表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
25/63

第24話

「それで?そう言えば、ミュウって猫ちゃん、

 今、どうしているの?」


待ちきれない様子で、真奈実が質問してきた。

当然といえる質問だったけれど、その瞬間、心臓の辺りが痛くなった。

忘れることなんてできないからこそ、

奥にしまいこんで、できるだけ開かないようにしてきた箱のような記憶。


カイからミュウのことを託されるまでもなく、

その命が閉じるまで、私は彼を世話するつもりでいた。

けれど、ミュウは、もういない。

私にとって、苦く、苦しい過去として消化しきれずにあった。


でも、あれから5年が経つ。

いい加減、乗り越えなければならない。

カイを忘れなければならないのと、同じように・・・


「ミュウは・・・

 翌年の夏、短い生涯を閉じたの・・・

 車にひかれて・・・」


「えっ・・・」


真奈実は絶句した。


「本当に突然のことだった。

 いつも、ビルを遊び場にしていたミュウが、

 外に出て遊び回る日が来るなんて、予想もしていなかった。


 でも、ミュウは好奇心旺盛な雄猫。

 猫の1年は早いわ。

 幼児から少年になったミュウにとっては、

 自分の縄張りを広げるつもりだったのかもしれないし、

 動物としての、自然な反応だったのだと思う・・・

 今となっては、不運だったとしかいいようがないけれど、

 仲良くなった近所の野良猫と一緒に、

 大通りを横切ろうとして、車にひかれてしまったの・・・」


部屋の中では飽きたらず、散歩に出かけることが増えてきてはいた。

だからこそ、注意すべきだったのかもしれない。

去勢をすればよかったのかもしれない。

部屋に閉じ込めておけばよかったのかもしれない。


でも、その時の私は、本能としてもっているミュウの生きる力を

そぐようなことはしたくなかった・・・


「その夏は、本当に色々あったの・・・

 ミュウのことだけじゃない。

 色んな歯車が噛み合わなくなっていた」


「それって・・・」


真奈実は、怪訝そうな顔でこちらを見た。

私は、頷いて続けた。


「松原さんの好奇心は、ベンやカイの静かな生活と合わなくなっていった・・・

 そう、4人のビルでの同居は、うまくいかなくなっていたの・・・」


2度目の夏を迎えた時だった。

松原さんがミーティングをしようと提案し、

私たちは、共同の食堂ダイニングに集まった。


「僕なりに、このビルの行く末を考えたんだ。

 こんな場所で、こんなに空き部屋を作っておくのはもったいない。


 もう少し積極的に活用してはどうだろう」


ビルの持ち主であるカイを見つめながら、松原さんは言った。

でも、当のカイは、黙ったままでいる。

しばらくして、ベンが、静かに口を開いた。


「・・・具体的に言ってくれ。

 どんな風に活用することを期待しているんだ?」


「たとえば、もう少し、住人を増やすとか」


「家賃収入なんて、期待しちゃいないんだよ。

 これ以上、ここが賑やかになるのは、

 正直、歓迎できないな」


「ここが賑やかだって!?

 ベン。君はいったい、どんなところに住みたいんだい?

 こんな静かで、人の出入りのない住居環境、普通じゃないよ。

 カイ君を見ていても不思議で仕方ないんだ。

 一体、ここでの暮らしに何があるっていうんだ?

 一日中、ペントハウスで過ごして、花壇の世話をする。

 正直、こんな閉鎖的な生活が健康的だとは思えない」


「大きなお世話だな」


ベンが嫌悪感をあらわにして吐き捨てるように言った。

カイは、相変わらず、涼しい顔をしている。

私の心臓は鼓動を速めた。


「ベン。

 僕と出会った時、君は言っていたよね?


 信頼できる人間を捜しているって。

 ビルを集合住宅に改修して、小さなコミュニティを作るつもりだって。


 だから、僕みたいな社交的な人間をここに招いてくれたんじゃないのかい?

 だったら、僕がここを解放していこうっていう提案をすることも、

 君の想定の範囲内だろう?」


「・・・ケイ、君が入居してきて、

 ここは確かに変わった。


 今は、それだけで十分なんだよ。

 これ以上の変化を、『今』は求めていないんだ」


松原さんを「ケイ」呼びするくらいに、二人の関係は近かった。

なんだかんだで、節度を保つ松原さんは、ベンにとっても

カイにとっても、ある程度信頼できる相手なのだと

私も、この頃には感じ始めていた。


だからこそ、この「ミーティング」が一体どんな結論に落ち着くのか、

私は、気が気でなかった。


「なんかさ、いっつも、肝心なところではぐらかされるんだよな。

 俺のことなんて、何でも話してるってのに、

 いつまでたっても、俺を信用していないっていうか。


 一体、ここを何のコミュニティにしようってんだよ?

 そして、いつになったら、コミュニティって言えるくらい人間が増えるんだよ?」


松原さんは、語気を強めて、ベンに言い寄った。

ベンは、睨み付けるように松原さんを見返した。


「反体制のコミュニティにしようって、

 そう思ってるんだ」


突然、カイの声が静かに響いた。


「反体制!?」


私も、思わず、驚きの声を挙げて、カイを見つめた。


「そう。

 政府が強制するバカな政策に反対する人間の集まりに・・・

 でも、力で解決しようとするような過激な人間はごめんだ。

 そして、あまりに政治的イデオロギーを自覚している人間も・・・

 自然に、生きていることが、反体制であるような、そういう人間」


カイの言っていることは、あまりに唐突で、私は呆気にとられた。

そしたら、ベンが口を挟んだ。


「カイ。

 それは、当初カイに反対されたのに俺が勝手に提案したことだ。

 もう、いいんだ。

 無理はやめよう」


苦痛の表情でベンはカイを止めた。

何を言っているのか、私の理解を超えていたけれど、

それが二人の生き方と強く関係しているらしいということだけは

伝わってきた。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ