第21話
「今度、ウチでホームパーティしようかと思うんだ」
いつもの夕飯の席で、松原さんは明るく切り出した。
夜8時頃、それぞれに作った惣菜を出し合って、
二人で夕食をとることが定番になりつつあった。
「で、是非、ユイちゃんもお友達を連れておいでよ」
にっこりと微笑む松原さんの笑顔には、何の屈託もなかった。
「え・・・でも・・・」
私は正直、戸惑った。
ひっそりと、静かな生活を好む二人が、
このビルの一室でホームパーティを開くことを喜ぶだろうか、
と思ったのだった。
あくまで、憶測ではあったけれど。
「もしかして、心配してるの?
カイ君のこと?」
「え…!?」
図星をさされて、思わず顔が熱くなる。
「もう、ユイちゃんは気にし過ぎだよ。
ここでホームパーティをしてはいけないという
ルールはなかったはずだよ?
そもそも、人が生活するってことはさ、
多少なりとも、人との交流の輪が拡がるってことだろ?
そんなことまで、制限するつもりが二人にあると思えないけどな。
万が一、そんなつもりだったとしたら、
このビル、住宅用になんて、しない方がいい。
そこまで、考えてない二人じゃないだろ?」
松原さんの言う通りだった。
ベンは、もしかしたら、カイの世界を広げようと
このビルを住宅として使用することを決めたのではないだろうか。
ふと、そう思った時、身体の中を寂しさが過ぎった。
なぜだか、その理由はよく分からなかったけれど。
「ね?どうだろう。
僕の職場の人間と会うってことは、
少なくとも、この業界で活躍する美容師に会えるってことだよ。
たぶん、ユイちゃんにも、そして学校の仲間にも
いいきっかけを作ってくれると思うけど」
「え、ええ。
そうね、そうよね。
ありがとうございます。是非、参加します」
松原さんを選んだのがベンだとしたら、
ベンが、そうしろと言っているような気がして
私は、考えを変えた。
最近、百合子との関係がギクシャクしてきていたところだったし、
男性がいる席で楽しい時間を過ごすのは、ちょうどいいかもしれない。
夏休みの研修先で一緒だった子とも、また会おうねって約束していたし…
きっと、みんな、喜ぶだろう。
そして、カイやベンをひと目見たら、
きっと、みんな気に入るだろう。
そしたら、きっと、二人の世界も拡がるに違いない。
それをベンが望んでいるのだから…きっと・・・
その時の私は、いつになく勝手な妄想に囚われていた。
そして、これまで勝手に作って大事にしてきたルールを
後から来た松原さんに、あっけなく譲り渡してしまった。
「それで!?
そのホームパーティ、カイさんとベンさんの気を損ねちゃったってこと??
それがキッカケになって、結さん、二人と距離ができちゃったの??」
勢い込んで、真奈美が尋ねる。
それだけのめり込んでくれているからこそ
真奈美でなくとも、先を急ぎたくなるだろう
私は、ふっと息を吐いた。
「真奈美、ごめん。
うまく一言では言えないの。
微妙な感情のすれ違いが、私たちの別れを作っていったんだと思うから・・・
それくらい、二人は繊細だった・・・
だからこそ、私は二人に、ずっと、そっと寄り添いたいと思っていたの。
だけど、それを貫き通すことができなかった。
今思えば、そんな私の弱さ、頼りなさが、
別れの原因だったんだと思う・・・」
「うー・・・」
直情実行型というか、サバサバとしていて、
割り切った行動をとる真奈美には、このニュアンス、
伝わりにくいようだ。
真奈美は、ちょっとだけ、不満気に目を閉じて深呼吸した後、
「なーんか、哲学的っていうか?
難しいことは分かんないさぁ。
でも、微妙なオトメゴコロ?オトコゴコロ?
そういうのが、揺れている感じは、何となく分かる。
急いては事を仕損じるってね。
ちゃんと最後まで聴くわ。
で、そのパーティ、どうなったの?」
真奈美の出したことわざが、この状況を言い表しているのかは問だったけれど、
私は、また東京へと思いを馳せた。
あそこで何が起きていたのかを自分なりに振り返りたかったから・・・
パーティに集まったのは7人。
松原さんと私の他に、松原さんの同僚の林さん、山本さん、岡さん、
そして、私が誘った同級生の百合子と研修が一緒だったリカだった。
百合子もリカも、相当気合の入った格好でこの場に参加していた。
合コンか何かと勘違いさせてしまったのではないかと、
少し心配したくらいだった。
でも、後になって分かったことだったけれど、
それは松原さんの同僚たちには好評だったらしい。
とすると、普段着のまま参加した私が浮いていたのかもしれない・・・
それはさておき、松原さんのもてなしのお陰で、
その場は、とても盛り上がっていた。
彼の手料理は想像以上の腕前で、
イタリア料理と思しきサラダといい、
前菜として出された幾つかのお皿といい、
どこかのイケメン俳優がテレビで作る料理のようだった。
パスタと魚料理が出された時、
ふと、カイのパスタを思い出し、
東京の男性は皆、こんなに器用なのかと、私は感心した。
未成年だからと私は飲まなかったけれど、
社会人をしてから美容学校に入り直したリカはりっぱな成人だったし、
百合子はもう19歳でハタチに近いからというわけの分からない理由で
二人は男性陣と一緒にお酒を飲んでいた。
そして、したたか酔い始めていた。
そんな時、松原さんに興味を示し始めた百合子が
彼の経歴を聴き始めたのだった。




