、お嬢ちゃん。


 こっちに来て、家主に挨拶して」


彼らのやり取りを全て聞いてしまった私は、

突然の彼の呼びかけに、心臓が止まりかけた。

硬直したまま、動けずにいた。


「お嬢ちゃん!?女かよ!?


おい、ベン!!

 ふざけんなよっ」


相手の声が大きくなったその時、

一人の男性が金髪の彼をつかみかかるようにして出てきた。


ドキン


心臓が、また、ちょっとだけ、止まりかけた。


こげ茶色の癖毛で縁取られた顔は小さく、色白の美人だった。

髪と同じ色をした目は、透き通っていて、

全てを見透かしているかのようだったけれど、

憂いを含んでいた。


都会の男性をこの数日、見てきたけれど、

間違いなく、彼は美男子だろう。

中性的な雰囲気が、彼をミステリアスにも見せていた。


随分の間、見とれていたような気もしたけれど、

それは一瞬の間だったようだ。


私を見つめたと思った次の瞬間、

彼は拍子抜けしたように、笑った。

その笑顔が、柔らかくて、またドキっとさせる。


「なるほど・・・

 お嬢ちゃん、ね」


「言っただろ。

 おあつらえ向きのがいたって」


え?このやりとりは一体・・・!?

彼らは、自分たちのつぶやきが丸聞こえなのに気づいていないのか。

私のことを「おあつらえ向き」という会話に少なからず違和感を覚えたけれど、


「これなら、ルールは守られる。

 だからさ、こういう異性の方がいいんだって。

 シェアハウスっての?

 うまくやっているヤツに、アドバイス受けといたから」


「まあ、もう、ここまで連れてきちゃったわけだから」


と、「カイ」と呼ばれた彼は、先ほどの頑なな態度を豹変させ、

私に向かって、笑顔を見せた。


「僕は、ここのビルの持ち主、江藤 カイ

 んで、こっちは、下島 つとむ

 勉強の勉でつとむ。だからベンって呼んでる」


「は、はあ・・・」


「で、君は?」


首を右に傾げて、私の名前を聞いてきた。

その仕草は、かわいらしかった。


「宮里です。

 宮里結。


 沖縄から来ました」


「ああ。そうなんだ。

 

 うちの部屋、悪くないと思うよ。

 1階から5階まで、ベンと僕の部屋を除けば、

好きな部屋を選らんで住んでもらっていい。

 まあ、大分、古いけど、その分、

家賃はタダみたいなもんだから」


「えっ!?」


私は、思わず「タダみたい」な家賃に飛びついてしまった。


そしたら、金髪のお兄さん、ベンが横から慌てて口を出した。


「タダみたいと言ったって、タダじゃないけどな。

 あと、光熱費はちゃんと払ってもらう。


 それから、一つ、ルールを守ってもらう必要がある」


「ルール?!」


「ああ。

 ここでの家賃や、俺たちのことを一切、口外しないってこと」

 

「え?」


「それが約束できたら、東京の一等地、

 この表参道に、格安で住まわせてやるよ。

 こんな、いい話、他にはないと思うよ。


 っていうか、あるわけがない。

 どう?住みたくなってきた?」


こんなうまい話が、あるのだろうかと、

まるで、だまされているような気がしなくもなくて、

ルールと言われたことだって何のことだかさっぱりだったけれど、

私は、この話に乗ってしまった。


今思えば、相当な冒険だったと言わざるを得ない。

親が同伴していたら、あり得なかっただろう。


けれど、私は、この話に乗った。

その理由は・・・よく分からない。

もしかしたら、あの時すでに、私の恋は始まっていたのかもしれない。


そこから私の、

いいえ私たちの、奇妙な?不思議な?

同居生活というか、近所づきあいというか

交流が始まった。


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