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第22話

「ケイゴさんって、大学卒業してたんだぁ~!?」


食事を終え、スナック類をつまみながらのんびりとし始めた頃、

そして、私はお腹がいっぱいになった頃、

いつの間にか松原さんを「ケイゴさん」呼びを始めた百合子の声が

部屋に響いた。


「そうだよ」


ちょっと得意げに聞こえなくもない調子で答える松原さんに、

百合子はもたれかかるように近づいた。

酔った勢いというよりも、もともとの人懐こさというか、

男性との距離が近いというか・・・


少し、ハラハラしながら、その様子を見ていた私の後ろから、


「ケイゴはさ、こう見えて、A大卒業なんだぜ!」


と松原さんと同い年という岡さんが声をあげた。


「ええー!A大ですかぁ~!!

 すごぉぉい!」


百合子は嬉しそうに松原さんを見上げた。

A大と言えば、私でも知っている名前だったから、

確かに有名大学には違いない。

けれど、だから何だというのだろう。

リカまで「へぇ、そうなんだ」と相づちうつのを見て、

ちょっとだけ、私は居心地が悪くなった。


「いや、別にすごくないよ。

 附属高校からだから、結構、簡単に入っちゃったし」


「え?!もしかして、AJ高校ですかぁ~??

 あの、野球の強い・・・」


さすがに東京出身だけあってか、百合子はその高校を知っているようだった。

ますますテンションを上げて喜んだ。


「そう、その強い野球部に、こいつ、いたんだよ!」


今度は、山本さんが赤ら顔になって言った。


「文武両道ってことですねぇ~

 うわあ、憧れちゃう~」


百合子がそう、感想を述べた時だった。


「でも、美容師になるのに、学歴なんて関係なくない?」


リカが、冷静に言った。

その口調で思い出した。

彼女は、苦労してこの道に来た人だった。

保育士になるために、短大に入学したけれど、

ご両親の離婚で大学に通うことが難しくなり、

途中で退学、その後、小さな工場の事務をしていたと言っていた。

そうするうちに、自分で独立して事業をしてみたいからと、

美容師学校に入ってきたのだ。


大学なんて、お金にゆとりのある家の子どもしかいけない。

私自身、美容師を選んだ理由に、

親に迷惑をかけたくないという気持ちが影響したのは否めない。

まだまだ、お金のかかる弟や妹のためにも、

早く自分が独立することが、家族のためになると信じていた。


だからこそ、私同様、この話題に、少なからず違和感をもったのだろう。

私は、思わず大きく頷いた。


その時だった。


「美容師だけじゃねぇよ。

 人生を幸せに生きるのに、学歴なんて関係ねぇ」


聞き慣れた声が低く響いた。


「ベン!」


反射的に振り返ってその声の主の名を呼んだ私の視線の先には、

期待通り、細身のベンがいた。


「宴会中、邪魔して悪いんだけど、

 どうやらミュウの調子がおかしいんだ。


 ちょっと、確認してくれないか」


「えっ!?

 ミュウが!!??」


「ああ。

 ぐったりして、様子が変だ」


予想もしていなかった事態に驚いて立ち上がると、

百合子の声が追ってきた。


「えー!?

 ミュウって、私のミュウちゃんのことぉ?」


この期に及んで「私の」とつけるところが、

いかにも百合子らしいと言えた。

何かを言わなければならないような気がして

彼女を見つめた私より先に、ベンが口を開いた。


「へぇ、あんたが無責任な元飼い主か」


鋭い視線と、人を突き刺すような一言がベンから放たれたことに、

私は、一瞬、身体を硬くした。

でも、百合子は

「えー??無責任?違いますよぉ~

 何かと出かけることの多い私のために

 結がいまだに預かってくれているってだけでぇ~」

と、赤茶けた巻き毛を指に巻き付けながら、屈託なく返事をした。


「都合のいい話もあったもんだ・・・」

ベンは不快さを隠そうともせず吐き捨てるようにそう言うと、

百合子から私に視線を移し


「友達は選べって言ったはずだけど」


と言って、その場のメンバーを一瞥した。

私は、なんだか気まずさを感じて、思わずうつむいた。


「えー?ちょっと、今の聞き捨てならない感じぃ。

 どういう意味ですかぁ?」


百合子は、上目遣いでベンを見上げると、

挑発的に言った。


「どうって、そのまんまの意味だよ。

 あんたみたいな自己中の女を、友達なんかにするなって意味だよ」


ベンの言葉はにべもない。


「なっ・・・」


さすがの百合子も固まった。


「自分でペットにすることを決めた生き物すら満足に飼えない。

 都合が悪くなると、自分を心配してくれている友達ですら、

 自己保身のための道具にする。


 そんな自己中の人間と付き合う必要はねぇって教えてやってんだよ」


「お、おいっ、ベンくん!!??

 ちょっと、それは言い過ぎだろ?」


松原さんが、さっきまで赤かった顔を青くして口を挟んだ。


「そうか?

 婉曲表現じゃ分からねぇっていうから、

 単刀直入に分かりやすく言ってやっただけのことだけどな。


 さ、こんなことしている場合じゃない。

 ミュウが大変なんだ。

 ユイ、行くぞ」


それだけ言うと、さっとその長身を翻して部屋を出て行った。

「あ、待って・・・」

私は、咄嗟にその後に従ってドアに向かい、

そこで一度振り返って、


「ごめんなさい。

 そんな事情で、私、これで失礼します。


 後は、皆さんにお任せしますね」


そう挨拶して、ベンの後を追った。


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