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第25話

結局、そのミーティングは物別れに終わった。

想像していたことではあったけれど、カイも、ベンも、

一歩も譲らず、入居者を増やすことも、

ビルを他の用途に開放することも、

受け入れなかった。


その頑固さに松原さんは、半ば呆れ、

半ば、怒っていた。

胸の内を明かさない彼らの対応に

納得することができなかったようだった。


私は胸に痛みを覚えた。


松原さんの提案は、二人に近づきたいと願う気持ちがあるからこそだと

私には分かっていた。

だから、もしできるなら、ここで二人に心を開いてもらいたいと思う気持ちも

確かに私の中にはあった。


その一方で、開けてはいけないパンドラの箱に触れているような

そんな緊張感も大きくなっていた。

カイが明かせない、明かしたくないこと、

ベンがそれを守ろうとしていること、

無理にこじ開けたとたんに、全てが消えて無くなるような

そんな根拠のない予感があった。


そして、カイに感じる厚い壁が、

間違いなくそこにあるっていう事実が、無性に私を悲しくさせた。


1年が経ち、2度目の夏を迎えた私は、

縮まらない距離感に、不満を感じ始めていたのかもしれない。

そう思い始めた私は、その時、

どちらかというと松原さんに近い感覚だったのかもしれない。


何の進展もないまま、ミーティングを終えた数日後の日曜日、

珍しくバイトが休みだったその日、

私は勇気を振り絞って、カイのいるペントハウスを尋ねた。


「やあ、ユイ。

 珍しいね、君だけでここに来るなんて」


花壇の手入れを終えて、くつろいだ様子のカイは、

いつもの穏やかな笑顔で私を迎えた。


「ええ。

 ミュウがいなくなってから、

 ここに来る理由を無くしていたものね・・・」


「ユイ?」


カイは、不思議そうに首を傾げた。

いつになく、皮肉混じりのその発言に

いつもの私ではないことを敏感に察知したのだろう。


「私は、今年で卒業するわ。

 そろそろ就職活動を始めて就職先を探さなければならないの」


「ああ・・・

 そう・・・」


訝しげに返答するカイにお構いなく、私は続けた。


「ここに入居させてもらえて、私はラッキーだったと思ってる。

 家賃の安さだけでなく、ベンやカイに出会えたことを」


「・・・」


「この1年とちょっと、

 私なりに、二人と仲良くなれたと思ってた。


 でも、もしかしたら違うのかもって、

 そんな気がしたの。

 だから、確認したくて、ここに来ました」


カイは黙っていた。

私は、深呼吸をしてから、さらに続けた。


「私が住人として選ばれたのは、ただの偶然だったとしても。

 ううん。

 ベンやカイにとって、沖縄人であることが好条件だったのだとしても、

 二人に出会えたことは、奇跡のような偶然だったと思ってる。


 その偶然を生かすも殺すも、その後、どんな関係をつくるかだと思うの。

 この前、松原さんは、彼なりに善かれと思って、

 交流の輪を広げていくことを提案したわ。

 それを聞いて、私は思った。

 本当に提案したかったのは、このビルの開放じゃなくって、

 二人の関係性を開放して欲しいのじゃないだろうかって。

 二人の心をもっと私たちに向けてほしいってことなんじゃないかって。


 そう思ったとき、私分かったの。

 ああ、松原さんは、もっとベンやカイと親しくなりたいと思っているだって。

 だから、自分のやり方を受け入れてもらいたいと思ってるんだって。

 そして、その気持ちは私も同じだって・・・


 だけど、カイやベンはそれを断ったわ。

 二人は、もっと、松原さんや、そして私のことを知りたい、

 仲良くなりたいって思えないんだって、その時私は感じたの。


 すごく、すごく悲しかった。

 でも、もしかしたら、それが思い過ごしかもしれないって、

 どうしても捨てきれない期待が私にあることに気づいたの。


 だから、はっきりと聞かせてください。


 私は、カイにとって、必要な人間ですか?」


「ユイ・・・!?」


カイは、驚いた様子でそう呟くと、戸惑いと

そしてほんの少しだけ、憂いを浮かべて私を見つめた。


しばしの沈黙が訪れた。

どれくらいの間だったのだろう。

もしかしたら、ものすごく短い間だったのかもしれない。

けれど、私にとっては、貧血になって、

そのまま倒れてしまいそうなくらい長い間に感じた。


「君は、自由だ」


「えっ・・・!?」


今後は、私が戸惑う番だった。


「僕のために、いや、僕たちのために君が何かをする必要はない。

 そんなことは、求めていないんだよ」


ふいに、涙が溢れてきた。

カイの返事は、いつも、こうだ。

いつだって、オブラートで包んで、核心から目を背けさせる。

でも、この返事の意味するところは一つだろう。

つまり、私はカイにとって、

不要な人間であるということを示しているに過ぎない。

でも、こんな表現、ずるいと思った。

傷つけるなら、いっそ、はっきり傷つけてもらいたかった。

そう思ったとき、私は、声を張り上げていた。


「カイ。


 はっきり言ってちょうだい。

 あなたは、私のこと、何とも思っていないってことね!?

 私が、東京からいなくなっても、何も思わないってことね!?」


泣き叫んでいたのだと思う。

視界の中で、カイは、みるみる歪んで見えなくなっていた。


泣き崩れそうな私に、彼の一言が追い打ちをかけた。


「ああ。

 そうだよ。


 君がいても、いなくても、僕の人生は変わらない・・・」


たった2度目の、短い夏が、そして、私の淡い恋心が、

終わりを告げた瞬間だった。


今回のお話で、東京・回想編が終わりました。

いよいよ、沖縄・再会後になります。


お楽しみいただけていることを祈りつつ・・・

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