第28話
心臓が高鳴る。
あの男性はもしかしたらカイではないのかもしれない。
けれど、私の期待は否応なく高まっていた。
カイが、沖縄にいるかもしれない・・・
そう思うだけで、居ても立ってもいられなくなっている自分に
自分で戸惑っていた。
「結さん?」
「あ、真奈美・・・」
真奈美の声で我に返った。
彼女が階段を昇る音にも気づかなかったなんて・・・
「もう、お客さん帰ったよ。
多分、今日はもう終わりなんじゃないかなぁ」
私の手元のタオルが、10枚きり、殆ど畳まれていないのを見た真奈美は、
途端に怪訝そうな顔で私の様子を窺いながら言った。
「洗濯物たたむの手伝おうか?」
「あ、ご、ごめん」
私はカイのことに夢中になって、ちっとも作業を進めていなかったことを
反省しながら慌てて謝った。
「どうした?何かあった?」
仕事の早い真奈美は、
早速、残りのタオルを手際よくたたみながら、
心配そうに、いたわるような口調で聞いた。
その口調にほだされたわけではなかったけれど、
私は、たまらなくなって、言った。
「ねえ、真奈美。
ごめん。今日、私早退させて」
「え!?」
真奈美は、驚いた様子で手を止めた。
カイ「らしき」人を確認しに行くとは言えず、
何から話せばいいかまるで分からないまま、
とにかく、どうして早退するのか、その理由を伝える必要を感じて
とりあえず、出掛ける先を告げた。
「これから、私、辺野古に行ってこようと思って」
「ちょ、ちょっと待ってくれる?
これから台風って時に、辺野古に行ってどうするわけ!?」
「あ…」
台風が接近していることをすっかり忘れていたことに気づき、
呆然とした。
「結さん、とにかく落ち着いて。
一体、この洗濯物を畳んでいた10分足らずで何があったか
そこから教えてくれる?」
真奈美は、じっと私を見つめて、冷静に言った。
「え、えっとね…」
年下の真奈美になだめられている自分を恥ずかしく思いながら、
私は、さっき見たテレビのことを伝えた。
他人の空似と、笑い飛ばされることを覚悟していたけれど、
真奈美は、指をおでこに当てながら、考える仕草で「ふう‥ん」と唸った。
何となく、ホッとしながら、真奈美を見つめていると、
「江藤総理の後ろに、ねぇ・・・」
と、真奈美が呟いた。
その瞬間、頭を叩かれたような気がした。
「え?江藤総理…!?」
「ん?何に驚いてるの?江藤 彰。首相の名前でしょ?
まさか、私たちの国の首相の名前を知らなかったんじゃないでしょうね?」
「ち、違うわよ…
けど…」
そう言いながら、私の頭の中は、混乱していた。
カイの名前は、江藤戒。
江藤!?
その瞬間、あの夏の日、ベンが言った言葉が蘇る。
「カイは、俺の中で王子そのものだな…
…色んなモン、身につけさせられているものでさ‥」
まさか、まさかカイは…
「結さん!?ちょっと、どうしたの!?」
「ねえ、真奈美!!
カイは、カイはもしかして、総理の子ども??」
「は、はぁっ!?」
「あのね、カイは江藤っていう苗字なの。
だから、だからね・・・」
慌てふためく私の両肩を、真奈美はしっかりと持っていった。
「とにかく、落ち着こう。
いい?
江藤なんて名前、どこにでもいるわ。
それに、そのスーツ姿の男性がカイさんだって保証も何もないのよ。
仮定に、仮定を重ねても、妄想になるだけ。
まずは、カイさんに会うことが先決よ。
とにかく、仮に、その男性がカイさんだったとして、
総理の傍にいたってことは、側近よね?
行動を一緒にしている可能性が高いんだったら、
今、この気象状況の中、辺野古にいるってことだけは無いわ。
飛行機も欠航するはずだし、今頃ホテルにいるんじゃないかしら。
どこのホテルだとしても、とにかく、
基地移設反対派がこれだけいる中で、沖縄訪問しているんだったら、
厳重な警戒態勢が敷かれているはずだし、近寄ることは難しいでしょうね。
そうだ。
新聞に今日の総理の予定、みたいの載っていなかったっけ?
まあ、あってもなくても、総理がすることなんて、
県知事との対談とか、会議じゃない?
そんなのする場所って言ったら、県庁とか!?
いや、ホテルの中でするかな・・・」
そこまで言ってから、自分の推理に自信が無くなったように、
肩をすくめ、苦笑しながら
「とにかく、その側近がカイさんかどうかだけは確かめよう!
アタシの友達、調理師しているのが何人かいてさ、
大手ホテルに勤めているのよね。
首相御一行様のおもてなしっていったら、
きっと大事になっているはずでさ。
どこのホテルに滞在しているかとか、きっとすぐ分かる。
そこから先は、また考えるとして、
とりあえず、辺野古に今からいく必要はないってことよ」
そう言って、真奈美は笑った。
彼女の言う通りだと思った。
一体、私は何をしようとしていたのだろう。
辺野古へ今すぐ行こうとしていた自分に苦笑しながら、
真奈美に感謝した。
「ありがとう、真奈美。
何も考えずに、私、嵐の中、彷徨うところだったわ」
ふふふ、と真奈美は笑って言った。
「それだけ、彼のことが好きってことよね。
大丈夫、運命の扉は、叩けば開くっていうじゃんね?
もし、別人だった時には、慰めてもあげるから、
とにかく、今できそうなこと、片っ端からやってみよ。
なんか、ワクワクしてきたさ~」
まるで自分のことのように楽しんでいる姿に、一瞬、
違和感を覚えながらも、私自身よりは頼りになる彼女の
力を借りることにした。




